表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Hands-光腕の銀狼-  作者: AOH村
14/15

第十三章 臨戦

光粒子で形成されるモニターを凝視する司令室スタッフが何か騒いでいるのが聞こえていたが、戦意を喪失したソフィーにとってどうでもいいことだった。

「局長、モニターを観てください!」

必死に呼び掛ける八馬吹副局長に揺すられ、虚ろな目をしたソフィーが顔を上げる。

「アレを……」

八馬吹副局長が指し示す方向に目を向けた時、ソフィーの血の気を失った目は驚異の色に染まった。

そしてその瞳は燻り出すように瞋恚の炎で彩られ始めた。

モニターに映し出されたその姿を、彼女は忘れようもなかった。

六年前、瀕死の重傷を負ったソフィーの前に現れた時とは形状が違うものの、同一の存在であると彼女は直感していた。

「……ベータ」

怨讐が込められた彼女の押し殺すような声に司令室の職員の緊張感が張り詰める。

モニターに映っているベータと呼ばれる新たに出現した個体は敵性生物たちとの距離を放すように間合いを取る仕草を見せるとともに、生物たちと敵対するかのように構えを取った。


変貌した僕の姿はラドバの眼に反射して見ることができた。

その姿はスタイリッシュかつ無駄のないボディーシルエット、義手の不純物が無いメタリックカラーはそのままで黒いラインが血筋のように全身に走っている。

頭部の左右に船首のような突起物があり、口元にスリットのようなものが入って、瞳の部分はコバルトグリーンの光を灯している。

僕は、義手が見せたビジョンに出てきた戦士のような姿になっているようだった。

形状はともかく、この新鮮味が無いカラーはおそらく影絵のように不鮮明だったビジョンのイメージが影響しているのだろう。

不鮮明なイメージのせいでこのような色合いになっているが、本来の姿は別の色が施されているのでは、と余計な考えが生まれたが、一旦隅に置いて再び意識を敵生物に向けたその時、視界におかしなディスプレイのインジケーターが出ていることに気付いた。

右下の隅の辺りに見たことがない文字列が並び、常時変化しているようだ。

左のようにも同じく、謎の文字群が縦並びに二列あるとともに、その上部に白色線で描かれた自分の姿が映し出されていた。

そして眼前にいる二体の生物をフォーカスするように拡大表示されてから元の表示に戻った。

一連の表示や動作、そしてこの姿はまるでSF映画に出てくるパワードスーツのようなものだな、と感想を抱いた。

だが視界の表示が多少おかしくても、それで特に支障があるわけではないようで気を取り直して二体の生物の方に向かって身構えた。

左足を前に出し、右足を後ろに下げて、身体をやや斜めに向かせる。

さらに腰を落とすとともに、重心を両脚にバランス良く乗せる。

左手は自然体の状態で前に、右手は拳を作って胸の前に寄せて、自分が考えるすぐさま攻守ともに立ち回れるような構えを取る。

ゴウラもまた伏している状態から回復し、その剛体を起こしてラドバとともに対峙の姿勢を取り出す。

互いに牽制するようにジリジリと間合いを取り合いながら、拮抗した時間がものの数秒流れていくが、緊張の間を破ったのは僕の方だった。

構えを取ったまま、まずはゴウラの元へ駆け出していくと、再びラドバが上空へと舞い上がっていった。

ラドバを意識しながら、ゴウラに組み付いて肉弾戦に入る。

「シッ!」

右拳で上段からの正拳突き、そこから下から突き上げるように左拳を打ち込んでいくとともに、さらに脇腹へ右手の拳を解いて掌底をめり込ませるように打ちつける。

ゴウラの見た目の頑強な身体にこんな殴打技が効いているのか疑問を持っていたが、実際に技を繰り出していくと怯んでいるように見え、効果は出ているようだ。

『グルルルル……』

恨めしそうな唸り声を上げるゴウラの胸部あたりに変化が起こる。

蜷局を巻くように岩杭が生成され、僕の顔面に向けられたところを見逃すはずがなかった。

大気を貫くように射出された杭が額に届くという間際で、身体を独楽のように回して、紙一重で躱す。

岩杭の生成に二秒、射出にコンマ一秒ほどの時間といったところかと躱しながら攻撃の時間を推測する。

常人であれば間違いなく反応できずに岩杭の餌食になっていたはずだ、死闘を繰り広げている最中ではあるが、この姿の反応速度の向上に舌を巻かざるを得ない。

岩杭が作り出されるところにいち早く気付いたのは、目前に敵の攻撃を警告するように拡大表示して知らせてくれたから、そして回避するための動きをサポートすることまでこの義手は行ってくれていた。

頼りになると同時に、この力が恐ろしく感じながら、回転する動きの流れに身を任せて回し蹴りを下腹部に見舞った。

「ハッ!」

『グルゥア!』

僅かに後退して、ダメージを痛感するような表情になったゴウラは上半身を低くさせる。

すると、ゴウラの頭頂部あたりに竜胆のように濃い紫の光が収束していくとともに上半身を徐に仰け反らせていく。

アレをまともに喰らったらマズい、と直感が警告を出した瞬間に僕の身体が前に出ていきながら、両手でゴウラの頭を押さえる。

ゴウラは驚きに満ちたように目を見開き、掴んでいる手を振りほどこうと抵抗する。

抵抗することで一杯一杯なのか、チャージするように集まっていた光が止まり、霧散していく。

戸惑いで、身体を構成する鎧がグラつくように揺れ出した瞬間、チャンスとばかりに右手を頭部、左手で胸部を押さえ、両腕に全身全霊の力を込めて押し込んでいく。

地面を踏み抜き、固めて、クッキリとした足跡を残すほどの体重を持ち合わせたゴウラを持ち上げるのは至難の業だろう。

だが、それでもほんの数秒浮かせる程度であれば、そのハードルは下がる。

ゴウラの巨体を押し込んで、地面に尾を引くように引きずった跡を作り出す。

そしてついに、その両足のつま先の部分にあたるところが宙に浮いた実感を得て、このまま体勢を崩させようとしたその時、再び警告するように背後の視界を映した小ウィンドウが目前に表示された。

『キエエエエエエエェェン!』

ゴウラの不利を悟ったラドバは上空から一直線に降下しながら、落下エネルギーを上乗せして体当たりを仕掛けてくる。

ラドバとしては、その巨翼から繰り出される風の刃を見舞うつもりであったが、僕が接近戦をし続けてゴウラからなかなか離れることが無かったため、ゴウラを巻き込むことを危惧して攻撃出来ず、痺れを切らしていたことを僕は知らなかった。

空から突撃してくるラドバに気付いた僕はゴウラを押し込むのを一旦止めて、近づいてくるラドバの鳩尾に左後ろ蹴りを繰り出して、ラドバを地面に堕とした。

だが、その隙に体勢を立て直したゴウラが、その鎌、戦斧のような右腕を横一杯に薙いだ打ちつけが頭部に直撃し、僕は軽い脳震盪のような状態を引き起こした。

ゴウラの二撃目の横薙ぎが胴体に来る寸前に脳震盪から回復し、巨大な左腕の薙ぎを両腕でガードする。

『キィエエエエエェ』

いつの間にか背後に立っていたラドバが重機に備わっていそうな右クローを振り回し、棍棒の如き巨腕が僕の胴体に吸い込まれていく。

「ガハッ!」

吸い込んでいた息が肺から漏れ出して酸欠に近い状態になり、身体が藻掻くように呼吸することを欲して、一瞬戦いから意識が逸れてしまう。

その瞬間にラドバが追い打ちとして、左クローを僕の右肩に打ち付け、その衝撃を逃がすのが間に合わずに十メートルほど離れた場所に吹っ飛ばされ、地面に突っ伏してしまう。

「クッ」

上体を起こして体勢を立て直そうとしたとき、ゴウラから放たれた岩杭が周りの地面に刺さり、突如それらが連鎖爆発を起こす。

爆炎と豪風に揉みくちゃにされて、防御しながらも爆発の渦から逃れようとするが、前も後ろからも襲い掛かってくる衝撃に、そして岩杭が身体に直撃してダメージが蓄積していき、上手く抜け出すことができない。

「うああああああぁ!」

視界の表示にダメージを受けていることを知らせ、警告するように光が瞬く。

多少でもその衝撃から身体を守ろうと両腕で前にして防御を試みるが、さらに再び空へ舞い上がったラドバが上空から風の刃を放ってくる。

正面と上から襲い掛かる爆発の暴風の嵐、抵抗虚しく両腕の防御を掻い潜ってきた衝撃に打ちのめされる。

なんとかもう一度懐に飛び込んで形勢逆転しないと、とチャンスが巡ってくるのを見計らっていたところ、すぐにその時はやってきた。

ラドバのさらに上空を飛んでいる影のようなものが見えた。

影は段々と大きくなって形が明らかになっていき、その正体は一機の戦闘機であることがはっきりと見て取れた。

戦闘機から放たれた二発のミサイルが空気を切る音と共にこちらに迫ってくる。

それらが向かっていく先は、こちらへの攻撃に全ての意識を向けている生物たち、ゴウラとラドバまで向かっていく。

ミサイルの一発はゴウラの上半身に突き刺さって致命傷には至らないものの、爆撃の雨霰が止まった。

もう一発は滞空していたラドバの頸椎あたりに直撃し、翼を痙攣させながら再び地面に堕ちていく。

『見たか、化け物ども!』

あの戦闘機に乗っているパイロットのものなのか、四十代頃の男の渋い声が戦闘機の中から確かに聞こえてきた。

戦闘機は旋回して再び発射体制に入ろうとしていたが、墜落したラドバがそれを許さなかった。

上半身を起こし、傷を負わせた戦闘機を視認するや否や、ラドバはその瞳から光弾を射出した。

いや違う、アレは光弾などではない、眼球だ。

ラドバの眼窩から打ち出された眼球がギョロギョロとその瞳孔を動かして、戦闘機を補足して追い掛け回す。

戦闘機の方も近づいてくる眼球に気付いたのか、攻撃態勢を中断し、振り切ろうと逃げ回るが、数秒で追い付かれるとともに両翼を撃ち抜かれてしまう。

『クソッ!俺もここまでか……』

未練がましい声が再び聞こえたその時、堕ちていく戦闘機から何かが射出されたのを見た。

自分の意思を義手が汲み取ったのか、射出された何かをフォーカス、拡大表示していき、それが戦闘機に乗っていたパイロットだとわかり、ホッと胸を撫で下ろした。

そして意識を改めて敵生物に向け、息を吐きながら再び身構えて反撃の姿勢を取る。

「ハアァァァ……」

ラドバはまだ顔だけ起こして地面に倒れている状態だから、一旦放置しておく。

まずはこちらへの戦意を剥き出しにしているゴウラとの決着を優先的にするべきだろう。

ミサイル攻撃で僅かに怯んでいたゴウラは立ち直るやいなや、我を忘れ、怒り心頭の状態でこちらに特攻を仕掛けてくる。

度重なる邪魔建て、さらに身体を一度ならず二度も失ったことが起因して、ゴウラの中で燃え上がる憤怒の熱が冷静な判断を失わせていた。

迫りくるゴウラを左ステップで避けようと僅かに身を屈めようとしたが止めた。

避けるために使うはずだった両足の跳躍力を、真正面からゴウラにぶつかっていくため、脚力に費やすことにした。

正直、自分の判断だけであれば途中で切り替えたりなどはしなかったが、左腕の義手の、それに埋め込まれている宝玉がそれを勧めているような気がして、あえてその判断に従うことにした。

地面を踏み抜くたびに地盤が揺れ、大気を震わせるほどの音を鳴らすゴウラの姿から途轍もないほどの質量があることが容易に想像でき、その体躯から生み出される突進力は測り知れない。

怖じ気付く暇もなく、むしろ我武者羅にゴウラに向かって僕は疾駆してショルダータックルで突進していく。

そしてついに衝突、そこから生まれたエネルギーが地面を割り、土煙を巻き起こした。

突進による力比べは、ゴウラの方に軍配が上がった。

ぶつかったときの衝撃で僕の身体が押され、反動を殺しけれず仰け反ってしまい、二、三歩ほど後退ってしまう。

だが、それはゴウラも同じことであった。

力の作用を右肩一点に絞ったショルダータックルは衝撃軽減、脳震盪から頭部を守るのに重宝される攻撃の一つだ。

ゴウラの分厚く、巨大な身体であれども、引き出された力は身体全体に分散されてしまっている。

力を一点に絞ったタックルであれば掛かる圧力は高まり、相手に力で劣っていたとしても掛かる力は相殺させられることができる。

そして頭部をぶつかった時の揺れから守っていたため、意識が飛ばずにすぐさま次に移せることができた。

「おおおぉぉぉっ!」

雄叫びを上げながらすぐさまゴウラに組み付いて、全身、特に足に踏ん張りを利かせて均衡を保たせる。

両腕をゴウラの背後まで回しながら、万力のように岩の身体を絞め付ける。

身体の一部となっている岩同士が擦れ合い、鎧の内側にある肉繊維が千切れるような音がゴウラの身体から聞こえてくる。

『グッ……ゴガッ……グゥッ……』

息を乱し、途切れ途切れの唸り声がその醜悪な形をした口から漏れ出てくるとともに、泡が吹き出てくる。

さらにゴウラは目を白黒させて、抵抗する力が弱まってきている、いよいよグロッキーの時が近いようだ。

止めを刺すためにさらに胴体を引き締める力を加えていく。

するとその時、ゴウラの身体の内部から何かピキッ、と罅が入るような音がするとともにゴウラは抵抗する力を完全に無くし、力なく崩れ落ちようとしていた。

ゴウラを締め上げる力を緩めるとともに、身体を直角に回転させて左脚で中段に横蹴りを繰り出す。

蹴りにより数メートル離れた場所に倒れ伏したゴウラは、その場で死体のように転がって動かなくなった。

よし、これで残るはラドバだけだ、と顔を向けようとしたその時、後頭部と首筋の間に衝撃とともに迸るような火熱が生じ、痛苦を味わう。

「グワァ!」

疼痛に苛まれながら見えない顔を苦渋の色に染めて地面に片膝を突き、首元を右手で抑えながら背後に目を向ける。

『キエアアアアアアアアァ!』

汽笛のように甲高く鋭い鳴き声を上げながら、上空を旋回するラドバがこちらを目視しながら飛んでいるのが視界に映った。

よく見ればラドバの琥珀のように黄褐色に光るその瞳は無く、気味の悪い眼窩だけでこちらも覗き見るように顔を向けていた。

戦闘機を堕とした時のように眼球を飛ばしてきたのだと察した。

ラドバの眼窩に新しく生成、装填された眼球でこちらを凝視しながら再び迫ってくる。

迎え撃つために駆け出そうと脚を動かしたその時、ザクザクと背後で地面を掘るような音が耳に届いた。

後ろを振り向くと、死んだと思っていたゴウラが地面に潜って逃げようとしているのが見えた。

だが、その姿は先ほどまでの覇気が無く、まるで脱兎のごとく敗走しようとしている様がそこにあった。

逃がすまい、とゴウラの元に向かおうとするも上空から飛び掛かってくる風の刃と目玉による弾幕の雨に妨害されて近づくことができない。

それならば虫の息のゴウラは一旦置いておいて、まず先にラドバから仕留めねばなるまいと上層から見下ろすラドバに視点を合わせる。

空中から下降しながら向かってくるラドバ、奴のテリトリーに入って懐に入るのが理想的だが、それは下策である気がする。

しかしラドバは時折余裕そうな表情を浮かべて、地上から見上げる僕を侮っている節がある、そこが狙い目だろう。

だが、もし空中での襲撃に失敗すれば警戒が上がるのは必須、チャンスは一度きりしかないわけだ。

ラドバに向けて構えを取りながら、自身の両脚、特にアキレス腱と太腿に力を蓄えて跳躍するイメージを頭に描く。

狙うは一度、下降してくるラドバに接敵するため、高く跳び上がって奴の懐まで辿り着く。

それは巨大なバネのように、飛蝗のように高く、高く……。

イメージを具体的かつ、鮮明に描いていくと次第に下半身に熱が溜まりだし、大臀筋、股関節にもエネルギーが充填されていくような気がしてきた。

そうとも知らず、下降しながら弾幕を放っているラドバとの距離がおよそ五十メートルというところまでになった。

コンディション、タイミングともに良好な今なら行ける、と確信した僕の身体の下半身に貯めていた熱がさらに膨張していくのがわかる。

膨らみ、抑え続けた熱が、今か、今か、と待ちわびているように脚部を振動させる。

「っ!」

そして、それは解き放たれた。

圧縮され続けた熱は、果てしない跳躍力へと変換され、僕の身体はバネや飛蝗のイメージを凌駕し、地上から放たれた音速の弾丸となって、広く澄み渡った紺碧の大海へとダイブするような勢いで飛んでいく。

向かう先は驚愕の色に染まったラドバの顔、頭部に届こうとその身は大気のうねりの中を駆け抜けていく。

そして最接近する手前で姿勢制御、身体を一回転させながら頭を地面、右脚を空に掲げるように突き出し、飛び蹴りの体勢を取った。

「ダァアアアアアア!」

気合を込めながら、銀槍と化した右足はラドバの額を捉え、真下から突き上げるように蹴り上げた。

『キエエエエエエアアアアアア……』

断末魔とともに地上へと真っ逆さまに堕ちていき地面に激突するラドバとは対照的に、身体を半転させてゆっくりと片足を突きながら着地をする。

『キエエエエッ!』

恨めし気な咆哮を上げるラドバが徐に上体を起こす。

まだ動けるのかと、そのタフな生命力に驚愕と戦慄を覚える僕は、思わず後退って距離を置こうとする。

その時、再び脳裏に過去の記憶、色褪せたビジョンが映し出された。

怪物たちを動かす動力源、それぞれ権能を宿した核石を砕くことで、その生をこの世に繋ぎとめる役割を担えないほどの損傷を与えれば、石は砕かれ、器は灰燼に帰す。

戦士の身に宿された宝玉から溢れんばかりの光を放つとともに、森羅万象、あらゆるものが持つ『光』を一点に集めて、収束させる。

それは戦士の活力ともなる命の奔流でもあり、彼が持ち得る業の中で『必殺』の部類に該当するものであった。

そして光を最大限まで集め、束ねることが完了したことを知らせるように、宝玉だけでなく宿した腕が発光する。

ありがとう、どうすればいいかわかったよ、とそのビジョンにお礼を言うとともに改めてラドバに意識を向ける。

土埃に塗れ、幾度の戦いを経て擦り切れてボロボロになった両翼を畳みながら、身体を起こすラドバに向かって最後の構えを取る。

先ほど見たビジョンの戦士のように、とどめの一撃を放って、ラドバを倒す。

再び意識を集中させて、今度は必殺の一撃を編み出すための光を左手の宝玉に集めるようイメージをする。

だが、先ほどとは打って変わって宝玉に何の変化も起こらない。

それを作り出すための必要な情報、方法は分かっている、あとはそれを実現するためのイメージだけなのだが、頭の中に思い描いても一向に光が集まる気配が無い。

急がないとまたすぐにラドバが体勢を立て直して、空へ逃亡を図るかもしれない、それは絶対に避けなければならない。

どうすればいいんだ、と焦燥感に駆られながらも、構えを崩さずに力を引き出そうと左腕に視線を向けたとき、何か引っ掛かりを覚えた。

なんなんだ、と左腕だけでなく、身体全体に目を向けたらその正体が分かった。

僕の身体に限界が訪れていることを、より正確に言えば身体が疲労困憊で手先や膝が僅かに震えていて、不調を訴えていることに気が付いた。

戦闘による一種のトランス状態になり、無我夢中で動いていたからいつの間にか体力の底が尽き掛けていたわけだ。

しかし、まだ倒れるわけにはいかない。

あともう少しなのだ、もう少しで怪物を仕留めることができるんだ、だからあともう少し踏ん張ってくれ、とガタガタ震える自分の身体に言い聞かせる。

それが効いたのか、身体の震えは収まってくるが、倦怠感は健在のままでイメージするための集中力が持続しない。

どうすればいいのだ、と目を瞑って必死に考えようとしたそのとき、火花がチラつくように妙案が浮かんだ。

それを思いついたキッカケは、考えようと『目を瞑った』ことだった。

考えるために『目を瞑った』、それは疲弊している脳を起こし、働かせようとするために取った無意識的な行動だ。

実際に、その行動で本当に思考力を上げられるか否かはとやかくとして、イメージを明確なものとするため、業を編み出すために、身体で表現すればいいのではないか、と考えが直結した。

息を吐きながら、一旦身体の構えを解いて、体勢を立て直し、こちらに睨みを利かせて立っているラドバを前に、光を収束するためのイメージを実現させることから始める。

自分が考える力のチャージの動き、両手を伸ばして胸の前まで持っていきながら左手の甲を上に、右手の甲を下に向けて、互いの掌の間でエネルギーが交流、充足させるように考えていく。

身体全体が光を帯びて、その集まった光で一瞬身体の像がズレて伸びるようにラドバからは見えていた。

溜めた力を身体全体に循環させるよう、両腕を左右一杯まで開いて純粋な自身の力に変換するように考える。

開いた両腕に数多の色の光が左右一杯に引き伸ばされていくとともに、それら全て身体の中に溶け込むように入ってくる。

身体全体に染み渡るような温かな光が満ち満ちているのが伝わってくる。

頭の中のビジョンに出てくる戦士は無挙動でそこまでの工程を行っていたが、これでいいと語ってくる直感に従うことにした。

そしてこれが最後の仕上げ、身体全体に満ちた光の奔流を左手の宝玉から放つため、左掌をラドバに向けて、右手を左肘に添えて衝撃に備える。

刹那、青白磁の光輝が掌の宝玉から一条の光線となって、ラドバに向かって直進し、その胸部の中心にぶつかる。

『ギゥイエエエエエエエエエェ!』

天を仰ぐように身体を仰け反らせて、断末魔を轟かせながら、藻掻くように苦しむ様が目に映る。

それでもなお、その夥しいほどの光流を止めることなく、宝玉から放ち続ける。

しかし、自身の意に反して、放たれていた光線は次第に弱まって、その流れが断裂されるとともに、光線の尾がラドバに吸い込まれていく。

ラドバは光線が止まってもなお、ジタバタと抵抗するように身体を動かすが、ものの数秒でその動きを止めて石化したように硬直する。

途端にその固まっていた身体が木っ端微塵に爆散し、内臓、身体のパーツ、皮膚が四散して、灰のようにさらさらと風に乗って消えていった。

ラドバを完全に倒したという確かな実感を噛み締め、興奮と余韻を嗜みながら必殺の姿勢を崩して身体の力を抜いていく。

残りの逃げたゴウラを追いかけて、それを仕留めて本当の勝利となる。

『無理をしないで。深追いは禁物……』

どこからともなくあの謎の白いローブの少女、ユルハの声が聞こえてくる。

だが、ゴウラを追いかけないとまた更に多くの犠牲者が出てしまう。

それだけは、今この身体が動くうちに絶対に成し遂げなければならないことだ。

『もうあなたには力が残されていないはず。そんな状態で行くのは勇気ではない、ただの無謀……』

もはやこれは執念だ、幾度も多くの命を奪ってきて、分が悪くなったら逃げるなんて許されることではない。

怒りに突き動かされた身体はただひたすらにゴウラが地中に潜るために掘った穴のところまでその足を前へ、前へと進めていた。

ふと穴の手前まで来て足が動かなくなり、糸が切れたように身体が前のめりに倒れていく。

『あなたを死なせるわけにはいかない。だから許して……』

ふざけるな、あと一歩で奴を仕留めることができるんだ。

人を駆り立てておいて邪魔をするな、と見えないユルハに抗議の言葉を心の中でぶつけるも、その声虚しく視界が黒く塗りつぶされていくとともに意識が途切れていく。

意識が完全に途絶えるその瞬間に目にしたのは、自分の身体が光の粒となってラドバと同じく、砂みたいに風に乗って消えていくところだった。

不思議と身体が分解されるような異常な光景を見ても、意識が途絶えつつあることで恐怖を感じることもなかった。

『おやすみなさい。ユウタ』

ゆっくり休んで、という少女の言葉を最後に、僕の意識は完全に途切れて、分解されつつある僕の身体は、すぐさま全身が粒子となって霧散していった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ