(13/16)ミッキーマウスのテーマパーク
「紫陽。サトルってね。『ミッキーマウス』みたいな顔してるでしょ? ところで『ミッキーマウス』にとっての『テーマパーク』ってどこだと思う?」
「え……『ディズニーランド』?」
「違うよ。『ディズニーランド』はね。『ミッキーマウス』にとってはただの日常なの」
「あっ」
◇
「訪れる人にとっては『夢の国』だけど。ミッキーマウスにとっては日常。朝起きて歯を磨いてご飯食べてゲストをもてなして眠るところ。
サトルもね。あの池に鯉が泳いでる『大理石御殿』ただの自分の家なんだよ」
「生まれた時からいますからね……」
「そう。それでね。サトルは小さい時に憧れの『テーマパーク』があったんだって。どこだと思う?」
「え? 想像もつかないですけど」
「『野比のび太くんの家』だよ」
「………………………………」
「だだっ広い。最新のおもちゃが揃った子供部屋で、いつも『ドラえもん』見てたんだって。2階屋で。狭い台所。お父さんとお母さんとのび太くんとドラえもんが小さなテーブルでハンバーグなんか食べているあそこだよ」
サトルのお父さんもお母さんもいつもいつも忙しくて。食事はだいたいお姉ちゃんと2人で食べてた。大理石のダイニングテーブル。
12人がけのそこでポツンと2人。
食事は専用のコックが作ってくれた。乳母の勤務時間は夜7時まで。そこからは誰に構われるわけでもない。お母さんを待って『ドラえもん』を見ているうちに眠ってしまう生活。
「サトルが1番好きだったのはたまに乳母が作ってくれるオムライスだったんだって。具材はピーマンと玉ねぎとにんじんとベーコンだよ。全てバターで炒めて、味付けはケチャップのみ」
「あっ」
「卵の部分に乳母が『サトル』ってケチャップで描いてくれるんだって。それが『お母さんの味』。仕方ないんだよ。本当のお母さんは仕事をしていたんだからね。真理亜さんの料理は何も覚えてないんだって」
「……………………」
「紫陽の家。のび太くんのうちにそっくりだよね? 2階建。その……台所もそんなに広くないよね。小さな庭に物干しざお。お母さんが洗濯物干しているのサトル嬉しそうにみてるだろう? 覚えてる?」
「……あの。サトルが最初うち来た時」
「うん」
「『なんだここのび太んちみたいだなぁ』って」
「うん」
「私それで『悪かったね! 昭和な建物でっ』って」
違ったのではないか。サトルは紫陽が思ったのと全く違う意味でそう言ったのではないか。
◇
「サトルは楽しかったんだと思うよ。のび太くんちはね。小さなサトルが何より行きたかった『テーマパーク』だったんだよ。
あの家でお母さんと、紫陽と、俺と4人でお好み焼きや餃子を食べたよね。ホットプレートで。肩を寄せ合うようにして」
「はい…………」
「俺もサトルの気持ちわかるよ。18歳で孤児になったからね。そういう人間にとって家族みんなで肩寄せ合ってご飯を食べるってことは土星に行くより遠いんだよ。だからね。サトルに腹を立てないであげてほしいんだよ。確かにね。紫陽すっ飛ばしてお母さんと仲良くなったのはおかしなことだけど。サトルは『あの家』を失いたくなかったんじゃないかなぁ」
◇
夫がサトルに電話をしてくれた。
内容は『うちの妻がとんだ妄想をして申し訳ありませんでした』ということだ。電話の向こうから大爆笑が聞こえる。
「うん……うん……言っておくよ……はい……またね……」夫が電話を切った。
「『気にするな』って言ってたよ。サトル」
「はい……」
よかったぁ。
「で。『女に殴られるの年間50回くらいあるから平気だ』って言ってたけど。まさかサトルのこと殴ってないよね?」
紫陽は首を縮めた。
◇
紫陽も電話した。全く怒ってなかった。いつものサトルである。
「悪かったなぁ。お前んち勝手に通って」と言われた。
「それにしてもさぁ。カブラギ。いい発想だわそれ。オレとタカハシとお前で結婚すりゃあ全て解決かと思ったけどよー。オレと琴絵とお前で結婚してもいいなー! 手っ取り早い!! あの『のび太んち』みたいなのもついてくるしよ!!!」
「バカサトルッッッッ死ねっっっっ!!!」
謝るために電話したのにいつも通りキレ散らかして切ってしまった。
どうせサトル。スマホの向こうで爆笑してる。