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Hands-光腕の銀狼-  作者: AOH村
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第九章 希望の泡沫

「現在、青木・入間・江頭・羽村班で拠点周囲の半径七キロメートルに渡り、マインの設置中。地雷原の完成率七十二%、設置完了まで一時間二十三分かかる見込みです。歩兵隊、ドローン工兵隊、砲兵隊、狙撃兵を各地点に配置完了し、待機しています。付近の住民の避難誘導も完了しつつあります」

「ご苦労様。被害状況は?」

「はい、C小隊は全滅。近海を哨戒していた駆逐艦二隻、巡洋艦一隻が撃沈、民間の旅客機が三機撃墜されたことを確認されています。……ここへの到着を遅らせることも失敗に終わりました」

「……わかったわ。引き続き、残りの作業もお願い」

「了解です。失礼致しました」

報告のため訪れた八馬吹副局長が司令室から出て行くまでを見送りながら、ソフィーの顔は次第に苦悶の色に塗り潰されていく。

理解していたはずだったが、あまりにも多すぎる犠牲者の数に押し潰されるような罪悪感に苛まれる。

それは彼女の罪の数、彼女の能力不足が招いたことによる業であり、罪悪感が濁流となって心のダムに溜まっていくような不快感を味わうことを、彼女は自分への罰の一つとして受け入れていた。

だが、それでも前線の指揮を任されている以上、この場から逃げ出すことなど許されることではない。

況してや、それを犯したら、きっと今度こそ自分を許せなくなってしまう。

だが、既にこの時点でソフィーはなんとなく察していた。

現状、ここの拠点にある火力だけでは足りない、と。

いや、厳密に言うと倒すための決定打が手元に無いのだ。

ミサイルに耐えうるだけの生態装甲を持った飛翔生物、金剛石のような鎧を纏って地中を潜行する生物など、どのように太刀打ちできるか、判断材料があまりにも少なすぎる。

先のベース・ファイターC小隊の戦闘で得られたデータも僅かなものだ、きっとまだ手の内を晒してすらいないと言っても過言ではないだろう。

ここの拠点がいくら堅牢な建物であろうと、盾だけが取り柄で矛無しでは、ジリ貧な結末が目に見えている。

拠点までの到達予想時刻はおよそ一時間三十六分、その間までになんとか打開策を練らなければいけなかった。

「局長、よろしいでしょうか?」

「……何かしら?」

茶色が混じった黒髪ショートヘアの皆川オペレーターが、自席を半回転させながら身体をこちら側に向けて、呼び掛けてきた。

「工作班からの相談を受けているんですが……」

「工作班から?」

「はい。地底の敵の予測進行ルートに地雷を敷設するか、とのことなんですが、いかがでしょう?」

「地底って……。もう一時間半しか猶予が無いのよ?可能なの?」

「第四倉庫に保管されている軍用のパイルバンカーと掘削岩弾が格納されているそうで、それを使用すれば可能だそうです」

「たしか、地下施設建設初期に地下を掘り進めるために使用したもので、予備がいくつか残っていたわね。それらを使うのかしら?」

「余っているのを確認したそうなので使用したいそうです。ちなみに簡易なものですが計画書のデータが送られてきているので、局長の端末に転送しますね」

手に持っていた指揮官用の情報端末パッドにデータが受信されたことを知らせる文言が表示され、受け取ったデータに目を通す。

以前、本拠点の完全地下化計画が考案されていたが、エネルギーの完備及び地下断層環境として砂質層と基盤岩の境界面で亀裂が生じ、湧き水の対処により工事が難航。

そのため地下施設は二十階層在ったところを、七階層増やした段階で計画が頓挫した過去がある。

最深部である二十七階層はあくまで兵器類の実験場、倉庫の役割を大部分が占めている階層である。

この建物は、建築物に加工できる最も硬度が高い物質、人工ロウデブルーライト製でダイラタンシー現象を利用した、最高峰の耐衝撃・耐熱・耐腐食性が備わった装甲を用いられているが、拠点全体をその素材の装甲で覆い尽くしているわけではない。

必ず穴があるわけであり、そのうちの一つが地下二十七階に存在する。

しかし地圧対策のため別の特殊装甲材で囲われているため、並大抵の火器では破壊は不可能である。

そこで活躍するのが、軍用パイルバンカーと掘削岩弾D―7である。

軍用パイルバンカーは元々拠点の外壁や装甲を破壊し、侵入を目的とする制圧用に開発された、炸薬を起爆して金属杭を打ち込む一極点集中型の軍用兵器であるが、本拠点に譲り受けたものは主に建設用に使用されていた経歴があるものだ。

掘削岩弾D―7は軍用の特殊削岩弾で工作用に開発され、目標物を高速回転するドリルで内部から破壊する機構を持っている兵器であり、ミサイルに取り付けて運用することも可能な兵器であるが、主に使用されるケースとしては崩落事故などの救出作業や坑道の掘削作業などで使用されることが多いことが特徴的だ。

どちらも建設作業終了後は、無用の長物として保管倉庫の隅で埃を被っていた兵器であった。

特殊素材を使用した内壁は、パイルバンカーの威力を用いれば破壊することは極めて容易であるだろう。

壁に穴が開いた後は、あらかじめ入力しておいたポイントまで掘り進めることができる掘削岩弾D―7で予定の場所まで掘り進め、ドローンを使って地雷を埋設させるといった計画のようだ。

この方法であるならば、地上に敵を炙り出す為の確実性が増すだろう。

「わかったわ。工作班に使用、および地雷の設置を許可します、と伝えておいて」

「了解しました。伝えておきます」

席の向きを戻してヘッドセットのマイクの感度を確かめながら、工作班に許可する旨を伝える皆川オペレーターの姿を見ながら、ソフィーは引っかかりを覚えた。

地底各ポイントに地雷を埋設するため、使用するパイルバンカーと掘削岩弾。

それぞれの設計書、手引き書、取り扱い上の注意事項書をその場で読み返していくと、小骨が喉の奥に突き刺さったような妙な引っかかりが高まっていく。

目の前に突破口に繋がるための重要なヒントが転がっているにも関わらず、それに気付かない愚かな自分を第三者視点から叱咤激励する。

諦めないで、今までの記憶、会話を振り返ってみなさい、と。

そう心に言い聞かせながら、脳裏にこれまでの出来事をフラッシュバックさせる。

どこ?一体、どこなの?と様々な思い出の数々を手に取って確認しては捨てて、と繰り返していた。

そして、見つけた。

そう、あの時……、阿座上解析官が言っていたこと……。

『黒色火薬は主に花火とかに使われる物が有名で、静電気や衝撃に敏感な代物であって危険な物であるというのは重々わかるかと思いますね。ただ、採取されたその火薬は破壊力や燃焼速度などは数段上がってあり、衝撃に弱い物質を宿した状態で震動波を伴って動いていたわけですから、何かしら衝撃に強い場所に火薬を詰めていて攻撃の際にそれを混ぜているのではないかと見ていますね』

その言葉を思い出した瞬間、もう一度パイルバンカーと掘削岩弾D―7の資料に視線を落とす。

そして暗雲立ち込め、先行きが見通せないような状況下で一本のか細い蜘蛛の糸が垂れ下がったような、そんな一縷の希望を見出し、ソフィーは顔を綻ばせた。

仮に思い描いたとおりに事が進んだとしたら、少なくとも地下の敵は倒すことができるだろう。

だが、それはあくまで可能性というだけで大博打でしかない。

そうだとしても、やってみるだけの価値はあると彼女の直感は迷いを打ち払い、背中を後押しした。

再び、皆川オペレーターに呼び掛けた。

「地下に地雷を設置している工作班に、もう一度すぐに連絡して!」

「は、はい!了解致しました!」

突然の要請に声が上擦ってしまうものの、皆川オペレーターはソフィーの命令に従って、工作班とコンタクトを取るよう試みる。

数分後に、既に作業に入っていた工作班から応答が返ってきた、と皆川オペレーターがソフィーに報告する。

「今すぐパイルバンカーと掘削岩弾の余りが、いくつあるかを工作班に確認して!」

「はい!」

すぐさま、現状の本数を工作班に確認及び言質を取ってから再びソフィーに向き直って報告する。

「パイルバンカーが残り九本、掘削岩弾が十二本あるそうです」

「わかったわ。パイルバンカーの八本、掘削岩弾を三本、使用したいのだけどどうかしら?」

「パイルバンカーは一本で事足りるそうです。掘削岩弾は全て使用する予定だったようですが、こちらで譲渡していただけないか交渉してみます」

再び、ヘッドセット越しで工作班に通信を試みつつ、向こう側から可能であると連絡が来た、と皆川オペレーターが報告をした。

「ありがとう、それから私が指定するポイントに埋設してくれないかを地雷班にお願いして。詳細な計画は、すぐに送るわ」

「了解です!工作班から受け取り次第、届ける手配もしておきます」

「ありがとう、お願いね」

皆川オペレーターが席を戻し、ソフィー自身も端末に必要な情報を纏めて、資料にしていく。

これがどのような結末を迎えることになるかは、神のみぞ知る、というところだ。

それでもなお、今あるリソースを最大限に活用し、来たるべき時のため万全の状態へと整えていく職員達の奮闘する姿をその眼に刻み込みながら。

ソフィーも今自分ができることとして、端末パッドにタッチペンを走らせ、計画書を構成していくのだった。


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