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2/16

(2/16)何でそんなにお金を使うの

 トップバッターはゴールデンウィーク明けの2022年5月10日。

 タカハシと紫陽は4月29日に結婚した。ラブラブ新婚生活をゴールデンウィークから始めた。その次の週である。


 フラーっとサトルが家にやってきた。その時は紫陽も嬉しかった。

「布袋屋のシュークリームだぞー」と言われて飛び上がりもした。


 こぼれんばかりの生クリームとカスタードクリームを口いっぱいに頬張って新妻は『幸せなリス』みたいになった。


 サトルがテーブルに目をやる。


「なんだぁ? このパンフ」


 身を乗り出して説明した。


 是也さんがボーナスで食洗機を買ってくれると言っている。今日2人で家電量販店に見に行った!! 本当はこの『三必電機製』の食洗機が欲しいがあまりに高い。10万ほど安い『アイリスオークラ製』のにしようと思う。こっちは洗ってくれるだけで乾燥機がついてないが仕方ない。


 というようなことを夢中になって話した。ボーナスで新しい家電。ムフフ♡新婚♡新婚である♡♡♡


「へー」


 つまらなさそうにパンフをヒラヒラさせると、クリームを口から拭い


「ところでよー」とタカハシに何事かを話し始めた。紫陽は肩透かしをくらったが『まあ新婚の買い物なんて男は興味ないよね』とスルーした。そのまま忘れた。


 問題は3日後に起こった。


 夫のタカハシから電話があった。家に来てくれという。呼び出すなんて珍しい(呼び出さなくても紫陽がバンバン押しかけるのに!)


 鼻歌させて自転車をこぎ、愛しい夫の自宅に向かった。


 で、台所を見て凍りついた。


「………………食洗機……」

「…………そうなんだ……」

「……え? 是也さんが買ったんですか?」

「……いや。家に帰ったらあった……」


 紫陽はガッと食洗機を掴んで横を見た。

 三必電機製。ピカピカの。ツルツルの。真っ白の。ド新品。型番っ。型番あったっ。


 パンフレットを書類箱から抜き出して見比べた。


 最新型やんけ〜〜〜。


 なんだこれ!! 嬉しいとかじゃなくてむしろ怖いわっ。


 ああっ。ついでに食洗機用に蛇口も新しいのに取り替えられてる〜〜〜。


 すぐにサトルに電話した。何せこの家の鍵を持っているのは是也・紫陽・サトルなのである。3−2=1なのである。

 空き巣でもなければ家には入れないはず。何これ? 『置き引き』ならぬ『置き去り』!?


「なんだぁ? カブラギ」


 電話の向こうからのんびりした声がした。華やかな女性の声がする。お前また合コンだな?


「タカハシですっっ。アンタッ。なんだこの食洗機っっっ。無断で設置すんなっっ」


「だってよ〜。お前10万も安いやつ買うって言うからよ〜。『うっぜえなぁ。欲しいもん買えよ』と思ってよ〜。結婚祝いな〜」


「アンタッッ。何回『結婚祝い』する気だっっ」


「気がすむまで〜?」


 お礼も言わずに電話を切った。バカサトルがっっっ。



 さらにである。

 その週の日曜日にサトルに呼び出された。


 3月までは毎週日曜2人で会ってた。紫陽が一方的に『タカハシの嫁になりたいがどうすればよいか』と訴え続け『知らねえ〜』と言われる関係であった。


「あ……あの……サトル……さん……食洗機……ありがとうございました……」


 プリーツスカートから生命力パンパンの足を見せ紫陽はモジモジした。

 レースの短い靴下にシューズである。


 夫のタカハシに怒られたのであった。


『まず、年上の男性を「アンタ」というのはやめなさい』

『やり方はアレだが、プレゼントしてくれたのだからキチンとお礼を言いなさい』


 先生みたいである。いや、実際センセーなのだが。


 なんとなくタカハシには言えずに待ち合わせ場所に来てしまった。なんだろう? 六本木でしょここ。


 一面の人工芝生の上で寝転んでたサトルが起き上がった。

「いくぞ」


「え? どこ?」


「そこ」


…………六本木ヒルズですね。


 わけもわからずついていくと、わけもわからないセレクトショップにつれていかれ、わけもわからず高そうなシャツを見せられた。


「どっちだ?」


「は?」


「こっちの茶色のシャツと、こっちのネイビーのシャツ。どっちがタカハシに合うと思う?」


 はああああああ〜!?


「えっ。こっ是也さん? いやちょっとそんな買えません。こんな高そうなの」

「オレが買うんだよっ」

「は? え? だ? だって数日前にお高い食洗機もらったばかりですし……」

「あれは『結婚祝い』これは『誕生日プレゼント』だ一緒にすんなっっっ」

「いや……でもそんな困ります……夫にも叱られますし……」

「わかった。両方な」


 バサッと店員に渡した。店員が1対1で接客してくれる店だったのである。


 そのままツカツカと別のコーナーに行ったのでそーっとさっきのシャツの値札を見た。


 いちまんきゅうせんえんんんんんんんん!?


 はっ!? 消費税入れると4万超えええええ!?


 勘弁してよー。


 半泣きになって後を追ったが、サトルはその後も容赦なく買い続けた。

 シャツ。ジャケット。靴下。靴(合わなかったらどうするの?)鞄。ハンカチ。


 よくわからないお高いセレクトショップでよくわからない買い物を続けられる。


 最後にレジで財布を出したサトルを見て腰が抜けそうになった。


 ブラックカードだったのである。



 サトルと向かいあって『これがオシャレじゃないなら何をオシャレというのか』みたいな店のテラスでお茶をした。


 真っ白いパラソルが一面花のように開いている店だ。紫陽の視線の先にはサングラスをかけた黒いワンピースの女が細いタバコをくゆらせていた。


 紫陽は魂が抜けたみたいになっていた。


 荷物は全て宅配され、サトルは手ぶらである。アイスコーヒーをチューッと飲んでいる。


 真ん中に置かれたガラスの花瓶にひだまりがたまっていた。


「え? アンタ何モンなの?」また『アンタ』って言っちゃったよ。夫に怒られる。


「あ? 何モンでもねーぞ。強いて言うなら高校教師?」


 ダンッ。紫陽がテーブルをこぶしで叩いた。お高いんでしょうなぁ。ガラスの花瓶はビクともしなかった。


「(小声で)どこの世界に『ブラックカード』持ってるコーコーキョーシがいるかっ」

「キョーシってのは儲かるんだよなぁ」

「嘘つけっっ」


 紫陽の前にはお高いお店のお高いプリンアラモードがあり、なんてゆーか今まで一度も食べたこともないようなゴージャスな味がした。

 これ紫陽の知ってる『プリン』の3段階くらい上位互換である。


「カブラギよー」

「いい加減『シヨウ』って呼べよっ」

「元カブラギよー。お前タカハシと結婚したんだろーが。夫の人間関係も仕事のうちだぞー。そろそろ慣れろよ」

「慣れるわけがないっ」


 固いプリンにグサッてスプーンを入れてバクっと口にした。クッッッッソ。とろけそうなほど美味い。


 紫陽は両手で顔を覆った。


「あー。もうー。是也さんに怒られるー。『なんでサトルを止めなかった』って怒られるー」


 サトルがニヤニヤした。


「大丈夫じゃねー? 『誕生日プレゼント』なんだからよー。年1。年1。気にすんなよ!」


 立ち上がって紫陽の肩をバーンと叩いた。



 大丈夫じゃなかった。




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