30.ヒロイン倶楽部とダンジョン
そうだった。シルヴィはロラのダンジョン攻略の話を聞いて、ゲームの記憶を思い出した。ダンジョン攻略は、謎解きのミニゲームが多く配置されたイベントだったと。
「だから、危険なことはないのよ」
「冷静に考えると、何故攻略対象者達と一緒に行く必要があるのか? と、なりますわね」
「冷静になっちゃダメ。狂ってこその乙女ゲームよ」
「そうだ。二次元はそれでよし!!」
「リル様も結構なオタクですよね」
しかし、ここはリルにとっては最早二次元ではないのだ。なので、別に攻略対象者達と一緒に行く必要性は全くなかった。
「ふむ。攻略対象者達には、全員留守番して貰おう。ロラ嬢に同行して貰った方が、スムーズに攻略出来るだろうからね」
「えぇ~!? リル様はそれで良いんですか? 普通に結構楽しかったのに~」
「シルヴィ嬢の言っていた通り開戦が近いとしたら、悠長にはしていられない。重視すべきは、効率だ」
「次期女王としては百点満点~」
「マリユス様はどうするんですか?」
「そうだなぁ。学園を任せるとか言って、有耶無耶に撒こう」
「撒くんですか……」
「転生だ何だと説明するのは、流石にね」
困ったようにリルが眉尻を下げる。そんなリルの心情は、シルヴィにもよく分かった。シルヴィとて、ルノーにだって教えていないのだから。
マリユス一人いるだけで、堂々と会話が出来なくなる。効率重視でダンジョンを攻略するのなら、ヒロイン倶楽部のみで行くのが最短ルートであるだろう。
「ダンジョンの場所は分かってるんですか?」
「あぁ、任せてくれて構わないよ。調べは早々につけている」
「ワクワク感の欠片もな~い」
「致し方ありませんわ。ルノー様を連れてきたのはわたくし達ですけれど……。ルノー様の出番がないのであれば、それに越したことはありませんのよ」
「まぁ、魔物相手に手加減するような心優しき魔王様ではないです。問答無用で思いっきり殴ります」
「殴るのか」
「シルヴィ様が魔物相手なら喧嘩を買っても良いって言うから~」
「だって、殲滅するって言ってたので?」
キョトンとシルヴィが首を傾げたものだから、ロラとジャスミーヌが凄い顔をした。そこでシルヴィは、普通に殲滅は不味いよなと思い直す。首を並べられても困ってしまう。
「不味いわ~。このままいけば、学校が消し飛ぶかもしれない」
「どうしてそのような事に……」
「シルヴィ様に止める気が微塵もないからですわ。反魔王派を殲滅するとなると……」
「と、とめます。ちゃんと止めます!」
「頼むよ、シルヴィ嬢。学校が消し飛ぶのは困ってしまう」
「力の限り、止めてはみます……」
「そういう感じなのか」
魔物達の屍の山に悠々と座るルノーがリルの脳内に浮かんで、ひくりと頬が引きつった。
「……似合うな」
「シルヴィ嬢?」
「いや、はい。二次元では良いですが、現実ではやめて欲しいです」
シルヴィの脳内にも、リルと同じような情景が浮かんだのだ。好戦的に笑むルノーの様になってる具合が凄くて、思わず口から本音が溢れてしまった。
「乙女ゲームでそのスチルはどうなの~?」
「本格バトル育成ものに」
「転向しておりません」
まぁ、ヒロインのリルが戦闘する場面にマリユスがいれば、乙女ゲーム感は守られそうではある。ルノーが参戦すると、絵面が大変よくないことになる。やはり、なるべく阻止するべきだろう。
「しかし、どうやって学外に出るか」
「普通に外出届けを出せばいいんじゃないかしら~?」
「流石に、一日では無理だろう」
「外泊届けになりますわね」
「私は良いとして……。特にシルヴィ嬢は許しが出るのだろうか」
全員の脳裏に、渋い顔をするルノーが浮かんだ。ロラが悩むように唸る。しかし、当のシルヴィは、「大丈夫ですよ」と穏やかに微笑んだ。
「その微笑みはいったい……っ!!」
「ルノーくんは確かに心配性ですけど、私の行動を制限したりはしませんから」
「それは……」
「そうですわね」
ルノーは、“シルヴィがそれでいいなら、それがいい”のだ。ダンジョン攻略が危険を伴わないのであれば、この前の約束を破ることにはならないだろう。
しかし、ダンジョン攻略に行ってきますなどと素直に言うわけにもいかない。止めはしなくとも、意地でもついてくる可能性は大いにあるからだ。
そうなると、嘘を吐くより他にない。良心の呵責は凄いが、背に腹はかえられないだろう。
「街の視察……とか、どうでしょう。問題は護衛ですけど」
「あぁ、それなら問題はないよ。この街は魔法学校もあることから、警備の兵が多く配置されている。治安が良いことで有名さ」
「なるほど」
「まぁ、この街からは出るがな」
「移動手段はありますの?」
「ホウキだよ。君達も飛行術の授業は受けているだろう?」
飛行術という言葉に、ロラとジャスミーヌが嫌そうな顔をした。それに、リルがキョトンと目を瞬く。
「ホウキで空を飛べるなんてとワクワクしてたけど~。いざ飛んでみると怖いのよね」
「わたくし、飛行酔いが凄くて」
「ジルマフェリス王国には、ホウキがなかったんだったね」
「ホウキも魔法道具の一つですからね。魔法陣に魔力を込めると、飛べるって聞きました」
「その通りだ。特別な陣でね。どの性質の魔力であっても飛行が可能だ」
ジルマフェリス王国で空を飛べるのは、風魔法が使える者くらいだ。そのため、慣れているルノーやフレデリクは、ホウキの扱いも上手いらしい。
「シルヴィ嬢は私が前に乗せるとして、ロラ嬢とジャスミーヌ嬢は自力で頑張って貰うしかないのだが……」
「こ、交代で乗る~?」
「わたくし、二人乗りなんて自信がありませんわよ」
「あぁ~、確かに。一人で何とか頑張りま~す」
「外泊となると、休日である必要がありますものね。週末まで練習しますわ」
「私が教えよう。スパルタでいくので、覚悟してね」
ロラとジャスミーヌの口から「ひぇ……」と情けない声が出た。
「シルヴィ嬢もホウキに慣れて欲しい」
魔力がないシルヴィにとって、ホウキ一本で空を飛ぶ行為はかなりの恐怖を伴うだろうというリルの考えとは裏腹に、シルヴィは瞳を輝かせた。それに、リルは虚をつかれたような顔をする。
「よろしくお願いします!」
「……あぁ、信頼に応えてみせるよ」
シルヴィの基準は、ルノーなのだろう。魔王と同列にされるのは、少々困ってしまうが……。これでも“ヒロイン”だからねと、リルは背筋を伸ばして胸を張る。
「素敵な空の旅をプレゼントするね」
「煌めきが凄い」
自信満々に笑んだリルを見て、シルヴィは何処か眩しそうに目を細めたのだった。
「……外泊?」
などというやり取りの事など全く知らないルノーが、訝しげに眉根を寄せる。探るような視線を意にも介さず、シルヴィは楽しそうな笑みを浮かべ続けた。
「そうなの。とっても楽しみ」
「ふぅん……」
不満そうなルノーの顔をシルヴィは上目遣いに見上げる。駄目なの? と甘えるような感情が乗ったそれに、ルノーがあからさまに揺れたのが分かった。もう一押しだと、シルヴィは頬を緩める。
「お土産買ってくるね」
「僕に?」
「うん。ルノーくんのためだけに」
「…………」
「ルノーくんのこと沢山考えて選ぶね」
ルノーの中の天秤が凄まじい勢いで、敗北にガンッと傾く。何かを隠していることくらい、ずっとシルヴィを見てきたルノーには分かった。
しかし、ルノーにとって甘美過ぎるモノを交渉のカードに提示してくるとは。随分と狡いことだ。そういうところもルノーは好きなので、敗北は最初から決まっていたのかもしれない。
「僕のことだけ考えてね」
「勿論だよ、ルノーくんだけ」
「うん」
あぁ、堪らないな。彼女を一瞬でも独占する権利を得たのだ。その場にルノーがいなくとも、いや、いないからこそ価値がある。
クラクラとする優越感。毒々しいそれが、行き場を求めるような。そんな蕩けるような吐息がルノーの口から溢れ落ちた。