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Hands-光腕の銀狼-  作者: AOH村
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第三章知らない背中と邂逅

「じゃあ次は神北沢高校の学生として来るように」

「はい、わかりました」

「じゃあ、もう行っていいから」

「ご迷惑をおかけいたしました。失礼いたします」

事務室内でこってりと警備員さんに絞られ、溶けたアイスのようにへとへとの状態になって、ようやく解放された。

手始めに部外者の学校侵入を疑われて大事になりそうになり、四月から新入生であることを時間かけて説明するが、なかなか信用してもらえず、高校で保管している新入生名簿でようやく証明ができた。

だが、そのあとは私服で高校に来ないこと、勝手に準備室に侵入したこと、などについていろいろと詰問、説教されたりして、精神的に参ってしまっていた。

ようやく解放されたと思って時計を見ると、もう既に午後一時を回ったところだった。

肩を落としながら校門を出て、白いローブ姿の少女が佇んでいた場所を忌々しく睨む。

もちろん何かが起こるわけもなく、ただいたずらに時間が刻々と経過していくだけで、溜息を付きながら帰路に就くことにした。

桜の大樹たちが見送るように樹葉が揺らめいているのを見ていると、少しばかり気が晴れて思考がクリアになっていく。

そして高校から一歩、また一歩と離れていく度に、少女がどんな面相をしていたか思い出せなくなっていた。

先ほど見たものが一体何だったのか、ただの幻覚であったなら質が悪過ぎる。

第三者からしてみれば頭が残念、もしくはおかしくなったとしまった、と解釈されても仕方がない。

なにせ四月に入る予定の高校に私服で侵入し、地下の準備室で奇行に走っていた、なんて話を聞いたら、誰だってそう思うだろう。

学校側におかしな印象を与えてしまったことで、四月からの高校生活に不安の種を植え付けてしまったのではないか、と非常に悔やむ。

あの時、興味本位で少女の後を追わなければ、きっとこんな目には合わなかっただろう、と臍を噛んだ。

もう悩んでいるのはやめよう、と鬱屈した思いを無理にでも頭から追い出す。

ちょうどその時、腹部を絞られるような感覚とともに、グゥーッと胃腸から音が鳴った。

「そういえばもう昼時か……」

朝はやることが無いため、長い時間を持て余すことになるだろうと予想していたが、いざ外に出てみたら時間の経過が早く感じる。

そんなことを考えてると、自己主張するように腹の虫が暴れ出すため、愛玩動物を撫でるように腹部を宥めて、なんとか鎮ませる。

とりあえずまずは、この空腹を満たさなければいけない。

高校の近くにあるご飯処を探すのもいいだろうが、きっと通うことになったら嫌でも寄ることになるだろう。

それなら娯楽施設や飲食店が豊富な旧都に行ってみたい、という欲求が芽生えてきた。

早速、旧都への行き方とともにその周辺の名店を調べることにした。

懐からスマートフォンを取り出して、旧都へのルートを経路検索アプリで、名店はブラウザを使って調べて始める。

まず旧都への行き方は、今いる神北沢駅から新横山駅まで戻ってから、地下鉄横相線に乗って約十分かかる横山駅に向かえば旧都に辿り着けるという表示を見つけた。

新都から旧都まで意外と距離があるのだな、と感じながら、次は名店を調べてみる。

横山駅周辺のお店の傾向としては、洋食屋や中華料理店が立ち並ぶ、いわゆる激戦区のようだ。

二つのジャンルとなると味が似たり寄ったりになるなか、逸品を出すお店があるだろう、と期待を膨らませて口コミなどの情報や掲載写真を見てみると、全体的にレベルが高いようだ。

そこから特別なお店を探すとなるとかなり難易度が高い。

とりあえずまずは、自分が一体何を食べたいのか考えてみる。

洋食も良いのだが、今は溜まりにたまったストレスを発散できるような何か食べ応えのあるものを食べたい、そうすると中華料理を頭に思い浮かべる。

点心や飲茶など、お替わりがしやすく量も多く、なにより今はストレスのことも考えると辛い物を食べたくなってきた。

改めて、今自分が食べたいものを念頭に調べると一件、気になるお店を見つけた。

周りの目を気にすることもない、全席個室の料理店で四川料理を得意とする中華料理店のようだ。

掲載されている料理の写真もなかなか食欲をそそるものばかり、涎が垂れてきそうなのをなんとか口元を抑えて防ぐほどだ。

値段は個室ということもあって少々お高めだが、払えなくない金額だ。

「よし!ここにしよう!」

見つけた中華料理店の名前は『徳安』と言うらしい。

その場所に行くため、歩く速度を速めて神北沢高校駅まで向かっていく。

神北沢高校駅から仁王寺駅まで各駅で、そこから快速急行に乗り換えて新横山駅に向かった。

新横山駅に到着し、相応線新横山駅ホームから地下鉄横相線のホームまで右往左往に行き交う人混みの中を、プロアメリカンフットボール選手の如く滑らかに避けながら、早足で向かっていく。

高校に通ったら、見学程度にアメフト部があったら見に行こうかな、と頭の片隅で思うぐらい、我ながら目を見張るような動きだったと思う。

そしてすぐに、横相線のホームに辿り着いて、列車に乗り込む。

乗り込んでから数十分経って、横山駅に到着したことを告げる車内アナウンスが鳴り響き、列車から降りる。

地下から階段で地上に上がると、そこは時代に取り残されたような情緒深い世界が広がっていた。

日本の歴史教科書にある大正時代の街風景から、そのまま引っ張り出してきたのではないか、というような光景だった。

大正ロマン、という言葉にふさわしい和洋折衷の建物が立ち並び、石畳の道が敷き詰められている。

異世界のような美しい街並みがそこにあった。

これで道行く人が和服だったり、道路を馬車が走っていたりすれば完璧なのだが、もちろんあり得るはずがない。

だがこの街は価値ある文化遺産の一つであるというのは、誰の目にも明らかであろう。

街並みに見惚れるのは程々に、目的の場所へ向かうことに気持ちを切り替える。

既に目当ての中華料理店までの経路は把握済みで、迷うことなく道を進んでいく。

そして、調べたとおりの場所に掲載されていた外観写真にあった看板を見つけた。

建物外観は白と黒を基調として清潔感を出しており、要所に華をイメージしたような赤い中華風のロゴがプリントされて優雅さを感じる。

扉は柘榴のような色合いで、ドアノブを引いて入店するようだ。

扉を開けて中に入るとチャイナドレスのような黒い制服を纏い、髪を団子にしている従業員の女性が受付に立っていた。

こちらを見て微笑を浮かべ、お辞儀をしてから顔を見合わせた。

「いらっしゃいませ、お一人様ですね」

「はい、一人です」

「かしこりました。ではご案内致しますね」

営業スマイルを浮かべながら彼女は、右手を挙げて店内を案内する。

年齢的には自分と同年代、お化粧をして大人びているものの隠しきれない幼さを容姿から感じる。

吊り目で狐を彷彿とさせながら、化粧をしているからか妖艶な雰囲気をその身に纏っている、年齢も相まっていわゆる美少女の部類に入るのだろう。

真っ直ぐに伸びた背筋に、無駄がない体つき、出るところは出ているというバランスのいい体形だ。

おそらくアルバイトの学生だろうが、神北沢高校はたしかアルバイト禁止のはずだから同じ高校ではなさそうだ。

一応ネームプレートを無意識に目で探してみるが、付けてはいないようだ。

まあ、きっと今後関わることは無いだろうと思い、意識を内装に向ける。

内装としては白、照明は暖色系の色が採用されていて、少し暗めのライティングに調整されていて奥行きがあるように見せているようだ。

各席は天井まである仕切りで遮られていて、引き戸タイプになっている。

もう既に何組か入店しているようで、個室の前を通り過ぎるたびに話し声が聞こえてくる。

案内された個室に入ると黒を基調とした椅子と回転テーブルが配置されていて、奥に生け花が差されている花瓶が置かれている。

席に座ると、従業員の女性は少々お待ちくださいとお辞儀して、席から離れていく。

その間にテーブルの上に置いてあるメニューを手に取って、内容を確認することにした。

メニューとしては四川料理のテンプレと言えるような料理名が並んでいる。

奥ゆかしい雰囲気を醸し出しておきながら、さすがに突飛なアイデアメニューを出しているわけがないだろうと考え直す。

とりあえず点心をいくつか注文しつつ、辛い料理とかを頼むべく、メニューの中で気になるものを見繕っていく。

しばらくして従業員の女性がお水を持ってきたので、彼女にこちらの注文を告げた。

「アイス鉄観音茶を一つと本日の点心三点盛りを一セット、あと麻婆豆腐定食をお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」

スラスラとメモを取り終えた彼女が、再度お辞儀をしてその場を後にする。

その時、隣の個室から壁伝いでくぐもった男女の声が聞こえてきた。

「ん?今の声……」

「どうしたの?」

「あぁ、いや……。一瞬あの子の声と似ていると思ってな、たぶん気のせいだ」

「あら、そう……」

どこかで聞いたことある声のような気がして、隣の部屋の会話が少し気になった。

背徳感を抱きつつも、聞き耳を立てて隣の会話を盗み聞きすることにした。

「あれから何年経ったかしら、あの時のことを昨日のことに思い出すわ」

「あぁ、俺もだ。あの時、あの場所で、俺たちは充実した時間を過ごしていたな」

「まさかあなたと二人でこんな時間を過ごすことになるとはね」

「確かにな、会ったばかりの俺たちに教えてやりたいよ」

「そうね、こんな時間を過ごしているのもきっと彼のおかげね……」

「おい、よせ!」

「ごめんなさい、つい……」

男が女を一喝したことで隣の部屋に静寂が訪れる。

それからしばらくお通夜のように静まり返り、声が聞こえなくなる。

正直、少しずつ隣の会話の続きが気になってきて、野次馬根性全開の自分がいることを自覚する。

悪い、と思いながら、好奇心が抑えられずに耳を澄ませる。

それと一連の会話を聞いていて、気になることが一つある。

女の声はともかく、男の声はやはりどこかで聞いたことがある声のような気がする。

ただ声質が不明瞭で、声音や口調が記憶の中の人物リストに一致する人がいないため全く検討が付かない。

熟慮している間に、また隣から話し声が聞こえてくる。

「あの子は元気そうかしら?」

「そうだなぁ、良い子に育っているようだが……」

「どうかしたの?」

「少し心に……、なんというか……」

男は言葉を選んでいるようで喉元を押し込むように唸っている。

数秒、間を開けて男は口を開けた。

「心にぽっかりと穴が空いているようなんだ」

「穴……?」

「ああ。たぶん幼いときのことが原因だと思う。心の中に空虚を抱えていて、それがたまに見え隠れする時があるんだ」

「なんとなくだけども分かる気がするわ。最初で最後に会った彼の葬儀の日、あの子泣いてなかった」

葬儀、という女が言った言葉に不穏な印象を抱く。

「そうだな、まるでこれからも何も変わらない、といった感じだったな。悲しむ理由を知らない、隣の母親や参列者が悲しむ理由が分からなかったんだろう」

「もしそうなのだとしたら、その原因は……」

「お前が考えていることはおそらく間違いではないだろう。アイツと母親を亡くした後のあの子の経緯を俺の方で調べたがひどい扱いだったよ、血縁関係者がやることじゃない!その時のこともきっとあの子の心に影を落としたはずだろう」

男と女の声に怒気が籠もっているように聞こえてくる。

部外者にも関わらず、ここまで踏み込んだ話を聞いてしまうべきではないのだ、と理解しているつもりなのだが、身体は正直だ。

隣の壁に近付くため、椅子を床に引きずって音を立てないように注意しながら持ち上げる。

「お待たせいたしました。お先に鉄観音茶をお持ち致しました。」

「え、あっ!あぁ、ありがとうございます」

ちょうどその時、先ほどのチャイナドレス服の従業員女性がトレイで注文したドリンクを持って不意に声を掛けてきたため、内心鞭に打たれたように驚いたが、言葉が裏返りながらもなんとか応対する。

そんな僕の様子に従業員の女性は訝かしげながら、ドリンクをテーブルに置いて立ち去っていく。

決定的な瞬間を見られなかったものの、肝が冷えてしまった。

一旦、心を落ち着かせるために持ってきてくれたアイス鉄観音茶を飲んで、気持ちを落ち着かせる。

そうしている間に、隣の部屋の会話は進んでいるようだった。

「そういえば、最近調子はどうかしら?」

「おいおい。それは普通、開口一番の話題だろう」

「そうね、ごめんなさい。ただやっぱり、あの子のことが気になって……」

「たしかにな、お前の気持ちは分かる。問題なくやっているってところさ」

「それならよかったわ。研究者から離れるって聞いたときは驚いちゃったけど、何よりあなたが大事無く過ごしているようでよかったわ」

女がホッと安心したような溜め息と、男の穏やかな笑い声が聞こえてくる。

「俺の爺さんが遺してくれたものだし、いろいろと世話になった人だから、なるべく長く残してやりたいってな。その時の住人ごと引き継いじまったが、もうかれこれ5年ほど経ってる。時間は早いな」

「そうね、気難しい性格のあなたが住人の方と仲良くできるのかなって心配だったけど仲が良好でよかったわ」

「『良好』じゃないぞ。『慕われている』だ」

「はいはい」

彼らが和やかに談笑しているビジョンが目に浮かんでくる。

自分もなんだが彼らのおかげで、ほっこりと心が温まるような気分になってきた。

「お待たせしました、本日の点心三点盛りに麻婆定食でーす」

「あ、ありがとうございます」

「はい、ごゆっくりどうぞー」

従業員女性は営業スマイルを浮かべたまま、軽くお辞儀をして伝票を忘れずに置いていく。

置かれた伝票に印字されている値段が見えてしまい、思わず顔が引きつってしまうが、もちろん問題なく払える額ではある。

テーブルに運び込まれた四川料理との格闘戦の火蓋が切って落とされたその時、今度は男の方から女に話を振っていた。

「お前の方もだいぶ待遇が良くなったそうだな。今更だが昇進おめでとう」

「ええ、ありがとう」

「それで、今日のお前の本題はそのことなんだろう?」

「……えぇ」

少し、二人の間に流れる空気が重くなったような気がした。

次の一言からそれは確信となった。

「もう一度、私たちの所に戻ってきてほしいの」

「……お前も分かっているだろう。戻ることはできない」

「それでも私には、あなたが必要よ」

「言ったはずだ、もう戻らないと。それにあの子のこともある、責任を取って俺が面倒を見なくちゃいけないだろ」

「父親代わりにでもなったつもり?あの子の父親はもう戻ってこない。それにあの子はあなたを必要としないかもしれない!」

「そんなことは分かっている!だがあの子には身近にいて支えてあげられる大人が必要だ!それに俺がいなくなったらあの子だけじゃない、あそこに住むみんなの居場所がなくなる!それをわからないお前じゃないだろう!」

男の押し殺したような怒声が壁から滲み出てくるように聞こえてくる。

それに対して、女性も感情的になりつつあるようで冷静さを欠き始めているようだ。

「あなたのお爺様が遺した集合住宅と世界の安全、どちらが大切なのかしら?」

「なに?」

「今、私たちの知らないところで何かが起きている。もしかしたら六年前の比じゃない、もっと大勢の人たちが……」

「おい、その話はやめろ!他の客も聞いているはずだろ!」

加熱し始めた二人の会話を赤の他人である自分が止めていいものだろうか、と思わず悩み始める。

とりあえず食べる手を止めて、隔てている壁を凝視してしまう。

「……まさか、奴らが?」

「わからない、今はただ何かが起こっているとしか……」

「あの時の奴らじゃないとしたら何が起こっているんだ」

「動いているのよ」

「……何だって?」

「今朝のニュースはもう知っているかしら?」

「どのことを言ってる?」

「秋田で発見された死体のニュース」

かなり物騒な話を耳にして思わず壁から目を逸らす。

『死体』という不吉な単語を聞いて、何か煙のようなものが絡みついてくるような不快な気分になってくる。

喉元に迫ってくる胃酸を感じ、洗い流そうと鉄観音茶を一気に飲み干す。

「まさか、奴らが関わっているのか?」

「私の直感では、それは無いと思ってる……」

「じゃあなにがお前の琴線に触れたんだ?」

「震源が動いているの……」

「……なんだと?」

床を木材で擦るような音が響いて、隣の男が椅子を引いて立ち上がったのだと察した。

しばらく硬直したような時間が訪れるが、緊張感が高まって静止した時間を打ち破るように、女が再びポツポツと語り始めた。

「死体が発見される前後で微弱な揺れがあって、それが徐々にこちら側に移動しているのよ」

「……」

「今ならなんとか食い止められるかもしれない。あなたと一緒なら、この状況を打開するための何かができるかもしれない」

「俺に何ができるっていうんだ、今さら!ただの研究者だった俺に何ができるっていうんだ!」

激昂した男の声で店内の室温が急激に下がったのか、と勘違いするほど一気に静まり返る。

個室の扉から廊下側が見える窓越しで、従業員女性が動揺して、忙しなく隣の二人の様子を窺っている。

「それでも、何かが変わるかもしれない!」

「だとしたら見込み違いだ!他の専門家にでもあたってくれ!」

「知識が必要なんじゃない、あなたの経験が必要なの!」

「……そうか、よくわかった」

しばしの沈黙の後に、男が了承とも取れる返事をした。

その男の返答に対して、分かってくれたのね、といった様子で女が声を弾ませる。

「ホントに?それじゃあ……」

「勘違いするな!お前とはもう話が通じないことが分かった。金輪際、お前と会うことは無いだろう!話は以上だ!」

「待って!トキカワ!」

トキカワ、という女の呼ぶ声が耳に入ったとき、冷水を掛けられたように肩身が強張ってしまった。

そして隣の個室の扉が勢いよく開けられたような乱暴な音が聞こえてきたかと思いきや、男が怒気を撒き散らしながら部屋から出ていくのが扉の窓から見えた。

その男の風貌は見間違えようがない、思わず息を飲んだ。

「時河さん……?」

気前が良く温和な色男の特徴が、今の彼には無かった。

死神に魅入られそうな黒いスーツ姿を纏い、悪鬼のような剣幕で何物も拒絶せんばかりの気色を露わにしているその男は、自身の記憶とはかけ離れた姿をしていた。

突然の出来事に驚愕して、体が縛り付けられたように動けなくなっていたが、時河さんの背中を追うべく、床を蹴るようにして椅子から立ち上がり、乱暴に扉を開けた。

「うわっ⁉」

「あっ!すみません、お怪我は無いですか?」

「はい……、大丈夫です」

時河さんの出ていく姿を見ながら、扉の前でおろおろとしていた従業員の女性と出会い頭にぶつかってしまい、二人揃って尻餅を付いてしまうものの、いち早く回復した僕はすぐさま目の前の女性の安否を気遣った。

そのため、怒り狂った猪みたく扉に体当たりするように店を飛び出していく時河さんを呼び止めることは叶わなかった。

「お願い、待って!トキカワ!」

時河さんの後を追うように、隣の個室から出てきた女性は気品ある身なりのいい女性だった。

白磁のような肌に、シルバーブロンドの生糸のように滑らかな髪、その前髪の左側を耳にかけ、後ろに流して、額が綺麗に見えるような整った髪型をしている。

シャム猫のようなアイブルーの瞳には、氷のように冷たさ、それでいてなお煌めくような印象を抱く。

そんな西洋系の美女が、自慢のグラマラスなプロポーションを蠱惑的に引き立たせるようなスーツ姿で立っていた。

その女性はレディース用のビジネスバッグを肩にかけて、急いで出てきたせいか衣服に僅かな乱れが見受けられる。

時河さんの店を出ていく姿を見て、間に合わないと思ったのか、肩をがっくりと落として落胆しているのが見て取れる。

そして彼女は、従業員女性の手を引き上げている僕を見て、暗然とした顔から見る見るうちに驚愕の色へと染まっていった。

「ユウタ……くん?」

「……えっ?」

名前を呼ばれて思わず見上げると、バツが悪いような、それでいて信じられないといったような複雑そうな表情を浮かべる西洋美女と目が合った。


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