終わりと始まり
楓と一緒に暮らして一年過ぎようとしていて、ヒューマン・イズ・ロボット社の契約がそろそろ満期になろうとしていた。
楓との生活は楽しいものであった。と、同時にやはり楓は違う楓という錯覚を何度も林太郎は感じていた。
でもそれが楓じゃなかったとしても、楓と瓜二つの似ている存在に、心のより所にしている林太郎がいる。
それもそろそろ楓とお別れしなくてはならい日がやってこようとしているのは林太郎は分かっていたが、どうしても林太郎は楓が必要で、返したくはなかった。
それならヒューマン・イズ・ロボット社に楓を返さなければいいと考え、林太郎は楓を連れて山に行くことにした。
数々の葉と木が日陰を作り、太陽の日差しが差し込でいる。虫や鳥が鳴く声以外は川の音がするだけであとは人らしい人はいない。森林ともあり砂利や泥が林太郎と楓の足を時折躓かせ、転びそうになる。
林太郎はしっかり楓の手を握り、楓が転ばないか心配になっていた。
「大丈夫。ここ歩き憎いけど頑張ろう」と、林太郎は笑顔で言う。
「いったい何処にいこうとしているの」不安そうに言う。
「これからずっと二人で暮らせるところに行こう。俺はお前を失いたくない。一緒にずっと……」
歩きながら喋っていると喉が乾きはじめる。宛もなく歩いて何処にいけばいいのか分からず、幾つもの大木をみながら歩いているのにも限界がきていた。
「ずっと一緒に。私も林太郎とずっと一緒にいたいよ」
「か、楓」
楓の温もりある言葉におもわず林太郎は涙がでた。仮にこれが本物の楓じゃなくても、それが学習プログラムから作られてはじきだされた言葉であっても、林太郎の心を揺さぶるものがあった。
「どうしたの林太郎。悲しいことでもあったの」
「悲しいじゃないんだ。俺は嬉しいだよ。俺には楓がいないと頭がおかしくなりそうだ。俺だけ一人置いて行かれるような、そんな気持ちになるんだ」
「ふふ。林太郎変なの」
「変でいいんだ変で。変て俺にお似合いの言葉だ」泣き笑いな顔を作りながら一差し指で楓の頬を軽くつついた。
二時間近く森林の中を歩いていると流石に疲れ地面に尻餅をつくよな形で座った。喉の乾きと疲労が溜まり足も悲鳴をあげている。
林太郎はヒューマン・イズ・ロボット社がきっと楓を連れて帰ることは見え透いていた。きっと楓の体内には探知機が備わっているに違いない。こんな山奥にきたところで何も状況を変えることはできないのである。
ただ林太郎は少しでも楓と一緒にいたい気持ちが勝り、どうしてもこういう違法まがいなやりかたでしか、楓と一緒にいることでしか頭に浮かばなかった。
林太郎と楓は無言で暫く座り込んでいた。三十分位して林太郎と楓は立ち上がり又歩き始めた。歩いていると大きな病院の廃墟が見えてきた。窓ガラスは割られ、淫靡な落書きがあちらこちらに書かれている。林太郎は廃墟で野宿をしようと思った。夜中になるときっと猪や熊に襲われる危険性があるのと、建物の中に入っていれば雨や風が凌げる。
廃墟の病院というのは薄気味悪いが、野宿よりは断然いいと林太郎は考えた。
「楓。あの病院に入ろう」
「いいよ」楓には怖がるという感情が無いのか笑顔で答える。
二人は病院の中に入った。病院には使い古しの注射器やガーゼ、又、赤茶色のベットが何個もあった。林太郎は辺りに何か夜になった灯りになる変わりのもがないかと探した。しかしそんな物は見つからない。諦めず探していると古い木材と使い捨てライターが運よくベットの近くにころがっていた。きっと昔肝だしにきた連中達が置いていったものだと林太郎は思った。
夕暮れ時。林太郎と楓は廃墟の中で角材に火を付けて燃やしていた。暗くなってからだと辺りが見えなくなるので早めのうちに角材に火を付けと置けば暗くなっても安心して周りが見える。
暗くなりはじめ林太郎と楓は地べたに座りながら真っ赤に燃える火を見つめていた。火はばちばちと木の焼ける音が室内に響き、林太郎と楓の顔を暗闇から照り出している。室内の空間だけ林太郎と楓の顔を鮮明に明るくしていた。
時折林太郎は楓を見る。楓と視線が合うとにっこりと笑いかけてくれる。林太郎はこの時流石に自分は楓の事が忘れらんない事を良いことに楓を無理矢理よくわからない場所に連れてきていることに、これは自分のエゴで楓を振り回しているのではないかと、罪悪感がした。
「ごめんな楓。お前をこんなよく分からない場所に連れてきて」
「大丈夫だよ林太郎。私嬉しい」
「ん、楓」
少しづつ楓の皮膚が溶け初めている。ゆっくりと、まるで砂時計のように皮膚が液状になってポタポタと落ちてゆく。暗い闇の中だからなおさら顔が火の光に強調されて腐敗したゾンビのような姿に変わっていくのである。
林太郎は分けが分からず、あれは楓のようであり、楓ではない得体の知れない物になろうとしている楓を見て腰を抜かした。
「うわ、ば、化け物」
「化け物てなに。酷い。私の事化け物なんて」楓が怒った時に眼球が落っこちた。
「あ、あれ。お、俺も体がおかしい」
林太郎の皮膚も液状になって指先がなくなる。自分の指先を見ると金属のチタンのような金物が見えだした。徐々に意識が遠のいていく。ただ薄れていく視界の中で楓が骸骨のような容姿になって、半分溶けた顔がうっすらと林太郎に微笑みかけていた。
二人は液状になってしまった。暗い廃墟の病院にはただ燃えている火だけが静かに独り言を言っているかのように、角材が燃える度に音を鳴らしていた。燃える角材の近くに林太郎の脳味噌が転がっていた。
ヒューマン・イズ・ロボット社の会社から和泉の自宅に電話が入った。 抽選で当たったロボットの返品をして欲しいとの電話で、そろそろ一年になり、契約を解除するという内容で、もし継続するならメンテナースをしていちから契約するということだった。
母の和泉は林太郎が確かに話しを聞いていたが、ここ一週間ぐら家から帰ってこないと、ヒューマン・イズ・ロボット社の社員に言った。
そのことを聞いて社員はロボットが盗まれた場合に追跡用探知機を搭載しているので居場所はすぐ突き止められますと、冷静な口調で言った。
ヒューマン・イズ・ロボット社の社員に和泉は、「私も林太郎がきっと一緒にいるので連れてってもらってもいいですか」と聞いたところ、「いいですよ」とすぐに返事をもらえた。
それから数日してヒューマン・イズ・ロボット社の社員と待ち合わせをし、和泉は社員の車に乗った。
車に乗って二時間位たった。辺りは山道で鬱蒼としている。それから暫く和泉は山の景色を見て不安を取り消そうとしていた。特に社員の人と世間話しすることなく、車は走り続けるのである。
到着するとそこは廃墟の病院。社員と和泉はきよつかながら辺りに危ないものはないか注意を払いながら歩いていた。
「ここですね」社員がスマホを持ちながらドアの壊れた病室に入る。
「いやああああああああ」和泉は発狂した。
「り、林太郎。ご、ごめんなさい」和泉は林太郎の脳味噌を手に持ちながら泣きはじめた。
「林太郎くんはサイボーグだったんですか」驚く社員は目を丸くした。
「はい。三年前無人トラックに引かれて亡くなったんです。私悲しくて、林太郎のことを忘れられなくて、それで脳味噌だけが無傷だったのでサイボーグにしていきかえさせたんです」
「そうですか。それは残念ですね。余計なこと聞いてすいません」
「いいです。またお金を貯めて、林太郎を蘇らせますから。今度は楓ちゃんも一緒に作って仲良くらしていくことに決めましたから」
和泉は泣きながら壊れたように笑っていた。
次の林太郎と楓を作るその時まで……