2話
書き直していますが、展開は変わっていません。
「まったく…厄介なことをしてくれたわね。」
理由は分からないけど変な空気だから黙っていよう、なんて気持ちが駄々漏れな転入生…いや、もう諦めて呼ぶしかないか…。
義姉の目の前に座る、心の底から迷惑という表情を隠さずに、重いため息を何度もこぼすその淑女の名はローズベルム・ブリューナク。
そして、怒られている原因がまったくもって理解できていない様子の義理の娘、
元平民のライナ義姉様と、何故か両者の間に挟まれ口を出すことも席を立つこともできない私マリアーナ・ブリューナク。
我が家の応接室兼居間では、この三人だけが冷めた紅茶を睨み付けながら重苦しい空気の中沈黙し、普段は気にも留めない
ドレスの裾が絨毯やソファーにこすれる音や、互いの呼吸音が無駄に大きく耳に残る嫌な空間そのものとなっていた。
息苦しいその空気に耐えかね、本来ならば部屋の隅に控えるべきメイドや執事は、ご用があればお呼び下さい、なんて言うなりそそくさと退室していった。
正直も私もそそくさと退室したかった。あの流れに乗じてでは私も~とかなんとか言って退室しようと思っていたのに、お母様に状況を説明するよう命じられ、
留まることを余儀なくされてしまった。
義姉よりも本物の姉妹のように育ってきたはずのメイド達ときたら、扉が閉まるわずかな隙間から私に向かって合掌をしてきたのが目の端にしっかり映っていた。
骨は拾ってやるぜ、存分に死ね。ということだろうか。
私、これでも彼女達の仕えるべきご令嬢なんですけどぉ。なんて、心の中で独り言を言っていても、実際には状況の説明を終えた後は一言も話してはいない。
いや、話せない。おいそれと口を開いたり、動いたりしてお母様に私の存在を思い出させてはいけないのだ。
このまま私の存在を忘れてもらい、そそっと部屋を立ち去る事が私の最重要事項なのだから。
「マリアーナ、ライナの言っていることは間違いないの?」
「えーっと…」
「お義母様!どうして信じてくれないの?」
「お黙りなさい。貴女には聞いていません!それでどうなのマリアーナ。真実をありのままに説明しなさい。」
「説明しろといわれましても…義姉様とブルーアイズ様の…その、関係?なんてこの間知りましたし、それを恋人なのかと言われましても…。」
先日大々的に行われた婚約破棄。傍観者として騒動の行く末を他人事としてそこそこ気にしつつ無関係で過ごす予定だったのに、義理とはいえ家族の失態はやはり私にも影響があるもので…。
皆の憧れのシャリアーナ先輩を傷つけ、文句なしの好青年だったブルーアイズ先輩の道を外させた諸悪の根源である義姉の教育はおざなりだったのではないか、とか
こうなる前にどうにかできたんじゃないか、とか今まで存在すらも知らなかった方々にちまちま嫌味を言われる学園生活のなんと辛いことか。
直接嫌味や文句を言ってくる方々はまだ良い。私やお母様だって義姉の存在を知ったのは、彼女が入学したあの日の一週間前だったことや、その後は寮生活となってしまい正直まともに話したことも
数えるしかないとか説明もできるもの。まぁ説明説すると逆に哀れみの視線をいただくことが多いけど…。
居心地が悪いのは直接言ってこない方々の方。
ひそひそ、チラチラとご令嬢やご令息、はたまた平民やあろうことか教師陣までが、『例の騒動を起こした娘の妹』として私を指さし笑うのだ。
いや、勿論本当に指を指されているわけではないが、廊下や中庭、教室から囁きが聞こえてくるこの状態では、そう捉えてしまっても仕方ないことだと思う。
当事者でもある義姉がこの状態をなんとも思わず、心配事は無くなったと晴れやかな顔で、自称真実の恋人であるという、かの男性と所構わず、きゃっきゃウフフな状態なため、
常識も恥じらいもある私としては余計に居心地が悪く、もういっそのこと殺してくれ、な気分なのです。
学園内で私に向けられるのは良い暇潰しと言わんばかりの好奇の目線か、身内の不出来故の憐れみの目線ばかりで、限界に達した私はリフレッシュを兼ねて実家へ
帰省したのだが…。まさか実家でも居心地が悪い状況になるなんて…。誰が予想できるのよ…。
「私とエクイテ様は、真実の愛で結ばれた運命の恋人同士なの!」
「何が真実の愛ですか!物語に感化されたお子様が、家同士が決めた契約を覆すなど言語道断です!」
「お子様じゃないわ!お義母様だって『真実の愛物語』は知ってるでしょう?私とエクイテ様は物語の生まれ変わりなんだから!」
「まぁ!何を言っているの貴女!?正気なの!!」
ライナ義姉様が言い放った物語の登場人物の生まれ変わり発言に、噴火した火山のようだった怒っていたお母様は、理解不能ともいえる内容に
未知の生物と出会ったかのような、ひきつった笑顔で義娘から離れ、そっと私の横に座り直す。うん、わかる。今お母様が抱えている未知なる恐怖、私にはよく分かるわ。
「お義母様だって、マリアーナだって知っているはずよ。真実の愛物語にはモデルがいるって話は有名だもの。きっと私とエクイテ様はそのモデルの生まれ変わりなのよ。」
「ラ、ライナ…?貴女、本当にそう思っているの?」
義姉様の狂言に、お母様の唇がわなわなと震え、信じられないものをみるように、最大まで瞳を開いて義姉様を凝視する。
うんまぁ、私もつい凝視しちゃったわよね。凄いわさすが親子。反応がまったく一緒なのね。
だって、モデルがいるんじゃないか?って言われているとはいえ、物語なんだからモデルもほんのちょっと似てるレベルで、
後は想像や妄想の架空の物語だろうなってこと位冷静に考えれば子供だってわかるわ。
もし、仮にね。本当にあんな話を体験した方がいたとしても、そのモデルの生まれ変わりなんて都合良すぎだし、そもそもそのモデルさんを勝手に殺しちゃダメじゃない。
まだご存命かもしれないし、もっといえば私たちが知ってる人達とかだったらどうするのよ。
「私とエクイテ様の出逢いも物語と同じように始まってね!それでね…」
理解が追い付かない義母と義妹を置いて、聞いてもいないのになれそめを語り始めたこの人は、本当に自分と同じ人間なのか少し疑ってしまう。
数々の胸がときめくシーンや台詞を、自分達は無意識に唇にのせたり、再現してしまったりしている中で互いに確信したと言うけど、そんなのたまたまとは空気に流されたとかあるじゃない。
そっとお母様をうかがえば、化け物を見るようだった視線はいくらか和らいでいるが、その瞳には新たに呆れているの色が見える。
まぁ、真剣に夢物語を語っている17歳の姿なんて、この年齢になれば狂人にしか見えないわよね。吃驚だわ。
物語のシーンの再現なんて、女の子は幼い頃に一度は通っている通過儀礼なものでしょうし、そもそも未だに舞台では根強い人気があるタイトルなんだから、台詞なんて無意識に刷り込まれててもおかしくないじゃない。
それを再現したから生まれ変わりって、夢物語も良いとこだと思うのだけど。
まさか、ブルーアイズ様も本気でそう信じて…、いえ無いわよね。聡明と名高いブルーアイズ家の跡取り様だしね。いえでもあんな騒動を起こした後に、平然としてらっしゃったし…。
とりあえず、自分達が物語のキャラクターの生まれ変わりだと信じて疑わない義姉とでは、まともな話が出来ないと判断したので、お母様のご命令で自室にお戻りいただいた。
勿論、部屋の中や廊下、窓から見える眼下のお庭等にメイドや執事を配置している。
どうも義姉は思い込みが激しいようなので、愛のため、とかなんとかいって脱走しないともかぎらないので、念のための処置だ。
まさか、自分の家族を見張る日がくるなんて…想像もしなかったわ。
「参った…。」
「アベル!どうでした!?」
執事に誘導され、部屋へと入ってきたアベル・ブリューナク子爵家当主、つまり私の実のお父様は難しそうに眉間を指でほぐしながら、応接室兼居間へと帰ってきた。
そして、険しい表情のまま私達の目の前にどさりと倒れ混むように座る。
日頃から優雅な振る舞いを心がけ、穏やかな笑みを忘れない優しいお父様とは思えない態度に、私とお母様は不安や動揺が隠しきれない。
「あちら様はなんと…?」
お父様が出掛けていた先は件のブルーアイズ伯爵家。
まずは謝罪、そして謝罪、それから謝罪。と言わんばかりに顔を真っ青にさせながら慌ただしく出ていかれたのが数時間前なのに、
帰ってくるなりそんな、げっそりとした表情で投げやりな態度では落ち着くものも落ち着けない。
想像もできない位の賠償金でも発生したのか、それとも家を名を汚したとして訴えられてしまうのか…。まったく想像できないためより不安が煽られる。
「ブルーアイズ家当主様も困惑しておられたよ。」
「お察しいたしますわ。」
「それだけではなく、その、ハインツベル家のご当主様もいらっしゃっていてな…。」
なんということだろう。
迷惑をかけた両家の当主が勢揃いとは、恐ろしい。
「ご当主様方と、エクイテ様のお話を聞いていたんだが…。その要領を得ない内容でな、どうしたものかと…。」
「ま、まさか…、真実の愛の登場人物を生まれ変わり…なんてことを?」
「ローズ、何故それを知っているんだ!」
お父様の驚きに、お母様は絶望したように頭を振ると、つい今しがた知った義娘から聞いた話をお父様に説明する。
「なんてことだ…。」
話を聞き終えたお父様は愕然としたお顔で、ぽつりとつぶやく。
そのまま謝罪しに伺った伯爵家で、当主三人とももう一人の問題児となってしまったエクイテ様から、同様の話を熱弁されたが、理解できずに、とりあえず解散ということになったらしい。
思い込みが激しい人の相手は、同じくらい思い込みが激しくないとダメということだろうか…恐ろしい。
「こんなことなら、遠方だからと学園の寮にいれずに、家から通わせるべきだったわ…。」
「マリアーナ、お前ライナとクラスメイトだったのだろう?予兆というか、何か気づかなかったのか?」
「そうは言われまして…。」
選択科目など違いすぎて、義様の学園生活なんて見張ってられないわよ。それにであって一週間やそこらで女の子が仲良しになけれるなんてそんな甘いわけないじゃない。
一か月位かけて会話のやりとりで人となりを知って、それから時間をかけて悩み相談だったり、日々の言動の違和感を察するっていうのに、急に現れた分からない義姉よりも学園生活で大事な友達と過ごすにきまってるじゃない。
そもそも、義姉を飛び級なんてさせたのが問題じゃないの。噂になってる例の裏口入学…。あれは本当。
たかだが子爵家ごときが王立学園にどう交渉したのかわからないけど、なぜか義姉様は入学と同時に2学年のクラスにいたのだ。
ストレスフィア王立学園は、14歳から17歳までしか入学許可が与えられない。
そこから学園生活は4年あるのだから、卒業後の年齢や進路に応じて入学する年齢をそれぞれ決めるわけなのだが、ライナ義姉様は入学ぎりぎりの17歳だった。
17歳で入学する人は確かに少ないけど、まったくいないわけじゃない。そこから普通に1学年として学ばせれば良かったのだ。そうすればこんな騒ぎも起こすこともなかったのに…。
なぜ急に2学年からとなったのか、何度聞いても説明してもらえない上に、毎回はぐらかされている。
恐らく卒業する時の年齢に関係するんだと思うんだけど、別にこの国では結婚適齢期は23歳位まで行き遅れと冗談で言われる位には許されるから、そこまで気にすることはないと思っているんだけ。
本当のことはわからない。
「お父様もご存知でしょう。2学年からは自分で選択した授業となるのよ。私と義姉様って選択した授業は全部違うものばかりだし、寮も別棟なのよ。気付ける訳ないじゃない。」
「そうか…。やはり飛び級などにしたのが間違いだったのだ…。」
「アベル。」
お父様が『飛び級』という言葉を口に出すだけで、お母様はお父様を諌めるように呼ぶ。
やはり、義姉の飛び級には何か裏というか、大きな理由があるようなのだけど…。私では年齢のこと以外思いつくことなんてないし…。
「明日、再度両家のご当主と今後について話す予定だ。その内容次第では我がブリューナク家の存続すらも危ないものかもしれぬ。覚悟だけはしておいてくれ。」
お家断絶とかそういう話のレベルになってしまう可能性が大きいということなのか。お母様なんてお顔が真っ白になって頷くことしかできないようだし…。
なんてことをしてくれたんだと一発位往復ビンタさせていただきたいわ。いえ、一発では軽すぎるから可能であれば五発位欲しいところだけど…。