(8/16)『進行調整』タカハシシヨウ
『YouTube』の仕事は意外と楽しかった!
何せ『全員やる気がある』
お金ってすごい!! 『意欲引き出しアイテム』はお金!! やはり政府は国民1人当たり『5000兆円』配るべき!!
もちろん生徒に給与は支払われないが、『教育系YouTube17位』である。周り中に注目されて気持ちいいらしい。
コメントも毎回信じられないくらいついた。『JK』のブランドってこんなすごいんだと思った。
みんなスカート丈をパンツ見えるギリギリまで上げて、生足で授業を受ける。
顔はイラストで隠されているが声は女子高生のものだ。
だがどの『可愛い』女子高生よりクールな『ミトン』の人気があった。
目の前でサトルの投げるチョークをバシッとはたき落とす赤星を見た。すごい迫力だった。さすがソフト部のエース。
『ミトン』も顔は隠されていた。だがあの運動能力である。調べればすぐわかるのだろう。
コメント欄に「ナギちゃーん! カッコイイ」とつくので『カウベル』が片っ端から削除していく。コメントは承認制である。
会議は『zoom』で行われた。紫陽が画面に出ると野郎どものテンションが爆上がりするのであった。
「ショーちゃん最高ですよ!」
「タカハシ二度と帰ってくんな!」
「やっぱ美人が担当だとはえるわ!!」
紫陽苦笑いである。
当然補講を休む生徒もいるが代わりはいくらでもいた。トップクラスの成績でも『茶髪先生』には出たい。紫陽の出演者リストにはキャンセル待ちが何人もならんでいた。
多すぎず……少なすぎずの生徒数にしないといけない。
この現状に唯一不満そうなのが当の『茶髪先生』ことサトルであった。
「オレはよー! 1年きりにしようと思ってYouTubeにしたのによー!」とぼやいている。
学校とサトルの調整はタカハシがやった。つまり『施設使用料』を学校に払い、学校はそのお金で新しい体育マットを買ったりする。
週2回サトルの
「どーもーチャパツでーす」というやる気のない声で授業が始まった。
◇
実をいうと『茶髪先生』より裏番組の人気が高かった。『課外教室! チャパツ』という番組だ。
撮影チームが週1回誰かの部屋に集まってお菓子食べながらダラダラ話すだけである。
その『お菓子』にスポンサーがついていて山ほど送られるお菓子を食べながらみんなで話す。
紫陽はここでメンバーの最後の1人『ナヨン』を見た。髪が肩より少し長い。血管が浮き上がるほど腕が細い。地味な男の子でほぼ喋らない。画面の片隅でポテチをパリパリかじるだけ。どこかモルモットを思わせた。
サトルはど真ん中にドッカリ座っていた。何話してもドッカンドッカン受ける。1番すごかったのが『今までの合コンワースト3』で78万回再生。
『これ知ってるわ……授業中の鉄板ネタじゃん……』まさか授業中のダベリネタが日本中でウケて何百万というお金になるとは……。
世の中は、わからない。
◇
つまりサトルにはどんどんお金が入ってくるのであった。
『茶髪先生』だけではない。彼は不動産投資もしていた。株もやっていた。さらにソフトの会社も立ち上げていた。
『サンタチーム』はもともとこちらの所属だ。ITソフトなどを作る集団だった。YouTubeは『余儀』である。
『茶髪先生』は実のところカメラマンのサンタが全てを仕切っていた。Twitterの告知もサンタだし、構成なども全て彼だった。
中学校2年で不登校になって以来年間数百本のバラィティやお笑い番組を見、ラジオの構成作家をしてたこともあるという。
ただ、サンタの格好をしないと外に出られないためサラリーマンになれなかったのである。
「サンタのカッコーしてるからってあんな優秀なやつ雇わない会社がバカなのよ」
サトルがニヤニヤした。
紫陽もサンタとマンツーマンで会議するうち『人を見かけで判断してはいけない』と痛烈に感じる様になった。サンタの『番組センス』には誰も追いつけなかった。
◇
「アンタさぁ。どうやって時間やりくりしてんの?」とサトルに聞いたことがある。
「あ? 何もしてねーぞ」
「いや、だってYouTubeやって、不動産やって株やって、ITの会社やって、学校の先生って無理ゲーでしょうが。どこに合コンいく時間が……」
「バーカ。オレは枠組みつくるだけよ。働くのは他の奴ら」
「え?」
「だからYouTubeもよー。オレがやってるのは授業だけ。それ以外は全部他のやつがやってるだろ? 不動産も専門のやつに間に入ってもらうし、株にいたっては自動ソフトを入れてるし、会社も作っただけでほぼ出社してねーぞー。ハンコ押してるだけー。ガッコーは最初から責任ある立場とか一切やってねー。全部手抜きまくりよ。合コンの合間に仕事してんのよ」
「紫陽あのね……」タカハシが補足してくれた。「そうは言っても要、要は抑えてるし。何よりサトルは人を見抜く目がすごいんだよ」
チリも積もれば『ブラックカード』だったのである。
◇
紫陽の生活は急に忙しくなった。
朝大学、1時から弁当屋、5時からYouTubeの撮影、7時から会議、8時に夕飯、9時からレポート作成、11時に寝るみたいなスケジュールである。
新婚らしく、新居の掃除機がけとかやっちゃうぞムフフ♡とか思っていたのに、今や3食タカハシに作らせ打ち合わせしながら食べる始末。
タカハシがいないときは母親かバイト先の弁当であった。
弁当屋には新しいパートさんが入った。しかし店長に「週1回でいいから来てっ。顔見せるだけでいいからっ」と懇願されるのでやめられない。
人妻になっても『カブラギさん』の人気は根強かった。
それでも毎日は充実していた。『番組作り』は面白いし、弁当屋で人と触れ合うのも楽しいし、帰りはタカハシと2人並んで家に帰り、彼の作る夕飯を食べた。
2人で大学のレポート対策をして、夜は枕を並べて眠る。
夫の体温と規則正しい寝息以上に彼女を慰めるものはなかった。
◇
たまたまその日は暇だった。
「よーし今日は是也さんにお昼作っちゃうぞー♡」腕まくりして冷蔵庫を開けた途端にだ。
ふっと冷蔵庫に違和感を覚えた。
伸び上がって1番上の段を見ると奥の方に黒いビニール袋に入った何かがある。
まるで隠しているみたい……。
思わず手に取り中を見た。
あっ……これ……。びっくりする。
書類を片付ける(タカハシも仕事を持ち帰っていた)夫の後ろに仁王立ちになった。
「是也さん。なんですかこれ」
「うん?」と紫陽の方をみたタカハシの息が止まる。そのまま固まってしまった。
紫陽は黒いビニール袋の中に入っていた箱を開けて中身を見せた。
「これ。私が高校3年の時に高橋先生に差し上げたバレンタインチョコレートですよねぇ?」
「あっ……あっそれっ…………」
口をパクパクさせて慌てている。
「中身にチョコソースを入れた黒いチョコが5個と、赤いハート型のが1個入ってたと思うんですけど」
「………………………………」
「なんでこの『赤いハート』だけ3年も食べなかったんですか?
「………………あっ。忘れてたっ」
「嘘つけっっっっっっ!!!!!!」
是也がギューっと目をつぶった。
「是也さん消費期限切れの食品は一才冷蔵庫にいれませんよねっ。厳格ですよねっ。そこら辺っっ。今年彼女になって初めてあげたチョコは全部食べてくれましたよねっ。箱も残ってないし。それなのに何で高3のやつだけ残してるんですか〜〜〜〜〜〜〜〜」
ああ〜。是也の顔がだんだん赤くなってきてしまった。
紫陽はズイズイとタカハシに近づき両腕を後で組んでから顔を覗きこむ。
「是也〜〜〜〜〜〜〜〜。本当のこと言っちゃえよ〜〜〜〜〜〜〜〜」
タカハシが伺うように紫陽をちろっと見た。
「だだ……だって」
「だって?」
「そのチョコ食べちゃったらカブラギからのバレンタインプレゼントが無くなっちゃうじゃない…………」
紫陽はダーンッッッと仕事用デスクを叩いた!
ボールペンがちょっと浮いた。
「そんっっなに私が好きなのに何っで去年の5月人の告白断ったかっっっ!!!!!!」
「カッカブラギッッ。人の家の冷蔵庫勝手に漁っちゃダメじゃないかっ」
「ここ『私んち』ですけどっ!!!!!」
タカハシが首の付け根まで真っ赤になったまま両手で顔を覆ってしまった。『スカした鬼太郎』の面影ねーな。タカハシ。イヤイヤするように首を振る。
「いや……ダメだよ……昨日まで10代だった女の子と37にもなって付き合えないって……」
「チョコは捨てられなかったクセになにを言う」
「それは……個人の自由でしょ……」
「素直になれよタカハシッッ。お陰でこっちは10ヶ月も大変な思いしたんだかんねっ」
『ゴメンナサイ』と真っ赤になった夫が回転椅子に座ったまま抱きしめてくる。頭を覆うように抱きしめ返す。汗ばむ夫の額にキスをした。
「これから毎年『赤いハート』のチョコ作ってやるわ〜〜〜〜〜〜〜〜。50年後には50個だ〜〜〜〜〜〜〜〜」
その日のランチはやたら豪華だった。
◇
嵐は突然やってきた。
朝比奈玲が弁当屋に走り込んできた。
「おっおねっおねっお姉様っっ。ネット見ましたかっ」