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モブ令嬢に魔王ルートは荷が重い  作者: 雨花 まる
アンブロワーズ魔法学校編
102/170

27.モブ令嬢とややこし過ぎる片恋

 人物相関図が、どうしてこんな複雑なことに……。シルヴィは現実逃避するように、視線を何処か遠くに遣る。

 今に至る経緯と自身の目的を思い出すために、シルヴィは記憶を遡った。あれは、今朝の作戦会議でのこと。

 ルノーから聞いた話をリルと共有したのだ。リル曰く、イヴォンの症例はヴィノダエム王国でも珍しく、リルも知らなかったらしい。勉強不足だと反省していた。

 そのため、イヴォンを救う手立ての覚えがないと言われたのだ。そこでシルヴィが候補に上げたのが、ヴィオレットであった。


「何故そこで、彼女の名前が上がるのです?」

「侍女のナディア様曰く、ヴィオレット様はとても博識で云々かんぬん」

「ちゃんと聞いてあげてた~?」

「聞いてましたよ。云々かんぬんの部分をしっかり説明すると長くなりますが、それでもよろしくて?」

「致し方ない省こう」

「判断力よ~」


 食い気味で即決したリルに、しかし反論する者はいなかった。


「まぁ、結果として何も出なかったとしても親しくなりたかった訳ですから。積極的に関わる事に意義はあります」

「そうだな。彼女の心の隙間を埋めてあげなくてはならない」

「大団円ハッピーエンドには、彼女の幸せも含まれてますから。ということで、勉強会兼恋バナ大会を開くのはどうですか? こちらには、ロラ様がいるので」

「任せなさい! 私、恋バナ大好きなの~! やりましょ! ね!? 必ずマリユス様への気持ちを聞き出してみせるわ~!!」

「急にテンションが上がりましたわね」


 流石に嫌われている可能性があるシルヴィ一人で、ヴィオレットに会う勇気はなかった。皆が一緒であれば、心強い事この上ない。

 ここでヴィオレットと親しくなれれば、ナディアの願いも叶えられるかもしれない。まぁ、ナディアから直接聞いた訳ではないので、それが正解であるのかはまだ分からないが。


「ヴィノダエム王国は、魔法薬学の研究も進んでいますよね」

「そうだろうか。まぁ、周辺諸国に比べると進んでいる方ではあるかもしれないな」

「ジルマフェリス王国は遅れを取っていると言わざるを得ないですわ」

「前作の国だからじゃないの~?」

「そういうメタ発言はお止めなさい」

「あらやだ、前世感覚でつい~」


 誰かに聞かれたら様々な意味で大問題な会話に、シルヴィは苦笑する。これは確かに、ディディエやガーランドが警戒する訳だ。


「兎にも角にも、ナディア様に『魔法薬学に興味があるので、ヴィオレット様に教えて頂けないですか』とか何とか、私が勉強会の提案をしてみます。断られたら……次の手を考えるしかないですけれど」

「ふむ。ヴィオレット嬢にとっては、またとない機会だろう。断られることはないとは思うが……。如何せん、ヴィオレット嬢だからなぁ」


 困ったように眉尻を下げて力なくリルが笑う。それに場が、“あぁ、うん……”という空気に包まれたのだった。

 そんな事があり、シルヴィは少し二人で話せないかとナディアを誘ったのだ。それが了承され、ナディアに付いてシルヴィは聖堂へとやって来た。

 聖堂への出入りは誰でも自由に認められている。許可を取らずとも良いのである。神はどのような者も拒まない。そう考えられているからだ。

 そこまでは、良かった。何の問題もなかったのだ。問題の原因は、聖堂内にいた先客である。

 長椅子に腰掛けていた彼は、ナディアを見つけ顔を明るくした。彼女を呼ぶ声も弾み、あからさまな特別を孕んでいたのだ。それはそれはマリユスやジャスミーヌ並みに分かりやすく。


「ご機嫌麗しゅうございます、ランメルト様」

「毎回言っているけど……。そんな畏まらなくていい」

「しかし、私は」

「良いって言ってるだろう! いやその、俺は気にしないから」


 照れたように、ランメルトの視線がナディアから逸らされる。そして、落ち着きなく眼鏡のブリッジを指で上げた。

 こんな所でランメルトの“デレ”を見ることになろうとは。何がどうなっているのやら。

 つまり、何だ。マリユスはヴィオレットに片思いしていて。ヴィオレットはランメルトに片思いしていて。ランメルトはナディアに片思いしていると。地獄か?


「シルヴィ様?」


 シルヴィはナディアに呼び掛けられ、ハッと我に返った。現実逃避をしている場合ではなかったのだったと、顔に微笑みを張り付ける。


「ご機嫌麗しゅうございます」

「あぁ、君は確か……」

「ガイラン公爵令嬢の侍女をしております。シルヴィ・アミファンスと申します」

「ふんっ! 君はあの男と違い、ちゃんとしているらしいな」


 ランメルトの表情に嫌悪が混じる。“あの男”とは、ルノーで間違いはないのだろう。シルヴィは、少しイラッとしたが微笑みを崩すことはしなかった。

 ランメルトは気分を変えるためか、首を微かに左右に振る。シルヴィからナディアへと視線を戻した。


「ナディア嬢、何か困っていることはないか?」

「ありませんわ」

「本当に? ヴィオレット嬢に酷い事を言われたりしていないか?」


 ランメルトの言葉に、ナディアが微かに笑みを崩しそうになったのをシルヴィは見逃さなかった。しかし、当のランメルトは気づかなかったらしい。

 シルヴィは二人のやり取りに、ハラハラとした気持ちになってきた。どう考えてもランメルトのアプローチ方法は悪手。

 ゲームのヒロインに対してならば良い手だったのだろう。ヴィオレットにツンツンされて困っているヒロインにとっては。

 しかし、ヴィオレット大好きナディアにとっては、最悪でしかない。そもそもがランメルトは、主が恋している相手という初手から難しい立ち位置にいるのに。


「ヴィオレット様は、とてもお優しい方ですから」

「……それは、君の方だろう」

「そのようなことは」

「まぁ、何かあれば俺に言うといい」

「お気遣い痛み入りますわ」


 ナディアの壁がもの凄く分厚い。しかし、それは当たり前なのかもしれなかった。ナディアがヴィオレットを裏切ることなど有りはしないのだから。

 ランメルトと妙な噂が立つことこそが、ナディアの“困る”ことなのだろう。そのため、ランメルトの望み通り“畏まらなくていい”が叶う確率は低い。


「では、わたくしはシルヴィ様とお話がありますので、失礼させて頂きます」

「……そうか」


 シルヴィはランメルトに睨まれて、半目になりかけた。なんとか耐えて、丁寧に辞儀だけしておく。

 プレイヤーとしてヒロイン視点で見ると、“嫉妬して可愛いー!!”となる場面なのだろう。しかし、睨まれる側のモブとしては“余所でやってくれ”でしかなかった。

 なんだったらナディアも“早くどっか行けよ”などと思っていそうなくらいに、笑顔の圧が凄い気がする。脈なし過ぎて、ランメルトが不憫になってきた。


「……それじゃあ、また」

「失礼致します」


 ランメルトが渋々と聖堂から去っていく。その後ろ姿を眺めながら、どうしても一緒にいたいのなら“外で待っている”くらい言えばいいのにとシルヴィは思った。ルノーならば言う。

 とは言え、そんな事をランメルトに言われてもナディアは迷惑なのかもしれないが。ナディアのことが好きならば、ナディアの好きも知っておくべきだなと、シルヴィは恋の難しさに眉根を寄せた。


「ごめんなさい、シルヴィ様」

「え? いえ! 私は気にしてませんよ。ナディア様はその、大丈夫ですか?」

「……えぇ、大丈夫ですわ」


 間が気にはなったが、シルヴィはナディアがそう言うならと、それ以上は触れないことにした。

 二人で最前列の長椅子に腰掛け、神に祈りを捧げる。シルヴィは前世から信心深い方ではないが、こうして転生しているので神はいるのかもしれないとは思う。

 祈りを終え、シルヴィは本題に入った。ナディアに提案した時点で断られたらどうしようかと、少しの緊張感が胸中に渦巻く。


「実は、ナディア様にお願いがございまして」

「お願い、ですか?」

「ヴィノダエム王国では、魔法薬学の研究が進んでいるでしょう? 中には、魔法を込めなくても作れる魔法薬もあるとか。とても興味があるので、ヴィオレット様にご教授願えないかと思っておりまして」

「まぁ! ヴィオレット様に?」


 ナディアがあからさまに、喜色と期待を瞳に滲ませる。あぁ、やはりそうか。シルヴィは、ナディアが如何にヴィオレットを大切に思っているのかを再認識した。そして、ナディアの願いを理解する。


「ナディア様がヴィオレット様は博識だとおっしゃられていたでしょう? ですから、教えを乞うならヴィオレット様かと」

「勿論です!! いつにしますか? 絶対にヴィオレット様を連れていきますから!!」

「あ、えっと、私だけではなくて何人か一緒に教えて頂きたいのですけれど」

「大丈夫ですわ!」


 ナディアの勢いに圧倒されながらもシルヴィは「ありがとうございます」と、お礼だけはしっかりと言っておく。


「いいえ! シルヴィ様が絶対に参加してくださるなら何人でも!!」

「も、もちろんです」

「楽しみですわね!」

「そうですね」


 流れるように決まった勉強会の開催に、シルヴィは拍子抜けする。しかし、これでヴィオレットの恋の行方とイヴォンの問題の解決策と。少しでも手掛かりが掴めることをシルヴィは神に祈っておいたのだった。

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