(10/16)やり返さないとつまらねえだろ?
翌日。
大学で【茶髪先生公式】のTwitterを見て紫陽は度肝を抜かれた。
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今夜7時茶髪先生、生配信!!!
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と書かれていたからだ。コメントは2400。『いいね』が10.2万である。
『何考えてんだっ!!』と弁当屋のアルバイトを急遽休んで家に帰った。
サトルお笑い番組見て爆笑してんじゃん。
手には紫陽が作ったオニギリをもっている。
「おかえりー。カブラギ」口にコメ粒つけてやがる。
「あんたっっ。是也さんがこんだけ苦労してんのに火に油注ぐんじゃないよっ」
「何がだぁ」
「生配信っっ」
ニヤニヤして湯呑みのお茶を飲んだ。
「だってよお。攻撃受けるばっかじゃなぁ。つまらねえだろ? やり返さないと」
「はぁっ!?」
「まあ。7時楽しみにしててくれよー」
「もう知らないっ」
自転車で実家に帰ると人影が玄関に立ち尽くしていた。
「ナヨンくん…………」
あのモルモットみたいな子だ。
ペコッとお辞儀された。
家の中に入れるとダイニングテーブルの椅子に座ってモジモジしてる。
「え? ナヨンくん。うちの住所どうしてわかったの?」
「ネットストーキングです」
「はっ!?」
「紫陽さん。その……そもそも『カブちゃん』てハンドルネームどうなんですか? 『高橋先生の元生徒』旧姓が『鏑木』でその名前不用心すぎです」
「あっ」
「30分かからないでえーっと、在校生の『朝比奈玲さん』ハンドルネーム『れいちん』から実家住所までたどれてしまいましたよ……」
「ひええ」
「Instagramに『店長バイト急に休んですみません(汗)』とか書いたらダメですよ」
「ひいいええ」
「ボクが『敵側』ならすでにサトルの居場所までたどりついてますよ。その点高橋先生は完璧ですね。何もやってないから何もたどれない。ネット最大の対策は『やらないこと』ですよ」
「えっ。ナヨン……あんた一体……」
「はぁ。まぁ。簡単に言うとハッカーです」
◇
ハッキングテクニックは日本10指に入ると聞いて仰天した。コイツが!? YouTubeで一言もしゃべってこないこいつが?
「とりあえずサトルにアンチコメ打ってきたやつの個人情報は全て特定しました。300人くらいいるように見えてましたが、実際は3人です」
「え? そんだけ?」
「しかも『女癖が悪くて子供を堕ろさせた』と書いたのはたった1人。こいつです」
バサッと紙をテーブルに置かれた。
何だこれ。本名、住所、電話、家族構成まで詳細に書いてる。
「もう1人はサトルのFacebookの情報を書き込んだだけ。サトルは英語でしかFacebookやってないんです。生徒さんにサトルの経歴がわからなかった理由はそれです。失礼ですが……あまり英語に力を入れてませんね……サトルの高校」
うううう。出身者だけに耳が痛い。
「これがサトルのFacebookをプリントアウトしたもの。何書いてあるかわかりますか?」
「え……全然。やたら『ABC』『ABC』って書いてあるけど」
「『ABC予想の証明』解説文です。あまりに高度な予想なので証明の提出から査読までに7年半かかっています」
「え? 何いってるかわかんないんだけど」
「『予想が証明できたよ』と言ってから『その証明正しいらしいね』が認められるまで7年半かかったってことです」
「………………。あっ。そんなガイジンの言うことなんて最初からわからないわー」
「論文出したの日本人です」
………………………………。
紫陽は下を向いてしまった。
「サトルはFacebookに数学のことしか書いてないし繋がってるのもほぼ数学者です。内容もこの通り一般人が理解できるようなものじゃない。今までならいくら『茶髪せんせー』ってYouTubeに流しても、サトルのFacebookまでチェックする人間がいなかった。『合コンワースト3』がまずかったですね。78万回再生。神回過ぎました」
あー。あれ。毎年教室でドッカンドッカン受けてたもんねー。「一発芸します!」て鼻にピーナッツ詰め込んで男子1人1人に当てた女とか。面白かったもんなー。
「とりあえず。名誉毀損。この男は(紙をトントン叩いた)訴える方向で弁護士と相談済みです。証拠はボクが全部揃えました」
「ひいいええ」
ナヨンはテーブルの上で指をギュッと握り合わせた。
「…………紫陽さん。ボクね。高校生の頃すごいイキってて大人相手にハッキング勝負をしたことあるんですよ」
マジか! モルモット!!!
「ボロクソに負けて……顔写真から親の勤め先から全部さらされちゃったんです。未成年だから逮捕されませんでしたが……手痛い制裁を受けました」
「そ……そうだったんだ……」
「ボクの顔はハッカーに知られてるってことです。ボクが『課外教室!チャパツ』でポテチ食べてるだけで本当の情強なら手を出してこないんですよ。ボクを相手にするわけですからね。手を出してきただけで勝負はもう決まってるんです」
ナヨンの目が強く光った。
「サトルに手を出すとか。ケツの毛まで抜いてやりますよ」
◇
ナヨンがやってきたのは『進行調整』の紫陽と打ち合わせするためだった。それと本物に会いたかったらしい。
「画面ではお顔知ってましたけど……ほんときれいですね……」とモジモジされた。
「『オッパイでかいなー』とも思ったでしょ?」
真っ赤になって下向いちゃったよ。ちょっとタカハシに似てて可愛い。
◇
こうして『茶髪先生』は都内某所のスタジオを借りて行われた。なんかAVにしょっちゅう出くるところらしく、スタジオが映っただけでコメント欄が大爆笑になった。
『都知事の記者会見か』というくらいコメントが素早く流れていく。万が一生徒の個人情報が出たら削除するためカウベルとナサンが目を皿のようにしていた。
うわー。サンタが緊張で顔を蒼白にしてるよー。プレゼントを全部空からぶちまけちゃったみたいな表情だ。
カメラを持つ手が震えてるけど大丈夫かなー。
タカハシは学校で先生方と配信を見るそうだ。紫陽のバイト先は松桜高等学校全教員の弁当準備でてんてこまいだった。
紫陽もスタジオの隅で固唾を呑んで見守る。
7時ピッタリ。サトルが出てきた。
あいつ!!!!
アルマーニのスーツやんけ!! うっわ〜。ネクタイエルメスやんけ!!
ニヤニヤしてるよ!
そのまま椅子にドサッと座ると
「どーもー。茶髪こと久保悟でーーす」と言ってさらにニヤニヤした。
「まず最初にー。配信見てくれてありがとねー。何でも質問して。コメントをトナイチが読み上げるから。それとー」
バサバサ右手の紙を振った。
「デマ書いたやつねー。法的措置を取る方向でーす。コメント欄に書いたやつもとるからねー。じゃあ質問どーぞー」
サトルは最後までニヤニヤしながら2時間の配信をやり切った。終わりの頃には全員に安堵の表情が浮かんでいた。
さすがIQ148。見事な答弁であった。
◇
ちなみにこの話おまけがある。
翌年松桜高等学校の受験希望者が殺到して『東大より入るのが難しい』と言われるのだ。『茶髪先生』の授業を何千人という女子中学生が受けたがったのである。
男子からの問い合わせも多数。
「共学にしちゃおうか」という冗談が先生たちの間にたびたびのぼった。
◇
『茶髪先生』は教育系YouTube17位から10位まで上がった。
つくづく思うがYouTubeというのは『炎上してナンボ』みたいなところがある。
サトルにますますお金が入るようになった。
サンタは相変わらずキレッキレの編集してくるし、ナヨンはモルモットみたいに端っこでポテチをかじっている。
『ミトン』は無表情でサトルのチョークをはたき落とした。
紫陽は平和が戻ってきて心からホッとした。
やれやれ。サトルに振り回されてばかりの新婚生活だ。タカハシとの間には何の問題もないがサトルが絡むと次から次へと何か起こる。
で。
まだ問題は終わらないのであった。




