(3/16)『失恋したから責任を取れ』!?
大丈夫じゃなかった。
宅配品を受け取った夫の是也は非常に厳しい顔をした。そしてサトルを呼び出した。
紫陽は例によってタカハシの家に用もないのに入り浸っているのである。
そのまま衣装部屋に2人で正座させられた。是也も正座である。
「サトル。着ないから買わないでって何度言えばわかるの?」
怖い怖い怖い。静かな物言いだけに怖い。
「この部屋見て? サトルが次々に買うから6畳が服や物でいっぱいだよね? どうするの? もう一生俺は何も買わなくていいくらいあるよ?」
「半分はオレの服じゃーん」
「いつの間にうちを自分の衣装部屋にしてるんだっっっ」
サトルがブーッと頬を膨らました。
「だってよー。月2回は泊まるんだからよー。面倒じゃね? それにお古ばっかりだしよー。たまには新しいの入れないと。タカハシもあるもん好きに使えばいいじゃーん」
「『エルメスのベルト』とか『グッチの財布』とかは『好きに使う物』でもないだろっ」
「いいじゃーん。これからはお前のヨメの許可もらって買うしよー」
「俺だとほぼ全部断られるから紫陽を連れてってるだけだろっ!!!」
ほらね。サトル。だから『怒られる』って言ったじゃない。
サトルがこっちを見てニヤニヤした。
「(小声で)タカハシはうるせーなぁ? 元カブラギ?」
「(小声で)うるさいのは在学中から知ってますけど」
「2人とも反省しなさいっっっ」
2人で正座したまま首を縮めた。
◇
その夜紫陽はタカハシの家に泊まることにした。『結婚してよかったなぁ』と思うのはこういうときだ。急に泊まりになっても『夫のところ』という大義名分がある。これは強い。結婚最高。
パジャマ姿で向いあうと夫に言われた。
「あのね。紫陽。サトルには本当に気をつけて欲しいんだけど」
「はい」
「ほっておくとこの家の家電全て取り替えられちゃうから。とにかく断りなさい。どれだけサトルに買い物させないかが結婚生活の要だと思いなさい」
「はぁ。そ……そんな買い物してくるんですか?」
「実はね……」タカハシは話してくれた。
◇
あれは3月26日土曜日のことであった。
その日紫陽はサトルのプロポーズを断るため彼に会った。
2人で手をつないで。高校から紫陽の家まで1時間一緒に帰った。
サトルは紫陽の『お断り』も笑って許してくれた。泣いてしまったのは紫陽の方であった。
紫陽の家の前で。つないでいた手を離して。
「サトルッ。ごめんね。ほんとごめん。サトルが嫌いなわけじゃあないんだよ」と右手で涙に濡れたまぶたをゴシゴシした。
「なんだぁ。カブラギ。フラれたのはオレの方だぞ」と言ってサトルは紫陽の頭をクシャクシャした。
サトルと別れ、家に入ってペンギンのぬいぐるみを抱いた。『サトル今ごろどうしているかなぁ』と思った。
『きっと1人でお酒でも飲んでるんだろうなぁ』
違ったんである。
実際のサトルはそのまま40分タカハシの家まで歩くと鍵を勝手に開けて勝手にズカズカ入り、リビングルームで1人本を読むタカハシの首根っこをつかんでにじり上げたのである。
「タカハシてめーーっっっ!!!!」
目を白黒させるタカハシにサトルは苛立ちをぶつけた。
「てめぇのせいでカブラギに失恋したじゃねえかよっっっ責任とれっっ!!!」
「え? せ? 責任!?」
タカハシは身長170センチで、サトルは165センチなのだが、立っている人間と座っている人間では分が悪かった。
「今からタクシー呼ぶからなっ。首洗って待ってろよー!!!」
え? 首洗う? 何?
と訳の分からないままタクシーに乗せられ『アルマーニ表参道店』に連れて行かれたらしい。
茫然としたまま採寸され、茫然としたままスーツを試着させられ、茫然としたまま丈つめの相談をさせられたらしい。
「えっ。そのスーツってアレですよね……。家に挨拶に来てくれた時の」
「婚約のね」
「ちなみにお値段は……」
「1回も会話にのぼらなかったよ……」
怖ええええええええええええ!
サトルに「てめぇ。カブラギの親にアイサツいくのに、まさかあのヨッレヨレのスーツ着ていく気じゃねぇだろうなぁ!?」と凄まれたらしい。その筋の人か。
「何か気がおさまらなかったらしくてね。そのまま今度はこの財布を買われて」アミアミの財布を見せてくれた。
「ボッテガヴェネタじゃないですかぁぁぁぁっ」
「え? 高いの?」
「高いよっ」
つい敬語を忘れる。
「次にエルメスに連れて行かれて靴下を買われて」
ひいいいいええええええ。
「……どうして靴下をハイブランドにしないといけないの? 無印でいいんじゃないかなぁ」
「……気合が入ったとかですか?『オレがコイツを嫁に出す的な?』」
タカハシは腕を組んだまま首を傾げた。まあそうであろう。
「紙袋持たされてステーキハウスに連れていかれてね……」
5万のコースを食べさせられたんだそうだ。ワインの値段は怖くて見れなかったらしい。『ああ〜。これで「万葉図説大全」が買える』とは思ったらしい。物の値段が全て本に換算される男。タカハシ。
「総額いくら使ったかはわからないけど、7ケタはその……いくんじゃないかなぁ」
「え? 失恋の腹いせに100万使ったってことですか? 是也さんのために?」
「そうなんだ」
「どういう思考構造なの!?」
「俺が聞きたい」
とにかくその日はサトルが怖くていつもの「いらない、いらない、何もいらない!!」攻撃が出来なかったらしい。
帰りもタクシー。家についた途端タクシーを待たせてバフっとブランドの紙袋をタカハシに押し付け。
「思い知ったかっっっ」
と吐き捨ててタクシーに乗り込んで消えたそうだ。
あとは茫然と紙袋を持ったタカハシが残された。
「そういうわけだからね……。サトルにお金使わせないでね……」
まさかの事実である。タカハシの『どこの量販店で買ったの? そのヨレヨレのスーツ!!』は努力の結晶だったのである。
鬼のように断らないと全身ブランド物で固められる運命が待っていたのだ。
◇
何がなんでもサトルにお金を使わせてはならない。タカハシ夫婦は心に誓った。
が。
無駄なのである。