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Hands-光腕の銀狼-  作者: AOH村
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第五章 吹き荒れる嵐

懐に仕舞っているスマートフォンが震動しているのが伝わってくる。

ユウタくんとのせっかくの会話に水を差され、少々苛立ちを覚える。

しかしスマートフォンを取り出し、画面に表示された名前を見て、冷却水を流し込まれた高温ガスのようにサァーっと頭が冷めていった。

「ごめんなさい、ユウタくん。私、もう行かなきゃ」

「えっ、あ、はい」

「ここの会計は済ませておくから、ゆっくりしていってね。そうだこれ、私の連絡先のメモ。もしまた何かあったら連絡してね。」

胸ポケットにしまっておいたボールペンを取り出して、紙ナフキンを手に取ってそこに私用の携帯番号を記載して手渡す。

「それじゃあ、また今度会いましょうね。今日はとっても楽しかったわ」

震えている携帯片手にユウタくんに手を振りながら、急いでその場を立ち去る。

名残惜しくこちらを見てくるユウタくんに心を痛めながらも、ラウンジを後にする。

人気が無い近くの路地まで移動し、満を持して携帯画面に表示されている応答ボタンをタップする。

「もしもし、こちらバレット。」

「局長。非番時に電話をしてすみません」

「いいわ、何かあったのね?クサマ技官」

「はい、早急にお耳に入れて欲しい事がありまして……」

信頼できる部下の一人に当たる同じ研究者、草間繁技術管理一等官からの電話だった。

気弱で遠慮がち、軽口を叩くも他人に睨まれると口を閉じてしまう小心者だが、仕事上では一目置ける存在である彼からの電話は、確実に重要なものであると直感した。

固唾を呑みながら、受話口スピーカーを耳に押し当てなおす。

「先ほど……二時間前に秋田県山岳付近から移動していた震源が消えました」

「震源が消えた!?」

驚きで声が上擦りかけるが、平静を保とうと一度深呼吸を挟む。

聞きたいことが山ほどあるが、まずはそれらを脳内ファイルにて精査して、一つ一つ電話越しのクサマ技官に問い詰めることにした。

「どうして報告が遅くなったの!」

「すみません!本当はもっと早くに局長に伝えるべきだったのですが……」

「……まさか」

「はい、情報の解禁を上に止められてて……」

「……あの古狸たち」

大方、情報錯綜により整理するため、という理由でのことだろう。

上層部は、私のことを疎ましく感じている節がある。

私抜きで自分たちがこの事態の早期解決を目指していたのだろうが、ただ虚勢を張っているようにしか思えない。

クサマ技官は、なんとかバレないよう私に情報を密告したというところだ。

「震源が消えた位置はどこ?」

「埼玉県、東京都の県境にてその消息を絶ちました」

「そこに何があるか、わかるかしら?」

「ハイ、辺り一帯は地方都市です」

「その付近の情報封鎖、及び避難活動は行われているかしら?」

「そこまでは既に緊急避難令が上から発令されまして、現地では警戒態勢が敷かれています」

「そう……」

さすがに上も、張子の虎というわけではなく対応してくれているようだと感じ、胸を撫で下ろしながら一安心するのも刹那、途轍もないほどの悪寒が背筋を襲ってきた。

何か重大な見落としをしているのではないか、もう一度考えを改め直す。

相手は未知の存在だ、だからこそ想定以上の事態を考慮しなくてはいけない。

「震源が消える前、蛇行したり、何か不規則な動きを見せてはいなかったかしら?」

「いえ、観測されていたルートとしては、直線的に進んでします」

「動いていた速度に規則性はあるかしら?」

「ハイ。誤差の範囲だと思いますが計測した限りですと、約十九~二十kmの速度で進行していました」

「そう、それなら……」

言いかけたその瞬間、思考が乖離して加速状態となり、身体の速度知覚を凌駕した。

その問いを電話越しの彼にぶつけたその瞬間、もう後戻りできないのではないか、自分が抱いている予感が確信へと変わってしまうのではないか、という危惧がソフィーの声を出さないよう妨害してくる。

そしてその時、背後、正確に言うと人気のない路地に入るときに通った、ケヤキ並木通りから、誰かが騒いでいるような声が聞こえてきた。

違和感があるその喧騒を耳に入って間もなくして、カチリと何かがハマるように直感した。

もう後には引けないのだと悟ったと同時に、電話越しでこちらの安否を窺うような声を出す草間技官に最後の問いかけをした。

「震源がそのまま直進しているとしたら、今はどのあたりにいるかしら?」

「えっ?それってどういう……」

「早く!」

「ハ、ハイ!今、出します」

受話器を耳に当てながらゆっくりと振り向いて、元来た道を戻っていく。

見たくない現実から目を背けたいという逃避欲によって、足取りが鉛のように重くなっていく。

それでも、この目で確かめなくてはいけない、という使命感のような気持に駆られ、騒がしくなっている並木通りの様子を見るため、足を運ばせる。

自然光が入らないこの路地の入口に、木漏れ日の如く光が差し込んで、一歩出たら夢と希望に満ちた異世界にトリップするのではないか、という錯覚気分になる場所だ。

入口に辿り着き、目にしたのは、渋滞していた道路の真ん中に突如として現れた『何か』に奇異の眼差しを向ける人集りだった。

それはまるで、動物の糞に群がり集る蝿のようであった。

そんな印象を抱いたその時、持っているスマートフォンから草間技官の返答が聞こえてきた。

「横山市の横山駅付近まで進んでいるはずです」

電話越しから死刑宣告のように告げられた声が、スタート合図のピストルのように聞こえた。

全速力でなりふり構わず、元来た道を引き返してく。

人集りを搔き分けながら身体を滑り込ませて、通り抜けていく。

やがてホテル入口に辿り着き、ラウンジまで駆け寄っていく。

「ユウタくん!」

あどけない眼差しだけでなく、周囲の目が一斉にこちらに注目するのが痛いほど伝わってくるが、今の自分にとって些細なことであり、気にすることもなく次の言葉へと繋げていく。

「早く逃げて!」

まさにこちらの意図することが読めないといった顔をユウタくんは向けてくる。

その刹那、ラウンジの窓ガラスをスポーツカーが突き破り、窓際にいた客たちを圧し潰して店内に入ってくるとともに、舞い込んでくる爆風に身体をもみくちゃにされ、衝撃で頭を揺さぶられる感覚とともに意識が途絶えたのが、その時の最後の記憶だった。


ホテルラウンジの前に面している大通り、そこは冬になったらイルミネーションで活気づく並木道として、横山市では有名な場所であった。

欅が列並びに植林されているその場所は、ケヤキ並木通りという名前があった。

ケヤキ並木通りは正午から夕方にかけて車の往来が激しくなり、歩行者もまたその限りではない。

ごった返すほどの車の通行量で、堰き止められたようにケヤキ並木通りは混雑していた。

それでもなお車列は、絞り出されるような歯磨き粉のように動きで進んでいた。

いつも通りのケヤキ並木通りの日常風景が、その時点までは広がっていた。

異変に気付いたのは信号待ちの車列に並んでいる軽トラックの中にいた、中年男性ドライバーだった。

「ん?」

車体が大きく微細に揺れるのは、よくあることであった。

エンジンを掛けた時はもちろんのこと、信号待ちで止まった時のエンジン自体の揺れや車体自身のメンテナンス不足に因るものなどが挙げられる。

だが、長年の経験や肌身で感じた雰囲気から、それらが原因ではないと直感した。

その揺れは何かが車体を下から押しているような、外側から加えられた力に因るものだと感じた時、そのぐらつきはより大きなものとなって、ゆっくりと押し上げた。

「んおおっ!なんだ!?」

車体後部がゆっくりと吊り上げるように持ち上がって、徐々に傾いて横転した。

植林されている欅とその周辺に設置されているガードレールに倒れ込み、ドライバー、道行く歩行者、周囲の注目を引き付けるのに十分だった。

横転したトラックにはもちろんのこと、コンクリートを突き破り、ドリルのように回転しながら隆起している岩の塊に群衆の目線が集まるのは必然だった。

その一連の光景を見て、人はどのような行動に出るのが正しいのだろうか。

ケヤキ並木通りを往来していた人や車列を今かと待っている運転手たちの取った行動は様々であった。

ある者は、その様を動画に収めていた。

ある者は、事の有り様を脚色して情報サイトにアップロードをしていた。

ある者は、ただ何もせずにその一部始終を眺めていた。

ある者は、警察などの公共機関に連絡を取ろうと、携帯電話を耳に当てていた。

ある者は、横転したトラックのドライバー救助を試みていた。

またある者は、終末論を語り出していた。

より多くの人間がそこにいればいるほど、無数の選択肢が生まれ、数多ある選択肢の中から正解を引き当てる者がいる可能性が上がってくるだろう。

だがその場で正しい行動が取れたものは、一人としていなかった。

人は未知と遭遇した時、生存確率を高める行動の中で最も有効的なものがある。

それは逃げること、だ。

彼らの選択が、彼ら自身を死へと誘う引き金となった。

地面から生えてきたその岩の塊は、突き破ったコンクリートを身体の一部へと変えていく。

その様は、コンクリートを吸収していると見てもおかしくはない。

ドリルのように突出した巨大な棘は、無数の鱗のように分裂して花を咲かせるように辺り一面にその先端を向ける。

直後、大量の鱗は直線上に向かって一斉に射出され、信号待ちの車体、欅の幹、道路、建物、人に刺さり、外傷を与えた。

その時点で無傷の者、軽傷、重傷、また命を落としたものと振るいに掛けられた。

傷口を押さえ、呻き声を上げ、助けを請い、それに従って駆け寄って棘を引き抜こうとする者など様々であった。

だが、それで終わりではなかった。

射出され、飛び散った花弁のような岩鱗は突き刺さって数秒後、被害が出ていない周囲を巻き込むように、全て爆発四散した。

雷撃のように、鋭い光と音が辺り一面を包み込み、轟いていく。

さらに熱風が後を追うようにして、人、物問わず、焦がしていくとともに、障害物となる物を払いのけるように吹き飛ばしていった。

瓦礫の街と化した後、爆心地となったその場所から、『それ』はゆっくりと這い出るようにして現れた。

目的を達するためだけに、このジオラマのような殺戮の痕を作り出した『それ』は、ゆっくりと一面を見渡す。

先ほどの多くの愚者たちを死に追いやった大規模攻撃は、不意打ちかつ広範囲への破壊に有効だが、しばらくはそれを繰り出すために時間を要するものであった。

加えて破砕された建物群から探すのは至難の業であり、ましてやそれにとって細かい動作をすることを苦手とする『それ』にとってはデメリットの面が大きかった。

そして、まだ微弱ながら目的の反応を確かに感じ取っていたからこそ、先ほどの大規模攻撃で諸共巻き込んで、反応を消そうとした『それ』の目的は失敗に終わった、と理解し、なおさら頭が痛くなる出来事であった。

自身に課せられた目的を達成するため、ゆっくりと動き出す『それ』の姿は、まさに死を携えた殺戮兵器そのものであった。


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