(1/16)どうかしちゃったミッキーマウス
久保悟。31歳。名門女子高の数学教師。何から何まで異様な男である。
高橋紫陽とサトルが出会ったのは5年前。数学教師と生徒としてであった。現在は友達だ。もっというと夫の親友である。
紫陽の夫は高橋是也。38歳。同じ女子高で現国教師として働いている。
つまりサトルは、夫タカハシの親友で、同僚なのだった。
どこが合うのか全くわからないが2人は仲良しだった。月4回飲みにいってうち2回はタカハシの家に泊まっていたというのだから恐れ入る。
そうは言ってもタカハシが無事元教え子と結婚し2人の友達関係も落ち着いてきた…………はずだった……。
◇
「あんったっっ! 何で毎週毎週うちくんの!!」
タカハシ宅。紫陽のコブシがダイニングテーブルを叩いた。ちょっと湯呑み茶碗が浮いた。
対面のサトルはニヤニヤしている。
「少しは遠慮しなよ! こっちはねー! 新婚なんだよ新婚!! それが何!? 毎週毎週金曜にやって来てどういうつもり!?」
「ゴールデンウィークは遠慮していっさい来なかったじゃねーかよー」
「ゴールデンウィーク開けたら毎週来てんじゃないのっっっ!!」
「ま……まあまあ……まあまあ……」
台所に立っていた夫が2人の間を割ってはいった。紫陽がプレゼントした麻のエプロンをつけている。細身だしスターバックスの店員みたいだ。
「カブラギよー」
「もうタカハシですっ」
「元カブラギよー。そもそもオレとタカハシは毎週金曜飲みにいってたんだからよー。お前がいるから遠慮して家に来てやってんのよ。後からきたお前が譲れよ」
「譲りませんっっ」
この段階でパスタ鍋のお湯が沸いた。タカハシが慌ててガス台に引き返しパスタを3束鍋に入れる。
サトルッお前なっっ。
紫陽はサトルをにらんだ。なんだこの『ミッキーマウス崩れ』目が大きくて、鼻がツンと上を向いてて口がにいっと笑みに向かって引き上がってるこの男。
ほぼ色の抜けた茶色い髪に今日もどこかのクソ高いブランドスーツを着ている。
「こっちはねっ!『通い妻』なのっ。木金土しか是也さんと一緒にいれないんだからあんたはそれ以外の日に来なさいよっ」
「日月火水もなんだかんだ来てるって聞いてるぞー」
うううっ。痛いところつかれたっ。
そう。高橋紫陽は『通い妻』であった。まだ大学3年の21歳。夫の希望で実家住まいのまま籍だけを入れた。木曜日から土曜日午前までが夫婦の時間である。
ところが。実家が自転車15分のためなんだかんだと入り浸っているのだ。
「是也さんー。お母さんが煮物作りすぎたんですぅー」
「是也さんー。明日の試験対策一緒にしてくださぃー」
「是也さんー。ちょっと会いたくなっちゃったー♡」
是也さん是也さん是也さんうるせぇ。
「さらにアレだろ? タカハシがベントー屋に週に2回も通ってんだろ? うっぜえな新婚」
「いいじゃんっバイト先が高校まん前なんだからっ」
新妻の紫陽。旧姓は鏑木。目標達成力が高い発想豊かな子であった。ありていに言うと執念深くて突飛なのである。
20歳の誕生日に高校まで押しかけ、元担任に「結婚を前提に交際しろ」とせまった。けんもほろろに追い出されるやその足で高校徒歩3分の弁当屋にアルバイトの直談判をした。一重にタカハシを落とすためだ。そこまでするか?
そんでめでたく1年後に結婚しているわけだから、執念深くて突飛なのも悪くない。
夫は優しく包容力があった。17も年上で頼りがいもあった。大事にされて妻の紫陽は幸せであった。周りもみんな祝福してくれた。順風満帆の新婚生活である。
コイツを除いて。
今回はこの『何から何まで異様な男』久保悟と髙橋紫陽の話だ。もっというと『どうかしちゃったミッキーマウス』に夫が溺愛されて困ってしまう新妻の話である。愛があるにもほどがある。
お前まさか夫の愛人じゃないだろうな?