5話
その後の授業はまぁいつも通り…。
どちらかというと、普段より集中できないままに終わった。
先ほどぽつりと小さくつぶやかれた『せこい真似』という言葉が、何故か頭から離れない。
初めて見た静かな義姉の姿だからなのか、初めて感じた感情が読み取り難い淡々とした声色だったからなのか。
わからない。
わからないからこそ、どうしても気になってしまう。けれど自分から面倒ごとに首を突っ込みたくない、という気持ちもある。
ただ、今朝までに感じた未知への恐怖に、今日も一つ追加されたなと思いつつ、私の足は義姉を探して歩き始めたのだった。
歩き始めてまもなく。
校舎と校舎の間にある素通りしてしまいそうな小さな中庭にて、数人の女子生徒が徒党を組んでいる姿が見える。
周囲に漂う空気と、かすかに聞こえる会話で、恐らく義姉が中央にいるであろうと予想しこっそりとばれないように、こそこそと物陰に隠れて様子を伺う。
義姉を柱に押し付け、周囲を囲んでいるのはいずれも高爵位持ちのご令嬢ばかりで、苛烈で有名なお姉様方ばかり。
悪意漂う空間に、少し湿った温い風がお姉様方の艶々で豪奢な髪や、ふんわりと整えられた足首まで広がった制服のスカートを揺らしている中、集団を統率しているであろう、豪奢な縦ロールが素晴らしいリーダーらしき方の声と何かを叩くような高い音があたりに響いた。
「見苦しいのよ、この泥棒猫が!立場を弁えたらどうなの!?何様のつもり!?」
お顔は私からは見れないのだけど、響く声はもう紛れもなく怒りの声。
その語彙力の低さには、少々首を傾げざるを得ないのだけど、まぁうん。それだけ苛立っているという証拠なのかもしれない。
「何が運命よ!この前まであの方と目を合わせることすらできなかった、無能な平民だったくせに!」
「貴女。その年齢からして学園に入れる才能も持たなかったのでしょう?そんな卑しい平民が、真の貴族たるあの方のお側に侍るなんて、理解しているのかしら。」
「比較することすら恐れ多いシャリアーナ様を蹴落として、さぞ愉快なのでしょうね。」
「優れていることが何も無い貴女が、いったいどのような手管であの方を陥落させたのか、私には検討もつきませぬわ。」
「まったくですわ。優雅な私達には思いもよらぬ、卑劣な方法だったに違いありませぬ。」
「その大きなお胸を使ったのではなくて?」
「まぁ!なんてことでしょう!」
確かに、義姉はもともとは平民で、平民の時に学園に入れなかったし、シャリアーナ様の婚約を引っ掻き回している張本人で、なんでそうなったのか誰もちゃんと把握出来ていないけど。
令嬢として品性を疑われる程の内容に、流石の私も怒りを覚えるわ。平民平民って罵るけど、あの方達はご自身の家を支えているのが誰なのか自覚されているのかしら…。それに、未婚の少女に対して体についての発言は禁句のはずなのに。
この学園に相応しくないと息巻いておられるけど、そう言うあの方達こそ…
「あーいうやつらこそ、この学園に相応しくないよね?」
「!!!」
唐突に背後から聴こえた声に、慌てて振り変える。
目の前の光景に集中しすぎてしまって、周囲の様子に気を配るのを忘れていた。なんてこと!
「やぁ、マリアーナ嬢。マリーって呼んでも良いかな?良いよね」
思ったよりも近い距離のある顔に驚いている間もなく、急に背後に現れた謎の男子生徒は名乗ってもいない私の名前も無遠慮にも呼ぶと許可も取らずに愛称を口にする。
爵位が低い私だって一応は貴族。S許可なく女性への距離を縮めるた上に、挨拶もせずに一方的にこちらの名前を呼ぶという重ねに重ねたマナー違反の数々に不快感を覚える。
そもそも、貴族だろうが平民だろうが、初めての異性にが急に背後にいたり、触れそうな程に近い距離に顔があったり、ましてや勝手に名前で呼ぶとか、嫌がらない女の子がいるわけないじゃない。
そんな事を思いながらも子供の頃からの淑女教育のおかげで、直接文句を言うことはせずに、しっかり距離をとって微笑むことができた私。とても素晴らしいと思うわ。
「どうしたのマリー?あぁ、ビックリしたのかな、ごめんね。」
「失礼ですが、貴方と私は初対面のはずでは? 私の愛称を呼ぶのは控えていただけますでしょうか。」
私だってちゃんと貴族のお嬢様としての対面を取り繕うことくらいはできる。すごく苦手だけど。
制服の袖のラインからするに、私よりも上の学年であることは確かね。
目の色や髪の色は、国内に多くいる茶系ってことは、レッドアイズ家のような容姿が家名っていう、飛び抜けたお家柄ってわけでもなさそうだし。
まぁご令嬢の嫌う行動を突き進んでいるんだから恐らく貴族に関りがない平民よね。
というか、私はしっかり距離を取ったのに、近づいてくるのはやめてほしい。
「私よりも上位学年であるとお見受けいたしますが、もう少し離れていただけます…?」
「そうなの?でも、離れると向こうの人達に見つかっちゃうから、この距離は仕方ないと思わない?」
そうなのかな、ここまで近づく必要ないと思うけど。
あの方達に見つかったら義妹ってことで私も巻き込まれる可能性が高いけど。
それは避けたいけど、いや、そもそもこの先輩がこのまま立ち去れば何の問題も無いのでは。
「あの、何かご用なんでしょうか?」
「ご用ってわけじゃないよ。とりあえずご挨拶に来ただけ、かな」
「挨拶、ですか? あの通り義姉は、今は忙しい状況なので日を改めた方が良いかと思いますが…」
「彼女じゃなくて、君に挨拶に来たんだよ。マリアーナ」