かくれんぼのない町
僕が引っ越した町はお父さんのおじいちゃんが住んでいた〝きりがもり〟という、とても小さい町だった。
お父さんも、お父さんのおじいちゃんが亡くなる前に数ヶ月ほどしか住んでいなかったそうだが、豊かな自然とあたたかい人たちとの思い出が忘れられず、在宅で仕事が出来るようになった今、思い切って引っ越しを決めたのだ。
森ときれいな川のおかげか、僕にでも空気が美味しいとわかる。
「小さい町だから子どもも少ないだろうけど、皆と仲良くするのよ」
「はーい」
お母さんは僕に友だちが出来るかどうか心配しているようだ。こんな小さな町で友だちがいなかったら、何も楽しいことなんてないだろう。ゲームだって一人でやってても面白くない。通信で今までの友だちとも遊べるけど、僕は顔を合わせて一緒にゲームをしたい。
そう、思っていたのだけれど──。
「……え?みんなスマホ持ってないの?」
転校初日の放課後。僕は育て上げたモンスターを自慢しようと隠して持って来たスマートフォンを出したのだが、わずか10人しかいないクラスメイトの誰一人としてスマートフォンを持っていなかった。
なんてことだ……これでは僕は友だちを作れないじゃないか。
「それよりドッジボールしようよ!」
きっと僕はあからさまにガッカリした顔をしたのだろう。クラスメイトの一人が明るく声を上げた。
他の皆も「そうしよう」と賛同していたが、正直言って球技は好きじゃない。疲れるし、汗だくになるのも嫌だ。だけど、ここで「遊ばない」とは言えない。それをしてしまうと、今後一切、話す相手もいなくなりそうだ。
「ドッジボールよりも、かくれんぼがいいな」
仕方なく、かくれんぼを提案する。今日のデイリーもしたいし、鬼なら数えている間。隠れる側なら隠れてる間にゲームをすればいい。
「カクレンボって何?」
皆で顔を見合わせていたかと思うと、さっきドッジボールをすすめて来たやつが首を傾げて言う。
「かくれんぼ知らないの?!」
スマートフォンを持っていないことより、こっちの方が驚いた。この町の子どもたちは『かくれんぼ』を知らないと言う。田舎なのに……と言いそうになった口を慌てて閉じ、僕がかくれんぼの遊び方を教えると、皆初めての遊びに頬を紅潮させ「早くやろう!」と急いでランドセルを家に置きに帰って行った。
僕が集合場所の森の入口まで来ると、すでに皆揃っていた。正直まだ顔もろくに覚えていない。人数も多く、他の学年の子も混ざっているらしかった。学年も問わずに遊べるところは流石田舎だな……と思ってしまう。
それよりも、早くゲームをしたい。
「最初だから、僕が鬼やろうか?」
そう、言ってみる。本当は隠れてゲームしたいけれど、言い出しっぺとしては仕方がないだろう──と思ったのだが、意外にも皆「鬼をやりたい」と言い出した。それならそれで都合がいい。ジャンケンで鬼を決めて貰って、スタートだ。皆、それぞれ隠れ場所を探して走り出す。僕もなるべく遠くて見つからない場所を探した。しばらく走ると、大きな木があった。裏側にうろがあり、隠れるにはちょうどよさそうだ。
「もういいかぁい?」
その時、ちょうど数え終わった鬼の声が聞こえた。僕は見つかるまでゲームをしていようと、大きな木のうろに身を潜めたけれど、もう早く終わらせて家で思いっきりゲームをしたくなっていた。前の学校の友だちと通信して遊びたい。
「もういいよぉー!」
そう思ったら、隠れていることも馬鹿らしくなっていた。さっさと見つかって用事があるとでも言って終わらせよう。
「もう……いいの……?」
すぐに返ってきた声に、うろから顔を出してみると鬼になったおかっぱの小さい女の子がいた。
「最初の場所から動いていいのは、全員が隠れ終わってから──……」
ルールをまだ覚え切れていないのかと笑って言った僕の言葉は、彼女の歪んだ笑みに遮られた。
女の子の目元は不自然に下がり、口元からはヨダレが滴る。
そして──。
「もウ……いいんダヨね……?タベテも──」
歪んだ笑顔の顔面が二つに割れるほどに口が開き、頭から僕を飲み込んだ──……。
──この日、町の子どもが幾人も行方不明となった。
大人たちは一緒に遊んでいた子どもたちに『かくれんぼ』のことを聞くと、捜索もせず泣き崩れた。
ここは鬼里ヶ守──「もう〝食べても〟いいよ」と言った者だけを食べ、森と町を守ってくれるやさしい鬼が住む町。老衰で死にゆく者が「もう、いいよ」と身を捧げることで、平穏に暮らしていた町……だった。
だが〝かくれんぼ事件〟以来、森に近づくと、
「もういいかぁい?」
と、若い肉を求める鬼の声が聞こえるようになったという──。