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(7/16)『金欲しいか!』『5000兆円欲しい!』

「カブラギ! 金欲しいか!」とサトルに言われたので「5000兆円欲しい!」と答えた。


 場所はタカハシの家である。相変わらずサトルは金曜夜にやってきて『アニキー腹減ったわー』とタカハシに夕飯を無心するのであった。


 3人でカルボナーラスパゲティとフレッシュサラダを食べた。トマトを8分の1に切ったのは紫陽である。レモンとオリーブオイルと塩で美味しいドレッシングになる。


「よーし。よし。あの弁当屋のチンケな稼ぎじゃなあ! オレが雇ってやるわ」


「サトル」タカハシに注意される「アルバイトはいいけど、紫陽の本分は学生だからね」


「あいっかわらず真面目だなぁ。タカハシは! 大学なんぞ寝にいくところだろうが!」


「学費を払ってくれたご両親にお詫びしなさい」


「そうだよー。私も是也さんも高校からガッチガチに奨学金借りて勉強したんだからねっ」


 お坊ちゃんは何百万というお金を『クーラーの効いた昼寝場所』くらいに思っているのである。いっぺん苦学生になれ!!

 学校とアルバイト(家庭教師)の往復だったタカハシとの境遇の違いよ。


「で? 何? アルバイトって!」


 お金欲しいー。喉から手が出るほど欲しいー。


「『YouTube』の進行調整だ」

「えっあれやらせるのか!」タカハシがギョッとしたのがわかった「紫陽はまだ正式に働いたことすらないんだぞ」

「しょーがねーだろーがー。お前がキョーシの他に本部の仕事やるんだからよー。進行は暇なコイツにやらせた方がいいだろーがー」


 は? 『YouTube』!?



「知らなかったんですか?」

 朝比奈玲あさひなれいにあきれられてしまった。

 場所は高校近くのコーヒーチェーン『panda panda』である。


「めちゃくちゃ有名ですよ『茶髪先生』」

「ちゃぱつせんせー!?」


 朝比奈に動画を見せられた。中学程度の数学を教える教育系YouTubeなのだという。


「元はと言えば、サトルが『補講』をめんどくさがったからで」


 紫陽の母校には補習制度がある。要は『数学できねーっ』って生徒を集めて授業の他に勉強を教える場だ。


『もー。お前ら中学のスーガクから出来てねーじゃん!! 基礎がまるでないじゃん! 教えてやるからガッコー来いっ!!!』と赤点だらけの女生徒5人を集めたらしい。


「で『中学のスーガクなんか教えんのメンドーだから1回しかやりたくない』って言ってそれをそのままYouTubeにしちゃったんですよ」


 去年1年かけてYouTubeに上げてったらしい。次に赤点とった生徒はそれを見ろということらしい。

 見たら必ずコメントを残すことで『履修証明』ということにしたらしい。


「それがうなぎのぼりに評判になったんですよ……」



 理由は『チョーク』であった。

『赤点』をとるほど数学が苦手でやる気のない女生徒どもなので、補習中も上の空になりがち。隣の席の子としゃべったりして。


 するとサトルが「てめぇ!! 授業にシューチューしろってんだよっ!!!」


 ビュッとチョークを投げる。100発100中当該生徒に『スコーン!』と当たる。


 それがもう視聴者には面白かったらしいのだ。


「さらに『ミトン』がアクセス数を爆上げしたんですよ」

「え? 『ミトン』?」


『ミトン』というのは2年B組。赤星凪あかほしなぎ。ソフトボールのエースキャッチャーである。

 紫陽の母校は『文武両道』を掲げているため、どんなに優秀な生徒でも成績が落ち込むと試合に出させてもらえない。

 そこで赤星も『補習対象』になった。


 もちろんサトルは学校を代表する選手だろうが容赦しない。

「何聞いてんだてめぇ〜!!!」とチョークを投げる。それを赤星は左手にはめた『ミトン(鍋つかみ)』で『バシッ!バシッ!』と全弾はじいたらしい。


「すごいんですよ。サトルがチョーク投げるたび『高評価』が100単位で伸びて、赤星さんが『ミトン』で防御するたび500単位で伸びるんですよ」


「ええっ。ええええっ」


「現在『教育系YouTube』では17位につけてるらしいです」


 17位!? 何? サトルあいつ日本で17位なの!?



 サトルに『撮影現場』に連れていかれた。タカハシも一緒だ。


『撮影現場』と言ってもなんてことはない。学校の視聴覚室である。個人情報(掲示板の紙など)が映る教室はダメなのでここが選ばれた。


 生徒達も本名では呼ばれない。


 サトルに指さされた。


「コイツが『刹那!』」「セツナでーす!!」

「羅壜!」「ラビンでーす♡」

「ナズナ☆フォーエバー」「ナズナでーす!」

「アフロディテ!」「アフロ♡って呼んで♡♡お姉さま♡」

「それで『ミトン』だっっ!!」「…………赤星です」


 ベリーショートの眉毛がほとんどない女生徒だった。声が他の子より2段階低い。そっぽ向いてる。


 タカハシにそっと耳打ちされた「右からね小林・佐藤・大木・山川・赤星だから」

「なんか他にいい芸名なかったんですか!!」

「…………芸名は本人たちが決めました……あ、赤星以外」


「うちの制服じゃないですけど」

「学校名を全面に出せないんでサトルがドンキで買ってきたんだ」

「このセーラー服を? キャバクラのお姉さんですよ。これじゃあ」

「……いや。うちの生徒以外YouTube見ないと思ってたから……」


 まさか1年後に教育系YouTube17位とはね!!!


 みんなイキイキ、キャラクターのドピンク靴下とか履いてる。


 だが、本当に驚いたのはこの女子高生ジャリどものことではない。


「よ……よろしくお願いします……」ペコリと丸メガネの男に頭を下げられたのだった。そいつが全身サンタクロースの格好をしていたのだ。


「カメラの……サンタです……」


 えええええっ。


 どう見ても25いってないのに真っ白なつけ髭をしている。


 その隣の男がトナカイのツノをつけていた。

「トナイチです! 第2カメラです!!」

「トナニです! 照明やってます!!」

「ナサンでーす! レフ板待ってまーす!!」


 …………何この大世帯。



「つまりこの……『サンタ』さんがその……外出に非常に不安を感じるタイプで『サンタコス』しないと家の外に出られないと」

「あ……どうか『サンタ』と呼び捨てしてください……すみません……変な人で」


「おめーはサンタコスしねーと外に出れねーだけで『変』ではねーぞー」とサトル。


「で、カメラさんが『サンタ』なので『トナカイその1』『トナカイその2』『トナカイその3』がいると」


「あとね『トナカイその4』と『カウベル』もいるんだよ」とタカハシに言われた。


 なんだっ! 『カウベル』って! トナカイの鈴のことやんけ! すでに生き物ですらないやんけ!!


『撮影チーム』のテンションが爆上がりしているのがわかる。全員(サンタ以外)の目がキラキラ輝いて『何!? このキレイなアイドルみたいな子!!』という顔をしている。


『しかも巨乳!!!!!』


「コイツ、高橋紫陽。是也に代わって進行調整。そんでタカハシの嫁」


 !!!!!!!!


…………全員の士気がみるみる落ちた。


「はぁ!? タカハシサンにこっっんなエロいお嫁さんくるわけないっしょっ!! タカハシサンですよっ!?」とトナイチに食い下がられた。


「あー。どーもよろしくお願いしまーす……」と紫陽は両手をヒラヒラ振った。残念ながらしっかり『マリッジリング』がはまっている。


「いきなり失恋したーーーっっ」


 トナニがしゃがみこんで泣いてしまった。



 つまり紫陽のアルバイトとはこの撮影部隊+生徒のスケジュールを全て調整するという仕事なのだった。割と責任重大じゃね?


 撮影後は音をつけたり編集したり生徒の顔をイラストで隠したりするのでその作業進行も管理する。


 いや……弁当屋のレジとは難易度がケタ違いですけど……と尻込みしたが、信じられない高給を提示された。


「今までタカハシに払ってた分をお前に払うだけだから世帯収入は一緒だけどなーっ」笑われた。


「え……でも……私以外に頼んだら……?」とサトルの腕をヒジでつつく。


「そんなんお前の能力見てたからに決まってんだろー」

「え? 能力? 番組なんか作ったことないよ」

「ちげーよ。『演劇部のリーダー』」


 あっ。



 高校3年の時。鏑木紫陽は演劇部の主役になった。


 演劇部というのは『やる気のない生徒の巣窟』だ。『やる気しかないソフトボール部』とは大違いであった。何せ顧問のタカハシ自身が『やる気のない生徒をやる気にさせない』指導であった。


 苦労人のタカハシにとって『やる気なんて自分で出すのが当たり前』だったからである。


 勉強しなくて試験に受からず困るのは自分。ましてや、やる気を無理やり出してまで課外活動などしなくて結構。


 というスタンスであった。


 そんで困るのは『演劇部』を推薦入試のアピールポイントにする生徒だけである。


 だがしかし。主役かつ座長の紫陽は困った。やる気のない生徒とやらせる気のない顧問の間をコウモリのように動いて調整する羽目になった。


 何度タカハシが『いい加減にしろっ』と一喝してくれたらと思ったかしれない。


 ずっと怒鳴ってるソフトボール顧問の髙橋正道(あだ名は『ウザイ熱血』)がこの時ばかりは頼れる先生に見えた。


 タカハシは決して冷たい教師ではなかった。自分から働きかける生徒にはどこまでも寄り添ってくれるようなところがあった。実際紫陽も『主役の愛読書』などというわけのわからないテーマをタカハシのところに持っていったが、放課後の仕事を調整してまで付き合ってくれた。


 紫陽は何度もやる気のない3年生を明るいリーダーシップで引っ張っていこうと頑張った。


 結果はコンクール落選。惨敗であった。


 紫陽はそのとき『人は自分の思う通りに動いてくれない』と身に染みて理解したのだ。楽しかったが苦い挫折の記憶である。


 しかしその苦労。ちゃんとタカハシやサトルは見ていたらしい。



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― 新着の感想 ―
[一言] サトル、どうかしちゃってるけれど、教師としては、ある意味優秀ですよね。ちゃんと見てるし。
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