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Hands-光腕の銀狼-  作者: AOH村
13/15

第十二章 覚醒

未確認生物迎撃部隊が全滅から二分後、籠城線の移行を宣言していた時……。

僕は度重なる衝撃音に肝を冷やしながらも、隔離された部屋から出ようと思いつくかぎりのことを試していた。

ベタにドアを叩く、大声を上げる、点滴装置を、自分自身が横になっていたベッドを扉にぶつけて脱出できないかと、外部の人間に気付いてもらえるようにと、あらゆる策を実行していた。

「ダメだ!全然びくともしない‼」

頭を掻きむしりながら、扉に視線を向けたまま声を荒げる。

部屋に寝かされている昏睡状態の人たちに顔を向けるも、彼らもこの扉と同様に何の変化も起きず、ただそこで瞼を閉じて眠っているだけだった。

もう時間も猶予もないという現実が、僕を焦らせる。

何度も聞こえてくる轟音や建物全体を揺らすほどの震動で、今この時もきっと多くの犠牲者が出ているはずなんだ。

早く僕がこの状況をなんとかしないと、と使命感のようなものを抱きながら、近くに置いておいた点滴装置を片手で掴んで両手に持ち替えてから、もう一度扉に叩き付けようとした。

『無駄だよ』

「えっ?」

『その扉は、開かない』

鈴の音のように凛とした声が後ろから僕の背中に当てられる。

振り向くとそこには、神北沢高校で見た白いローブの少女が日本人形のように気配もなく立っていた。

突然現れた彼女に驚いて、おもわず身体をビクッと震わせてしまったものの、本能のようなものが「怖がる必要が無い存在だ」と諭してくる。

そのおかげか、警戒心は完全に拭えないが、極めて冷静でいられることができた。

以前、彼女と遭遇した時は、言っていることがノイズだらけで理解することが難しいほどであったが、なぜか今の彼女の言葉にはノイズが混じっていなかった。

「……どうして僕には開けられないの?」

『今のあなたはそれを使う用意ができているけど、あくまで用意の段階。あなたが「それ」を使おうという意思が必要』

「それって何?」

『……ザザザッ』

「……えっ?何?」

『ザザザッ』

「あの、もしかして、『それ』って何か、を言おうとしている?」

コクッと首を縦に振る彼女、その姿を見て『それ』を言う時は今もノイズがかかるのかとわかった。

これ以上、『それ』が何かを聞いても時間の無駄だろう。

一旦、『それ』についての言及は諦め、別の質問を彼女にぶつけた。

「じゃあ、ここから出る方法を教えてくれないか?ここにいるみんなを避難させたいんだ」

『それは無理』

開口一番に否定されて僅かに苛立ちを覚えるが、なんとかそれを飲み込んで平静を保たせる。

「それはなんで?」

『出たら、彼らは殺される』

「っ⁉」

あまりにも非現実的な言葉に、目眩だけでなく吐き気を覚えてしまう。

それとともに、待ち受けている残酷な運命を淡々と語ってきた少女に不快感を抱く。

そして今まで棚上げにしてきたが、陽炎のように現れたり、消えたりする彼女の得体の知れなさも相まって、苛立ちが怒りへと変わっていく。

「なんなんだよ、君は!訳が分からないんだよ、意味不明な怪物に襲われて、左腕が取れたと思ったら、付いていて!挙句の果てには訳の分からない部屋に閉じ込められてるって、どんな冗談なんだよ!」

あぁ、みっともない姿を晒しているな、と理解はしている。

でも堰を切ったように溢れ出てくる言葉を止めることなどできないわけで、結果的に彼女に澱んだ思いをぶつけ続けるしかなかった。

「それと君は誰なんだよ!いきなり僕の目の前に現れては、いなくなったりさ!一番訳が分からないんだよ!どこからこの部屋に入ってきたのさ、そんな変な格好でさ!」

『……』

まさかこの部屋に僕らを閉じ込めた関係者なのでは、と考え始めたとき、彼女が俯きながら着ているローブ服の裾を握りしめた。

さすがに言い過ぎたかな、と考えも過ぎったが、頭を振って関係者という線も捨てきれず、ここは心を鬼にして彼女に詰問することにした。

「どうなんだ?何か言ってみろよ」

『……ボソッ』

今のは、ノイズというわけではなかった。

小声で聞き取れなかったが、確実に何か重要なことを少女は言っていた。

「もっと大きな声で言ってくれないと!ほら、なんて言ったの?」

『……った』

「えっ?なに?」

『……』

彼女の握る手に、僅かだが力が加わる。

そして意を決したように、相変わらず目元が隠れているローブ頭を上げてから、声高らかに叫んだ。

『変な格好って言った!』

「……ハ?」

『これは私の大切な礼装で、あの人からの贈り物だというのに!変な格好って言った!』

「えっ、あの……その……」

突如、豹変して物理的にも精神的にも詰め寄ってきた少女に、たじろいでしまった。

「……ゴメンなさい」

『……わかればいいです』

数秒前の「心を鬼に」という強い意志は、脆く崩れ去っていった。

情けない姿を晒すだけでなく、少女の圧迫に気持ちが負けてしまって、その気恥ずかしさから彼女の姿をまともに見られなくなってしまった。

そんな自分に対して、何も言わない少女のことが気になり、薄っすらと横目で彼女のことを確認すると、僕と同じく取り乱したことで赤面しているようだった。

この子は、ここに僕たちを閉じ込めるような悪人というわけではなさそうだし、関係者とか思っていたさっきまでの自分がなんだかバカバカしくなってきた。

ついでに言えば、心に溜まっていた鬱憤が少し発散……、彼女に対する怒りが薄れていった。

「それで改めて聞きたいんだけど、どうやってここに入れたの?いや……それよりも教えてほしい」

『……?』

「どうやったら、僕たちは助かる?」

ここを出たとしても、外にいるであろう怪物たちに襲われるのだとしたら一体どうすればいいのか。

それはおそらくだが、未知数な存在である彼女なら、その突破口を指し示してくれるのではないかと淡い期待を抱くしかなかった。

「頼む、男として情けないかもしれないけど君だけが頼りなんだ」

『それは間違ってるわ』

「えっ?」

『あなたが、みんなを救うのよ』

「いやっ、何を言って……、僕が?みんなを救う?」

冗談を言ってる場合じゃないんだぞ、こんな切羽詰まった時に、とツッコミを入れようとするも彼女の至って真面目な雰囲気でその言葉が喉奥まで引っ込んだ。

それでも僕はひ弱な普通の一般人として過ごしてきたはずだ、悲しいがそれを自信持って言える。

だが、そんな僕の否定する様を見透かしたように少女は言葉を続けた。

『本当は気づいてるんじゃないの?自分がもう普通じゃないということに』

「何を言って……」

『現に私を認知して、話が出来ているのが証拠……』

「っ⁉どういうことだよ、それ……」

いよいよ少女の言っていることに、付いていけなくなってきた。

そんな自分を置き去りにして彼女は話を続ける。

『あなたは誰よりも「普通」でありたいと願ってきた。それはあなたの大切な人を想ってのこと……』

「……⁉」

『今の私は「それ」とリンクしている。だから、あなたの考えていること、深層心理、そして記憶が分かる』

咄嗟に警戒心剥き出しの顔を作って、無意味にも少女と距離を取ろうとするが彼女は落ち着くように諭してくる。

『別にそれであなたに何かするつもりは私にはない、その権利もない。ただ理解してほしいの』

「……何を?」

『もうあなたが追い求めた「普通」は来ない、ということを』

「……なんなんだよ」

あまりにもやり切れない気持ちを吐露してしまうが、少女はそんな僕の気持ちを汲み取るように目を瞑って口を閉ざす。

血が繋がっているはずの親戚たちは僕のことを単なる『貯金箱』として見るようになり、懐かせて上手くやれば私欲を満たせるだろうという浅ましい考えを持って、僕を懐柔させようとあれやこれやとやってきた。

だが、既に物事の道理を自分で考えられる歳になった僕は、その環境はおかしいと気付くのに時間がかからなかった。

そして、親戚たちに対して警戒心を拭いきれず、彼らは僕が懐かないとわかると馬脚を現すのは早かった。

邪魔者として扱われ、居場所がない日々、そんな環境下に置かれて平常でいられるわけがなかった。

幼い身で他人への不信感を募らせて心を閉ざした。

誰も信じられない、近づきたくない、傷つきたくない、関わることを拒み続けたことで中学生の時には同級生から疎まれ、衝突する日々を過ごし、親戚たちからはさらに厄介者として扱われてきた。

だがそんな時、荒んでしまった性格をどうにかしなくてはいけない、変わらなければいけないと考えを改めるキッカケがあった。

母親の遺品を渡された時であった。

母の姉を名乗る人が、通っていた中学校まで来て、親戚に処分された母の所有品の中で唯一遺されていた物を渡してくれた。

それは、母にプレゼントしたお守りだった。

母の手一つで育ててきてくれたことによる感謝を込めたものではあるが、正直言ってそんなものは彼女への苦労に見合ったものではないと自覚はしていた。

でもそんなちっぽけなものであるはずなのに、そのお守りは所々紐や袋が擦り切れて、見た目からかなり使い古されているものであることが分かった。

母親は幼い自分が渡したお守りを後生大事に持っていてくれたのだと知った時、冷たい海の底のような耐え難い環境下で形成された歪んだ心に、彼女の愛情の思い出を甦らせてくれた。

彼女は、いつ何時も僕の幸せを願っていた。

父親がいない自分に何不自由ない普通の生活をさせようと、寂しくないようにしてくれていた。

なぜ忘れていたのだろうか、今までの自分が歩んできた道を悔悟した。

僕は優しかった母親の願いのために、誰にでも当たり前のようにある普通の日常を過ごさないと、死んだ彼女に心配を掛けさせないように生きたいと感じるようになった。

伯母は、自分にも家族はいるが、一緒に暮らさないかと切り出してきた。

母親の遺品を他の親族たちにこっそりと渡してくれたこと、僕を少しでも気遣ってくれていたことに感謝はしたが、やんわりと断って、一人で生きていくことに決めた。

そして住んでいた家から離れた場所で再スタートを臨めたはずなのに、その「普通」が来ないとは一体どういうことなんだ。

『言葉のとおり、あなたはもう「普通」を臨めない』

「意味が分からない。たしかに他の人とは特殊な環境で過ごしてきたと思う。それでも普通に生まれて、これといったこともなく過ごしてきたはずなのに、どうして……」

ふと、横山駅で死の淵に立たされた記憶が過ぎったが、少女は首を横に振った。

『その時じゃない、もっと前……。そして私は、あなたを導くためにここにいる』

「もっと前……?それって、どういう……」

そこまで言いかけたところで、少女は片手を僕の顔前に突き出して、言葉を遮った。

その彼女の顔は、険しい表情のまま何かに急かされているようであった。

『ごめんなさい、もう時間はそんなに無いみたい』

「えっ、どういう……」

『今から私が言うことをやって、この部屋にいる人たちの顔を頭に思い浮かべて』

「は?なんで?」

『いいから!』

「は、ハイ!」

声が裏返りながらもなんとか少女が命じてきたことを実行に移す。

寝台に寝かされている人たちの顔を一つ、一つを見ていくとともに、大雑把にではあるがそれぞれの輪郭、特徴を並行で描いていく。

『初めてにしては筋があるわね』

「えっ、ちょっ、何やって⁉」

『驚かないで、頭の中のイメージが乱れている!』

驚くのは無理もない、僕がみんなの顔を思い描いているとき、少女は真後ろに立ってその手を背中に押し当ててきたのだ。

布越しではあるものの、女の子の柔らかく小さな手触りを、心の準備もなく体感するのは心臓に良くない。

『雑念が多い、集中して』

「君は一体、何を……」

『私がサポートする。今のあなたの力ではここにいる人たちを把握するだけで限界だから』

そう言うと、僕の頭の中の人物認識のビジョンに一つ、二つ、とたくさんの人間の寝顔が現れ出てくる。

百余名ほどの人の顔が頭に浮かび上がった瞬間、悟った。

頭の中に出てきた人たちはここに収容されている他の部屋の人たちだ、と。

こんなにたくさんもの人たちがここにいるのか、と驚くと同時になおさらここは一体どういう場所なんだ、という疑問を抱く。

『あなたの左の掌を扉と反対側の壁に突き出しなさい!』

「えっと……、こんな感じ?」

左の掌を彼女の命令に沿って、床と水平に保ちながら、壁に向かって突き出した。

その瞬間、視界、聴覚が搔き乱されるとともに世界が揺さぶられるような衝撃が僕の身体を襲った。

その衝撃に圧されて、左腕を下ろそうとしたところで少女は僕の背中に手を添えたまま、背後から声を発した。

『下ろしちゃダメ、まだ敵の攻撃の余波は終わっていない』

「っ⁉」

再び筋肉を強張らせて、左腕を真っ直ぐに伸ばして衝撃に耐えるために足腰にも喝を入れる。

衝撃に襲われたときは突然の出来事で理解できなかったが、今ならわかる。

僕の視界を遮ったものは、人を一瞬で炭化させるほどの熱を誇る爆炎と黒煙だ。

そしてこの身を揺さぶるほどの爆発の衝撃波が、か細い左腕に一転集中で襲い掛かってきているのだ。

だがそれは数秒で収まり、左腕を襲う衝撃が弱まって轟音が鳴り止み、視界が次第に晴れていく。

そして、目の前に広がった光景に思わず息を飲んだ。

煤と誇り塗れで、黒く焼け焦げ、炭化したように罅割れた壁、床、天井。

左腕が向けられていた壁は破壊され、風通しが良くなっているとともに外の景色が丸見えの状態になっていた。

壊された壁から見た外の世界は、無数の山々が連なった連峰、青々と生い茂った樹海が建物の真下に広がっているのが、立っている場所からでも確認できた。

「なんだ……、これは」

数秒前に広がっていた白亜の部屋は、見る影もない状態に変わっていた。

そしてその光景から死のトラウマとなっている岩の怪物を想起してしまうとともに、胃腸がストレスで疼痛のようなものを訴えてくる。

「まさかこれ、あいつの攻撃か……?そうだ、みんなは⁉」

寝台に寝かされている人たちの安否を確認するため、首を向ける。

そこにはこの部屋を破壊される前と同じ、眉一つ動いておらず、寝相を保ったまま、静かな寝息を立てている彼らの姿があった。

さらに言えば、彼らが使用している寝台も損傷などが見られない状態で残っていた。

「よかった……。でも、どうして……」

無事なんだ、と言いかけたことでようやくそれに気が付いた。

自分の左腕が肩から手先までにかけて骨と筋肉、皮膚で覆われた血の通ったものなどではなくなっていることに……。

無機質で、金属質、言わゆるこれは……。

「義手……?」

金属骨格と鉄繊維で編まれたようなその左腕、青味がかったようなグレーで精錬されたように曇りなく、純度の高い、汚れ無き光を宿しているかのようだ。

手の甲には宝玉のように丸みを帯びた水晶が埋め込まれていて、掌の中にも露出しているようだ。

そして、掌から突き出ている水晶からは水蒸気のような白い煙が立ち上っている。

気になって、煙がモクモクと出ている水晶に触れようとすると少女に制止させられた。

『やめたほうがいい、さっきまで「それ」でアレの攻撃を防いでいたから熱が溜まっているはず……。今は無闇に触れないほうが……』

「あぁ、うん……。もしかして、これが君の言っていた『それ』ってやつなのか?」

コクリ、ともの静かに頷いて肯定を示す彼女と左腕の義手を交互に見る僕は、本当に自分は『普通』なのではないのだと、自分の左腕はもう存在しないのだと実感して、涙が目尻に溜まってくるが、今は落ち着いて悲しみに暮れている場合などではない。

「さっきみたいに攻撃を防ぐには、どうすればいい?」

『あなたがイメージすれば、それは守ることも戦うこともできる。さっきみたいに障壁を生成して彼らを守るだけなら今のあなた一人でもできる……。でも見えていない、把握していない人たちを守るのは私のサポートが無くちゃ難しい』

「……訓練すればかなり自由度が効きそうだな、それだと」

『もちろんできることに限界があるし、制限はある。使っていけば、自ずとそれは理解できてくるはず……』

そう言って、破壊されて外の世界が見えるようになった壁があったところまで少女は歩んでいく。

その背中に向かって駆け寄っていくと次第に下の様子が伺えるようになった。

どうやら自分たちがいるのは、どこかの高層ビルのような建物のさらに高階層の辺りに位置する場所にいるのだと、地面との距離がかなり離れていることから分かる。

時節、肌身に触れてくる冷たい風を感じるたび悪寒が走るとともに、得体の知れない痛みとなって腹部から訴えてきている。

高所恐怖症の発症待ったなしの状況だった。

下を覗くと、そこには紅く綺麗な花畑が眼下一面に広がっているのが見て取れた。

風にたなびいて揺れているそれらは、まるでこちらを手招きして誘っているようで、その花は曼殊沙華みたく、見る者の目と魂を奪うほどの情動的な紅を醸し出し、今すぐにそこに向かいたくなるほどの圧巻な光景を作り出していた。

上昇気流の風に乗って、香ってくる花の匂いは熟れて腐った果実のようで噎せ返りそうになってゴホゴホッと二、三度咳をする。

再び目を開けて見えた世界は、曼殊沙華の花畑などではなかった。

夥しいほどの死、人の血、内臓、躯が飛び散って出来上がった凄惨な光景が、そこにはあった。

僕はそれを綺麗だと思ってしまっていたことに、吐き気を催して身体を丸めた。

『あそこ……』

隣に立つ少女は、眼下に広がっている殺戮現場のある一点を指し示した。

その方向の先を目線で追ってみると、血の気を失って青ざめてしまうほどの戦慄的な存在がそこにいた。

岩や様々な鉱物、資源を混ぜ合わせたような剛体。

まだ記憶に新しい横山駅を破壊した存在である岩塊生物と新たに出現したプテラノドンに二つの角と両腕を生やしたような飛翔生物が死の平原の中心を陣取るように、そこに居た。

少女は岩塊生物、飛翔生物と順番に指先を向ける。

『アレは剛羅と羅渡刃』

「ゴウラとラドバ……、この前、君が言っていた奴か」

『覚えていたのね』

それらを見据えた瞬間、二体の怪物もまた僕の存在を捉えたのを実感した。

視線を交差したように感じた時、止めどなく冷や汗が毛穴という毛穴から噴き出すだけでなく、重圧を掛けられたように身体が意に反して委縮してしまった。

そして、その時になってようやく理解した。

なぜ、奴らは度々襲ってくるのかを……。

「まさか、あいつらの目的って……」

『あなたを抹殺することが目的』

殺意と憤怒に混じった目を真っ直ぐ射貫くように向けてくる二体の生物、特に岩塊生物ことゴウラから途轍もないほどの怨嗟が込められた眼差しをこちらに向けてくるのが分かる。

その時、断片的ではあるが、突如二つの記憶のピースが脳裏にはめられたかのようにフラッシュバックが起こった。

僕は横山駅で月宮さんを爆発から守ろうと、咄嗟に左腕で彼女だけを纏うように障壁を作って守った。

そしてゴウラと対峙したとき、その攻撃を受け止めるべく障壁を作るだけでなく、攻撃から生じた余波をそのままカウンターのようにゴウラにぶつけて、身に纏っている岩鎧を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。

僕は無意識のうちに、義手の力を守るだけでなく、攻撃に使用したことがあるのだ。

いやそんなことよりも、あの怪物たちの目的が僕なのだとしたら、真っ先に確認しなければいけないことがあるはずだ。

「……教えてくれ」

『……』

少女は答えない。

そのフードで隠れている顔の奥に秘めているものは、一体何なのかはまだ検討が付かない。

でもこれから僕が聞こうとしていることを、少女はきっと理解しているのだろう。

「僕のせいで……、こんなことになっているのか?」

『……』

「僕の、左腕のこれのせいで、みんなを……。そこで今も眠っている子どもや、月宮さんも……、僕が巻き込んだんじゃないのか?」

『……』

それでも少女は答えない。

その沈黙こそが彼女の『答え』なのか、分からない。

でも今の僕はそれでも何かを言ってほしかった、それは違うと否定の言葉が欲しかった。

やり切れない思いから悄然としてその場に座り込む。

『……立ち上がりなさい』

少女が諭すように声を掛けてくる。

「全て僕のせいなんだろ……。僕がいたからこんなことに」

『それでも、あなたは立ち上がらなければいけない』

「いい加減にしろよ!僕ばかりこんな目にあってさ!うんざりなんだよ!」

『……』

「僕が一体、何をしたっていうんだよ……」

悲嘆にくれ、項垂れた僕を見る少女は、僕と向かい合うようにしゃがみ込んだ。

『この世界の誰かはあなたが望むとおりに語る者もいれば、望まないことを語る者もいる』

「それよりも、君がどう思っているかを聞きたいんだ!」

『それを伝えて、あなたは救われるの?』

「っ⁉」

彼女のその一言は、鋭利なメスのように深々と胸に突き刺さった。

きっと目の前の彼女に都合のいいことを言われたところで、自分の中ではもう『巻き込んでしまった』という自答で完結してしまっている。

誰にどう繕われようとも、きっと自己完結してしまった固定観念は覆りようがない。

『今のあなたに必要なものは慰めではない。慰めはそもそもただの痛み止め、決して治療などではない』

少女の小さく、柔らかな手が僕の胸に押し当てられる。

彼女の掌の温もりが心地よく、身体全体が火照り出す。

『私は、ただありのままのことを話すだけ……』

「ありのままのこと……?」

頷く彼女は姿勢を正しながら立ち上がり、僕の顔を見下ろす。

『あなたは望まぬまま、巻き込まれ、傷つき、そしてたくさんの人の生き死にを目の当たりにしてきた』

「……」

『そしてあなたには未来を選択するための決定権を与えられていなかった、護手が持つ力を自覚していなかったから』

「……っ」

それは暗に僕が無力だと言いたいのか、と彼女に苛立ちを覚えるとともに、意味合いを卑屈に捉えてしまう自分への情けなさが綯い交ぜになって歯噛みする。

『でも、今は違う』

断言した少女の凛とした声音から、心の中に波紋が広がるような感覚を抱く。

『今この瞬間はじめて、あなたに未来を決めるための選択肢が用意されている。どんな選択をするのか、あなたの自由……』

「僕の、自由……」

『あなたはどうしたい?』

慰めない、なんて言っておきながらその心根を問う声は優しく、慈愛に満ちた響きが伴っていた。

左腕を胸の前に寄せて、目を閉じる。

瞼の裏に浮かんでくるのは、たくさんの人の顔……。

父親の葬儀の時、悲しみに耐えて涙を堪えていた母の顔を見て、チクリと胸に何かが刺さったような気がした。

爆発に巻き込まれそうになった時、咄嗟に庇った時に垣間見た、僕のことを気にかけるような顔をした月宮さんを、なんとしても守りたいと思った。

ゴウラに殺されそうになった時、僕を助けようとその小さな身体を張って守ろうとした男の子を救えるほどの力が欲しいと思った。

眠っている人たち、時河さん、時河荘のみんな、ソフィーさん、たくさんの人たちの顔が脳裏に浮かんでくる。

複雑な環境で育ったとはいえ、僕のやりたいことは極めて単純なのかもしれない。

どうしたいか、だって?

そんなこと、もう決まっている。

「……みんなを守りたい!」

『……うん』

「この力を使って誰も悲しませないようにできるなら、僕はなんだってやってやる!」

『そう、芯がある答えね』

左の義手を強く握りしめ、僅かに金属同士が擦れるような音を立てる。

もう誰かがか悲しむ姿、傷つく姿を見たくない。

その想いが力となって、僕の心を奮い立たせた。

そんな僕を見た少女の顔はいまだに様子が伺えないものの、フードの端が微かに揺れたような気がした。

それは風の悪戯か、はたまた別の何かのせいで揺れたのかはわからない。

「君は一体、誰なんだ?」

僕の問い掛けを聞いて、少女は真っ直ぐ右手を差し出してきた。

フードの端が揺れ動いて、そこから少女の瞳と目が合った気がするが、一瞬の出来事でよく見えなかった気がする。

それでも少女とチラリと目線を交わして、ほんのりと胸に温かな感情が込み上げてくるような気がしてきた。

『私の名前はユルハ、導く者』

「……ユルハ?」

『さぁ、立って』

少女の願いを拒絶するほどの道理などもう僕の中には存在するわけがなく、迷うことなくその差し出された彼女の右手を左手で握り締める。

そして足腰に力を込めて立ち上がったその瞬間、尾を引くように視界がぶれて反転した。

「え?」

そんな間抜けな声が口から漏れ出たその時、急に重心が上半身に集まり、上半身を押しのけようとしてくる風圧で自分が今、落ちているのだと気付いた。

「うああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!」

落ちる、落ちる、落ちる、落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる!

落ち続ける恐怖で喉が押し潰れそうな程の絶叫を、声と肺活量のかぎり出し続けたと思う。

僕をビルの外から落とした少女に顔を向けると、その姿はどんどん小さくなっていき、マッチ棒ほどにしか見えなくなっていく。

僕をこんな目に遭わせたユルハに恨み節を抱いたが、そんなことをしてもまだ自分の落下は止まらず、地面との距離が近づいていくため、考えることをやめた。

それにユルハが理由もなく、突き落とすはずがないことは今までの言動からして考えられることだろう。

何か意図があって、こんな強硬手段みたいなことをしたんだ、だったらこの状況を何とかすることもこの義手にはできるはずだ。

考えを導き出そうとしながら、手の甲サイズの義手に右手を添える。

そこで目の前にある義手に、ふと違和感を抱いた。

「義手の形状が変わっている……」

正確に言うと、義手である部分が変わっていた。

先ほどまでいた部屋の中で攻撃を防いでいた時は、肩から指先までメタリックな装甲で覆われていた。

だが今は、指先から肘までが義手の状態であり、肘から肩までは普通の人間のものであった。

「イメージすれば、守ることも戦うこともできる……」

ユルハの言葉を反芻するように口に出す。

さっきまでいた部屋で僕はゴウラの攻撃からみんなを守りたいと願い、盾をイメージして障壁を作り出した。

そして攻撃を防ぐだけでなくその衝撃に耐えるため、義手の守りを肩まで伸ばしたのではないだろうか。

ならばイメージさえできれば上空から落ちても着地できる装甲を纏う、もしくは強固な身体とかに変えることができるのではないか。

もしそれに失敗すれば命が無い、現在進行で地面に向かって落ちているのだから。

後には引けないこの状況、なんとか成功しないといけないという意志が意識を集中させる。

するとその時、左腕から熱を帯びた何かが海馬に流れ込んできた。

そして脳裏に体験したことが無い、未知の映像が映し出された。

それは、ある戦士の記憶。

力無き者たちの為に立ち上がり、闇を打ち払った光を纏う戦士の姿。

「……僕も、それになれるのか?」

その問いかけに答えるように、義手に埋め込まれている石が光を放ち出す。

左腕を地面に向かって伸ばすと、光は風の流れによって自分の身体を覆いつくし、纏うように広がっていくとともに身体の落下進路を生物たちの元へと曲げていく。

ちょうどいい、このまま奴らのところまで飛んでいけばいい。

ついでに、一発お見舞いしてやるのも悪くない。

向かう先は、座してこちらの様子を見ている怪物たちのところへ。

左手で拳を作り、真っ直ぐ突き出したままの状態で怪物たちのところまで光を纏って向かっていく。

それは、一条の流星のように飛んでいく光矢のようであった。

怪物たちがようやく光の正体が何であるかに気付いて行動しようとするが、もう遅い。

ラドバは既の所で上空へ逃げて躱されたが、ゴウラはその見た目どおりの緩慢な動き、僕の左拳がその頬を捉えるのは、実に容易であった。

左拳は、フードに包まれた顔面の右頬に直撃し、その顔面の形を変えるほどにめり込んでいく。

フードに包まれた顔面の部分は、身体を覆う岩の鎧のイメージから頑強そうではあるが、ゴム質材のように柔く、僅かに弾力性も感じる。

そして落下速度、体重、膂力を込めた渾身の一撃は、岩塊生物の鈍重な身体を浮かせるとともに後方二十メートルあたりまで吹っ飛ばすまでに至った。

ゴウラは殴られ、吹っ飛ばされた衝撃で仰け反って伏しており、その隣をラドバが滞空しながら、こちらの様子を窺っている。

ゴウラを吹っ飛ばしたことで落下していた僕の身体に制動を掛けることができ、ゆっくりと着地して生物たちと対峙する。

左手から放出されていた光は次第に収まっていき、それによって敵の瞳に映り込んでいる僕の姿が徐々に露わになっていく。

敵の瞳に映ったその姿は、もう人間のものではなくなっていた。


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