(11/16)『お母さあああああああん! サトルと結婚しないでええええええ!!!』
「なんでアンタまた実家いんのっ!! ストーカーかっっ」
勝手に汗が吹き出す8月初めの土曜日である。サトルは紫陽の実家でニヤニヤしていた。
「よー。タカハシー。カブラギー。いらっしゃーい」
台所のテーブルで手を振る。
「『いらっしゃーい』じゃねえわ! ここ私んち!」
「嫁に行ったくせにうるせえわ。なー。ことえー」
「人の母親呼び捨てにすんなっ」
「いいのよー。お母さん賑やかな方が好きだから」と紫陽の母、琴絵が言った。
お好み焼きの材料をステンレスボールで混ぜ、ホットプレートに垂らした。
ジュージューといい音がする。
「タカハシー。ビール飲もうぜー!」
勝手に冷蔵庫開けて、勝手に500CC缶開けて、勝手にタカハシのコップに注いだ。自分ちかよ。
「……私も」紫陽にも注いでくれた。
「「「かんぱーい!」」」
紫陽の母がそれを嬉しそうに見ている。
お好み焼きを食べ終わるとタカハシは帰宅した。「オレも帰るわー」とサトルが連れ立って家を出た。
母親と2人きりになる。
「ねっ。ねー。サトルなんで昼間からうちいんの? 私がいるわけでもないのにおかしくない!?」
「あら。一昨日も来たわよ」
!!!!
「は!? なんで!?」
「『唐揚げ作ってくれ〜』って言うから作ってあげたの」
「いや! ちょっと! だからなんで!!!!」
「さぁ〜。お母さんのことが好きなんじゃな〜い?」
母よ! 琴絵よ! なんだそのまんざらでもない顔!!!!
◇
サトルがピタッとタカハシの家に来なくなった。
毎週金曜に来て好き放題タカハシの作る夕飯を食べ、なんならそのまま泊まってしまうのに急に来なくなってしまった。
『新婚! 是也とのラブラブ生活♡♡』が叶ったのに紫陽はなんだか落ち着かなかった。大事なものを置き忘れて来た感じだ。
タカハシはサトルに会っている。学校は夏休みだけれど、サトルの実家に通っているのだ。
9月1日から本部との兼任。引き継ぎ事項が山ほどあるらしい。
『茶髪先生』も夏休みだしサトルの顔が見れなくてなんだか寂しい。
が。
そんなもん吹き飛んでしまうのである。
◇
「毎週サトルが来ている!? ウチに!? なんで!?」
あぜんとした。
紫陽の母は看護師でだいたい金土が休みである。そんでサトルが金曜日の夜に紫陽の実家に来ては夕飯を強請るらしい。
「土曜日に来ればいいじゃん!! 私も是也さんもお昼いるんだしっ」
「新婚の友達に遠慮してんじゃないの〜?」
「その友達の嫁の実家にあがりこんで何が遠慮かっっ」
「どうもお母さんの作る夕飯の虜になっちゃったらしいのよね〜♡」
ヤバイヤバイヤバイヤバイ
このままだとあいつに鏑木家を乗っ取られる。
久保悟。IQ148。『どうかしちゃったミッキーマウス』。
万が一このままサトルが紫陽の母と結婚したりしたら、サトルを『お父さん』と呼ばなければいけないことになる。
てか、サトルと日曜から水曜まで暮らすことになる。木曜日から土曜日からはタカハシと暮らすわけだから、なんか私『二重生活』みたいになるんじゃない!?
紫陽がサトルのプロポーズを断ったとき「タカハシが『第1夫人』でオレが『第2夫人』ならどうか?」と重婚を提案してきた男なのだ。フツーの常識にあいつを当てはめてはいけないのである。
は? まさかその方向から私を狙ってくるわけ!?
どうかしちゃってんじゃないの!? !? !?
サトルをソッコー呼びつけた。
◇
「お前の親、独身じゃん。なんか問題あんの?」
高校近くの公園でハトにパンくずあげながら、サトルはニヤニヤした。
「あるわっ。うちの親いくつだと思ってんのよっっ」
「46だろー?」
「知ってるんかいっ。親子ほどの年齢差だよっ。少しは考えなよ。みっともないっっ」
「オレが31だから琴絵とは15歳差かー」
「そうだよっっ。日本は16歳から結婚できんだかんねっ。あんたなんか琴絵の子供と言ってもおかしくないわけじゃんっ!!」
「今年の4月から18歳になったんだぞー」
「えっ。そうなの?」
「2022年4月に男も女も18歳になった」
サトルはパンクズを出来るだけ遠くに放り投げた。ハトが一斉にパンクズ目掛けてバサバサと飛んだ。
「………………おめーとタカハシは17歳差だろーがー」
あっ。
紫陽はだまりこんだ。
「日本の法律だと18で結婚できんだろ? お前とタカハシも親子同然だろ? お前のその言葉ブーメランなんじゃねぇの?」
紫陽はベンチの足元の靴を見つめた。
「そっそれとこれとは話が別じゃ……」
「何がどーベツなんだぁ?」
……。
…………。
答えられない。
「え? 何? じゃっじゃああんたうちの親とキスとかできんの? もう46歳のオバさんだよっ。無理でしょっ」
「できるぞー」
「ウソつけっ」
瞬間肩を抱き寄せられた。唇を奪われた。逃れようとしたが無理だった。この人こんなに力が強かったのか。右手であごを抑えられる。
「うっうっ」とうなる。サトルが紫陽の唇を自分のそれで蹂躙していく。
甘い匂いと息遣いがした。紫陽の背中をとらえるサトルの指に皮膚を圧迫された。
長い長いキスのあとパッとサトルが紫陽の体を離す。
「なにすんのよっ。サトルッ」
「…………カブラギ……オレなあ……誰とでもキスできるのよ……」
思わずサトルの頬をはたいてしまった。
「……ってぇ」サトルが頬に右手をあてた。
「帰るわ」サトルが立ち上がる。
そしてそのまま去っていった。
◇
実家で母親が勤務先の病院から帰るのを待った。「ただいまー」と声がした。瞬間走り寄り
「お母さぁぁぁぁぁぁん! サトルと結婚しないでぇぇぇえぇぇ」
と抱きついた。
ビニール袋にネギを入れた母親がキョトンとする。
「え? 結婚?」




