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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
104/170

29.モブ令嬢とひそひそ話

 この解毒薬は、透き通るような晴天の空色をしている。シルヴィは、ヴィオレットに薦められた魔法薬学の本の文字を目で追う。実際に使えない魔法の勉強よりも楽しくて、シルヴィは本格的に勉強することにしたのだ。

 図書館で読もうかとシルヴィは思っていたが、ルノーがお気に入りのベンチを教えてくれたので、シルヴィは今そのベンチにいた。

 風に乗って、花の良い香りが運ばれてくる。それに、シルヴィは本から顔を上げた。目の前に広がる色とりどりの花が咲く花壇に、頬を緩める。


「ふふっ、きれい」


 思わずそんな独り言がシルヴィの口から溢れた。ルノーはシルヴィを喜ばせる術を多く持っていた。しかし足りないと、常に手と品を探し続けている。

 ふとシルヴィは、そんなルノーがこのベンチを教えてくれた理由に気付いてしまった。今までであれば、優しいなで終わる所であったのだが……。


「おわぁ……っ!」


 シルヴィは顔を真っ赤にして、開いたままだった本に隠れた。これに下心があるなんて自惚れだと、思わせてはくれなかったのだ。普段のルノーのアプローチが。

 煩い心臓を落ち着けようと、シルヴィは何回も深呼吸を繰り返す。この前、恋の難しさを再確認したばかりだというのに。

 最後に大きく息を吐き出したシルヴィは、ルノーの“好き”を挙げてみることにした。ルノーはこうして、シルヴィの“好き”を知ってくれているのだから。


「んー……」


 ルノーは、甘いものが好きだ。苺の沢山乗ったケーキやチョコレートなども好んでよく食べる。

 あとは、読書をよくしている。本人は暇潰しだと言っているが、好きだから暇潰しになるのだとシルヴィは思っていた。

 喧嘩は何とも言えない。売られた喧嘩は全て買う主義であるし、好戦的な笑みはよく見る。しかし、面倒事は嫌いなので自分から好んではしない。ルノーから喧嘩を売る事があれば、その時は本気で人間界が消し飛ぶかもしれない。

 そして、ルノーは認めそうにないが……。何だかんだと言って、校舎裏のいつものメンバーを気に入っていることをシルヴィは知っている。


「魔法薬学ですか?」

「びゃっ!?」


 急に話し掛けられて、考え込んでいたシルヴィの口から素っ頓狂な声が出た。慌ててそちらに顔を向ける。そこには、イヴェットが立っていた。


「ごめんなさい。驚かせるつもりじゃなかったんですけど」

「い、いえ、大丈夫ですわ」

「そーですか。今日は迷子じゃないんですね」

「まぁ……」


 イヴェットがニコッと笑みを浮かべる。それに、シルヴィは嫌な感じがして距離を取ろうとした。警戒するような動きに、イヴェットの瞳から笑みが消える。

 ゾワッとした悪寒がシルヴィの背を撫でた。逃げなくてはと、本を持つ手に力が入る。しかし、背を向けて走り出す勇気が出なかった。


「シルヴィ」


 恐ろしい静寂を破ったのは、耳に心地いい低音であった。安心させるような優しい声音に、一気に強張っていた体から力が抜ける。

 その声に導かれるまま、イヴェットとは逆隣にシルヴィは顔を向けた。いつの間にここまで近付いてきていたのか。シルヴィと目が合って、ルノーは嬉しそうに笑んだ。


「ここを選んでくれたんだね」

「……うん?」


 イヴェットの存在は無視するつもりなのか、想像とは違う言葉がルノーの口から出て、シルヴィはキョトンと目を瞬く。首を傾げたシルヴィを見て、ルノーは「かわいい」と惚けたような声を出した。


「そんな事を言ってる場合ではないのですが??」

「何の話?」


 こてり、ルノーが態とらしく首を傾げる。揺れた白金色の髪が陽の光を浴びて、やけに綺麗に見えた。

 シルヴィは「だって……」と、むくれた幼子のように眉根を寄せる。次いでイヴェットのいた場所に視線を遣って、目を丸めた。 


「あれ?」

「だから、彼では話にならないと言ったよ」


 つまらなさそうにルノーはそう言って、シルヴィの隣に腰掛ける。どうやらルノーが現れて直ぐに、イヴェットは逃げ去っていたらしい。


「けど……」

「ルノーくん?」

「そういう余興は、求めてないな」


 ルノーが忌々しそうに目を細めた。思案するように人差し指で組んだ足を、トンッ、トンッ、と一定のリズムで叩く。

 伏せられていたルノーの目が、シルヴィの方へと向いた。じっと見つめられて、シルヴィは段々と気恥ずかしさに視線をフラフラと逸らしてしまう。


「ねぇ、シルヴィ」

「なんでしょう」

「君に取って置きの情報をあげようか」

「……?」


 少しの迷いもなくルノーに戻ってきたシルヴィの視線に、ルノーは困ったように眉尻を下げた。やはり、アミファンス家の血か。

 しかし、それは一瞬で。まぁ、シルヴィの瞳を今独占しているので何でもいいと、ルノーは直ぐに頬を緩めた。


「知りたい?」

「うん、気になる」

「じゃあ、耳を貸して」


 シルヴィは了承するように首を縦に振ると、ルノーと距離を縮める。そして、何の抵抗もなく耳を寄せた。

 先程まで同じ人間相手に、あれだけ警戒心を剥き出しにしていたというのに。仮にも魔界の王と呼ばれている者に対して、この警戒心のなさ。信頼の証なのだろうが、ルノーはもう少し異性として見て欲しいと常々思っている。

 いや、待て。そういえば照れたように視線を逸らされた。あれは、そういう意味で意識されているということだろうか。


「ルノーくん?」

「うん、好き」

「えぇ!?」

「間違えてはないけど、ごめんね。口から勝手に出たみたいだ」

「そうなんだ??」


 シルヴィは何がどうなったら今それが出てくるんだと、ハナテマークを沢山飛ばす。


「よく覚えておいてね、シルヴィ。実は……」


 ルノーが口に手を添えて小声を出したので、シルヴィは素直にまた耳を寄せる。ルノーの声を聞き漏らさないように、しっかりと耳に意識を集中させた。


「……それって」

「分かった?」

「分かったけど……」

「いい子だね、シルヴィ」


 これは何を言ってもはぐらかされるなと、シルヴィは早々と諦める。シルヴィのあからさまな溜息に、ルノーは満足そうに口角を上げた。


「さて、命知らずはどれだけ現れるかな」

「ルノーくんは、現れると思う?」

「さぁ? 怖じ気づいた者も一定数いるようだからね。でも……」

「でも?」

「恐怖は起爆剤に成り得る。彼が諦めていないのであれば、耐えきれずに事を急く可能性は大いにあるかな」

「……なるほど」


 焦れば焦るほど、泥沼にはまっていくとは思うが……。相手は魔王だ。正常な判断を失う程の恐怖が、イヴェットを襲っていてもおかしくはない。

 ゲームで事が起こるのは、二年生の終わり。肌を刺すような寒さの冬だ。しかし、開戦は直ぐそこまで迫っているのやもしれない。

 そうなると。こちらもイベントを前倒しする必要があるだろう。光魔法を強めるという“聖具”を手に入れるためのイベント。そう、ダンジョン攻略を。


「……シルヴィ」

「うん?」

「無茶だけはしないようにね」


 ルノーに何を勘づかれたのか圧強めに微笑まれて、シルヴィはへらっと笑って誤魔化してみる。シルヴィが付いていく必要はないと言われればないのだが……。

 攻略対象者がマリユスしか頼れない今、いってらっしゃいと送り出すだけなのは少々胸が痛むというか何というのか。

 シルヴィがモブで何も出来ないのは、変わらない。命は大切にするべきだ。しかし、ロラとジャスミーヌが行きそうなことを考慮すると、一人になるのも問題があるだろう。留守番が安全とは限らない。

 ルノーやフレデリク、トリスタンの邪魔になるわけにはいかないのだ。そして何より、リルがいれば何とかなりそうという安心感が凄すぎて、シルヴィの中では大丈夫かなという判断に傾いていた。


「…………」

「うぅ……。善処します」

「約束だからね」


 無言の圧が凄すぎて、シルヴィの方が折れた。とはいっても、あくまでも有耶無耶にしておいたが。

 ルノーは、結構なレベルの過保護である。かすり傷でも許してくれるかどうか。そもそも腕輪の存在もある。怪我だけはしないように気を付けようと、シルヴィは固く決意したのだった。

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