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Hands-光腕の銀狼-  作者: AOH村
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第八章 権能

それは大気を切り裂くような産声を上げながら、月明かりに照らされた闇夜の世界に生を落とした。

自分を生み出した物も理由も、自分自身ですら何者なのかどうか判断不能。

いや、何者であるかを知るためのプログラムなどが施されていなかった。

だからこそ、自分がなぜこの場所で生まれたのかなど余分な疑問を抱く必要など無かった。

ただ自分に課されている、『標的の抹殺』という、生まれながらの命令を遂行するために必要なモノが備わっているかが確認できさえすれば、問題無かった。

それが司る権能は、『飛翔』と『裁断』。

二つの与えられた権能が正常に機能するかどうかを確かめる必要があった。

背中に生え揃った二対の翼膜を弛みなく伸ばすと、空気抵抗を一心に受けるようになる。

これを活かせば、空を駆け上がることが可能であると本能が知っていた。

加えてその場所は陸から海にかけて遮蔽物が無く、吹いてくる風は程よいもので日中よりは吹き荒れていないものの、初速を出すのに問題の無い環境であった。

やがて自分の周囲を円で囲われるように空気の密度が厚くなっていき、鬱陶しい重力の束縛が弱くなっていく。

伸ばした両の翼膜で風を地面に向かって吹き込むようにして動かしただけで、既にその体躯は地上から離れて、上空一万mの高さに座していた。

だが、それは『飛翔』に与えられた力の一端に過ぎない。

目的の『それ』がある場所へと進撃するため、さらに翼膜を動かすと浮力とともに背後に風圧を生み出して、前進していく。

ただそれだけで超音速旅客機と肩を並べられるほどの飛翔力を作り出すことに成功していた。

恐るべき飛翔速度と胴体質量から莫大な物理エネルギーを宿し、鋼鉄にも等しい弾丸と化した身体と巻き起こす突風で不運にも通りがかった空飛ぶ鉄塊を木っ端微塵の鉄屑へと変えてしまうのは造作も無かった。

真っ直ぐに目的の場所へと突き進み、眼前に映る障害は全て海の藻屑へと変えてやった。

まだその場所は見えていないが、それが感じ取る反応と直感から、あと二時間ほどで辿り着けると理解していた。

だが、それを阻むようにして白い草原のように広がる雲海原を切り裂いて、六匹の鉄の羽虫がピタリと張り付くように飛んでくる様を、琥珀色の瞳で静かに見据える。

それだけならば取るに足らない物として見做していたが、その羽虫たちはあろうことか鉄石の雨を浴びせてきたため、微々たるものではあるが身体表面に傷が付いてしまった。

障害として、それらを再認識するのに十分過ぎるものであった。

しかし、それだけで羽虫たちの攻撃が終わることはない。

さらに一匹の羽虫の内部から鉄杭が露わになり、こちらに向けて煙を噴きながら射出してきた。

その一連の動きを視界に補足し、身体に負荷が掛かるものの急制動を掛けながら、身体を右一杯に反らせ、向かって飛んでくる鉄杭の軌道から外れる。

だが、避けたはずの鉄杭は急旋回し、再度こちらに向かって飛んできたため、その瞳は驚愕に彩られた。

さらに二匹目、三匹目も同様に鉄杭をこちらに向かって発射させて、回避するために縦横無尽に飛び回るものの、軌道に従って向かってくる。

鉄杭はそれの速度を僅かに凌駕していたため、少しずつ距離を縮ませてくる。

段々とそれに近付いて大きくなる乾いた音を、肌身と鼓膜にビリビリと震えとして感じる内に、ふとそれは思った。

別に避ける必要は無いか、と。

触れた瞬間は、暗く濁ったような夜空よりも冷たく、やはり滑らかなまでの無機物の感触であった。

それを知覚した途端、激しい灼熱の暴風雨がその身を包み込むとともに、焼け焦がそうとしてくる炎症が、五感を司る器官に膨大な情報として伝えられる。

そして、それは知った。

あぁ……、これが痛みか、と生まれて間もないこの知性体に、痛みという貴重な経験をさせてくれたことから羽虫たちに感謝すら覚えていた。

そして、感謝には敬意を持って、お返しするのが通例なのであるということをそれは知っていた。

痛みを与えてくれたのだ、ならばこちらも権能の一つ、『裁断』を用いて礼を尽くそうではないか……。

爆炎と黒煙のベールを破って、躍り出てきたそれを追うように、羽虫たちは再び補足するためピタリとその後ろを付いてくる。

その瞬間を、それは逃がさなかった。

翼を扇のように広げ、素通りしていくはずの風圧を内に溜めるようにして、比翼の向きを調節する。

そして風車のように一回転しながら、翼膜に溜めた込んだ膨大な風圧力を背後に逃がしてやった。

押し出されるように飛ばされた風邪の塊は、やがて意思を持ったかのように形を変え、無数の三日月型の風刃となって羽虫たちに襲いかかった。

見る人によっては、その風刃を『かまいたち現象』であると捉える者もいるだろう。

だが、そんな旋風と比喩するほど生易しい代物などでは無いことは明白であった。

飛翔する際に絶対的に生じる衝撃波、普段は不連続な爆発音となって現れ出ているが、その衝撃波をもしオブラートのように風で覆って巨大な鎌のような形状に変え、武器として思いのままに制御することができるとしたら、一体どれほどの威力を誇るだろう。

その答えは今、背後に広がっている光景から明らかであろう。

無数の刃は、羽虫たちを斬りつけ、抉り、引き裂いて、まるで子どもがおもちゃに向かって自身の凶暴性をぶつけるように分解していき、見るも無惨なガラクタになっていくような様であった。

金属同士が擦れて生じた火花が漏れ出た液体に引火して、先ほどと同じような爆炎と煙がガラクタ達を包み込むように燃え広がるさまが、視界の隅に映るのがわかる。

他の羽虫たちの姿は辺りになく、全て紅蓮の炎に焼かれていったのだと察した。

そして自身の権能が誇る威力を目の当たりにした瞬間、その緋色の瞳は嗤いを浮かべていた。

道行く先を阻むものなど存在せず、当初の使命を果たすため、彼の地まで空を駆け抜けていく。

北太平洋上で繰り広げられたドッグファイトは、たった三分ほど長針を進ませて終わりを迎えた。


未だ身体機能は完全とは言えず、だが底知れないほどの憤怒と怨嗟に彩られた感情がその身を尽き動かしていた。

真核を破壊されなかったのは幸いであった。

もし破壊されていたとしたら、今こうして地中深くを掘り進める事などできなかっただろう。

意識が戻ったときは六日前、真核だけが残された状態でそこにあった。

自分は完全無欠、そのはずだった。

自身に与えられた権能は、『結合』と『分解』。

力の試用と実践を重ねていき、思わず心酔してしまうほど魅力的な能力であると確信するに至った。

破壊されても周囲に自分の身体を形成できるだけの物があれば、立ち所に再生させることができる。

この世界はまさに理想郷であった、いくらでも自分を構成するための資材があるから何度でも復活できる。

形成した身体を再構成して凶器に変えるだけでなく、鉄壁の鎧を作り出して攻守ともに万全、さらには木材や鉱物を分解して各要素を再結合させて爆薬を体内に生成し、使用することもできた。

それに加えて今の時代、『抹殺対象』の反応は微弱そのもの。

到底驚異に足る者などではなく、酷く矮小なそれであるように感じた。

もはやこの身が滅びることなどあり得ない、そして自身に課せられた『抹殺』という使命を果たすことなど容易であったはずであった。

だが結果はこのザマだ、こんなはずなどではなかった。

自分の反応感知の精度に狂いなどはなかったはず、だが身に纏った鎧を全て引き剥がすほどの力、アレは想定外のものだ。

地中を潜行し、岩盤を砕いて自分の一部とすることを繰り返す。

そのたびに衝撃で地盤を震わせて、その余波が外に漏れてしまい自分の存在を露見させていることと等しいことだが、構うことはない。

今さら隠密状態で向かうことはない、それだと最小限の鎧のみしか纏えないだけでなく、エリア一つ破壊するほどの大技を繰り出すことすら不可能になる。

前進するたびに岩盤を砕いて吸収し、増長、硬度を増していく。

これで彼の地まで辿り着き、再び相まみえたときに遅れを取ることはないだろう。

そして、あの背格好と顔、反応をもう違えることは決してない。

今度こそ惨たらしく、残酷に、凄惨な死を確実に与えるべく前進するのだった。

掘り進めていく内に反応へと近付いていくたびに、それが浮かべる嗤いはより下卑たものへと変わっていった。


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