26.モブ令嬢と2の黒幕の真実
大切が増えるのは、良いことだ。ルノーとフレデリクの様子を眺めながら、シルヴィは頬を緩めた。もっと、もっと、沢山増えるといい。
ルノーは渋々と諦めたように、溜息を吐いた。次いで、思案するように目を伏せる。それに、シルヴィは首を傾げた。
「ルノーくん?」
「僕の……」
「うん」
「僕の興味は他にあってね」
「そうなの?」
「そう言えば、そのような事を言っていたな。“おそらく”の域は出たのか?」
「えぇ、僕としては興味深く知的好奇心を満たす結果でしたが……。まぁ、面白い話ではありませんよ」
聞きますか? とでも言いたげに、ルノーが微かに首を傾げて見せる。フレデリクは女性陣に聞かせて大丈夫な内容なのかと、迷うように眉根を寄せた。
「どんな内容なの?」
「そうだな……。この国の思想と教会、それとイヴェットという生徒についてかな」
「イヴェットさん?」
「そう。君を食堂まで案内した、ね」
思ってもみなかった人物の名前に、シルヴィはキョトンと目を瞬く。これは、聞いておいた方が良さそうだと。
しかし、ルノーとシルヴィ以外の皆が、少しソワソワとした空気になった。ルノーから女子生徒の名が出たことに、妙な緊張感のようなものが漂う。
「僕に喧嘩を売ってきた癖に、目が合っただけで逃げていった。彼の話が主だよ」
「……かれ?」
シルヴィを食堂に連れてきてくれたのは、何処からどう見ても女子生徒であった。だからだろう。トリスタンが混乱した声を出したのは。
「気づいてなかったの? 彼は男子生徒だよ」
「……え? えぇ!?」
「俺の記憶違いでなければ、女子生徒の制服を着ていた筈なんだが……」
「そうですよ。詳しいことは知りませんが、趣味嗜好は人それぞれですから」
「そう、だな……?」
「フルーレスト卿は、何故その……。男子生徒だと分かったのですか?」
「一目見て、分かると思うけど……。まぁ、“リュムールラパンもそうだと言っていた”と言えば、納得するだろ? 彼は耳が良いからね」
リュムールラパンは噂好き。何でも知っているというのは、共通認識になっていた。そのため、名前が出た瞬間に納得感が場を包んだ。
「それで?」
「私は教えて欲しいです」
「うん。シルヴィがそう言うなら」
「ありがとう」
「構わないよ」
完全にシルヴィとルノー、二人の世界になっているが、誰も何も言わなかった。ルノーの話には興味があったし、平和が一番であるからだ。
「そうだな。まず基本情報として、この国では命あるモノは皆一様に、“死を迎え、魂が巡り、再び生を受ける”という考え方をする」
「教会の教えだね」
「うん。流石はシルヴィ、よく知っているね。それら全ては神の慈悲だとか。問題があるとするならば、“闇の魔力持ち”についてだ」
「俺達のことですか?」
「そう。闇の魔力持ちの魂は、魔物であった。故に穢らわしいと喚いている」
そんな話は初めて聞いた。しかし、だからかとシルヴィは合点がいく。テオフィルは教会関係者。ルノーを毛嫌いして、腕輪を外させようとしたのはそういうことだったのか。
「魔物……??」
「嫌そうだね」
「そ、そんなことは! ない、です!」
「まぁ、僕という存在がそれを完全に否定出来なくしてしまっているけど……。全員がそうであるという証明も不可能だ。ただの妄想でしかないよ」
「ただの妄想……」
トリスタンが何とも言えない顔で笑う。自分の魂が昔は魔物であるなんて考え、驚きはしたが別に嫌な訳ではなかった。目の前に悠然と座る魔王が、格好いいからだろうか。教会の教えをバッサリ切る所も含めて。
「なるほどな。聖光教とは違い、初めから闇の魔力持ちは魔物達と同じ扱いであるのか」
「まぁ、最終的な到達点は同じですがね」
リュムールラパンの“とかく人間は面白い。時折、魔物よりも禍々しい話を聞きますゆえ”という言葉を思い出して、フレデリクは深く眉間に皺を寄せた。人間として、何とも恥ずかしい話である。
「彼、イヴェットは闇の魔力持ちだ。本人は隠しているようだけどね」
「露見すれば命が危ない、か」
「“あの程度”と、言いたい所ですが。助けがなければ、危なかった者がいるようですから」
「うぐぅ……」
「功績はいつ挙げてくれるんだろうね」
トリスタンが涙目になっている。というか、これは泣いている。それに、ジャスミーヌがすかさず慰めようと奮闘し出した。
「まぁ、問題はそこではない」
「……? そうなの?」
「うん。問題は、一つの体に闇の魔力と光の魔力が混在していることなんだ」
そんな“設定”があったのだろうか。思わず、シルヴィはロラへと視線を遣る。ロラは、何の話なのかと目を瞬いていた。それに釣られて、シルヴィもキョトンと目を丸める。
「ジルマフェリス王国では、まず聞かない症例だ。書物の情報も比べるまでもない。光の魔力持ちが珍しくないこの国ならではの存在といった所かな」
「あれは、そういう意味だったか」
「えぇ。書物を読んだ範囲では、半々の子は遺伝でしか産まれないようなので」
「混在してると、どうなるの?」
「闇と光は相性が悪い。人間の体は脆いからね。非常に短命らしいよ」
「え!? それって……」
「彼は長生きの部類だ。けれど、まぁ……。“発作”は、酷く苦しい筈だよ。魔法を使うたびに、激痛が走ると書かれていたからね」
ハッピーエンドの後も、人生は続く。ハッピーエンドの向こう側が、幸せとは限らないのだろうか。いや、ゲームではそうだったからといって、何だと言うのか。
迎えてやろうではないか。誰もが幸せになれる大団円ハッピーエンドを。しかし、そうなると……。どうやって、方法を探るかが重要だ。
「さて、僕はもう彼に興味はない訳だけど」
「お前は……」
「リュムールラパンからの報告を一つしておきましょう。彼が、首謀者です」
「なっ!?」
「正確に言うならば、彼と白銀のドラゴンが反魔王派とやらの先導者らしいですよ。イヴェットは偽名で本名は……。何だったかな」
「頼むから興味を持ってくれ……」
「彼では、話になりませんよ。白銀のドラゴンとやらも、未だ姿を現さない。魔物の襲撃もあの一度きり。どうせなら、面白い余興でもして欲しいとは思いませんか?」
「思わん!」
「つまらないな……」
ルノーが不貞腐れたように、フレデリクから視線を逸らす。
どうやら、ルノーの興味は“闇と光の魔力を同時に持って産まれた人間について”だけであったらしい。それが解明された今、もはやイヴェット本人には何の興味もないと。
食堂で喧嘩を売られたようだが、目が合っただけで逃げたと言っていた。それも興味を引かれない要因だろう。
しかし、シルヴィ以外の皆の意見は少々違っていた。トリスタンはガーランドに言われたのだ。“兄上にとって有益というのは、シルヴィ嬢にとって有益という意味が多分に含まれています。故に、シルヴィ嬢が親しくない相手には、そもそも興味を示さない可能性があります”、と。
シルヴィの敵は、“敵”でしかない。つまり、ルノーに“一個人”として認識して欲しければ、シルヴィと親しくなるのが一番の近道ということ。それを聞いて、トリスタンは自身の運が如何に良かったかということを理解したのだ。
今現在ルノーにとってイヴェットは、ただただ邪魔なだけの存在でしかないということ。学園祭の日、“邪魔なら消せばいいよ”と何でもない事のようにルノーの口から放たれた言葉をトリスタンは忘れられない。