思いで
楓と林太郎と生活は一ヶ月がたとうとしていた。母和泉も楓と一緒に生活を共に暮らすことにたいして、変な違和感があったが、和泉も自分の娘と思って一緒に暮らせば、と思いこむことで徐々に気持ちが慣れて行くのであった。
楓の機械的な言葉の返答に少しづづ修正をしていき、「楓。敬語じゃなくてもっとラフな感じでいいよ」と、楓に教え。無表情な楓に対しても「怒る時は怒る感情とか、嬉しい表情とかするんだよ」と、細かな指摘を楓に教えていた。まるで赤ちゃんがハイハイをして歩くように、楓にも怒る表情は嬉しい表情を作れるようになり、言葉使いも機械ぽい口調から人間らしい砕けた言葉使いを使えるようになった。
人らしい人になった楓は母の和泉から買って貰った女性らしい服をきてお洒落をしたり、髪の毛を解かしたり自分でするようになった。楓はあの頃の生きていた楓の蘇ってきたような感覚を、林太郎は次第に感じるようになったいった。
平日の月曜日林太郎と楓は何処か出かけようと話あい、服を着替えていた。林太郎は何時ものジーンズにシャツとラフな格好で既に着替え終わっていたが、楓は箪笥から白いワンピースか、又はデニムのパンツと白のテイシャツにしようか手に取り悩んでいる。双方しているうちに、楓が林太郎に視線を向けた。
「ねえ、林太郎。私どっちが似合うかな」と、首を傾げて悩んだ表情を見せている。
「楓はなにきても可愛いよ」
「どっちか選んで。悩んじゃうから」
白のワンピースかデニムのパンツか両方見比べた時、林太郎は人差し指を左右に振り、「どちらにしようかな」と五回か六回一差し指を左右にふった結果。白のワンピースに止まった。
「白のワンピースだな」林太郎は微笑んで言った。
「分かった。林太郎」
頭を軽く下げると林太郎の目の前で着替え始めた。楓のピンクのブラジャーとパンツが林太郎の目に映る。慌てて林太郎は楓に背を向けた。
「こ、こいうのはいけないよ。男性の目の前で女性が服を着替えるなんて、普通はしないよ」
「え、そうなの。私知らなかった。」
楓は別に恥ずかしそうな表情も見せず、白いワンピースに着替え、熊のプリントされた靴下をはいた。
「もういいか楓」
「いいよ」
林太郎は振り向くと着替え終わった楓がいた。にっこり笑いながら「どう似合うでしょ」と、微笑んでみせた。何処か天真爛漫に浮かれるところは、まるで少女のようでもあった。「似合ってるよ」と林太郎は軽く頷くと二人は家を出るのであった。
家を出てから二人は宛もなくただ町中を歩いていた。平日の日中ともあり人は少なく、歩いているのは電動車椅子に乗ったおばちゃんと、杖をついて歩くおじいさんに、ロボットが二三台荷物を運ぶ姿が見えるだけであった。
公園を歩いているとホームレスが鳩にパンの切れくずを投げている。パンのくずを一生懸命鳩達が群をなしてつつきあい、パンくずがはじけ飛んでいた。
何処か座るところはないかと林太郎は辺りを見渡すとプラスチックの二人分座れるベンチがあった。林太郎と楓はそこに座った。木や鳥の鳴き声が聞こえてくる以外公園は静かであった。時より少し強い風が吹くが日差しが強いこともあって涼しくも感じた。
楓の横顔を見て林太郎は昔の楓の思い出を思い出した。
楓とはよくこうして学校の帰りにベンチに座って一緒にアイスを食べたり、勉強の事について楓に教えてもらったり、学校の屋上でキスをした事もあった。そんな何でもない日常がある日を境に楓は自殺してしまった。
有り触れたなんでもない日々が本当はとても幸せであった事を林太郎は楓とそっくりな楓を見て実感していた。
「楓。楓が帰ってきた気がする。」
「え、私が帰ってきたって私はここにいるけど、変だよ林太郎」
手を口元に当てて品のある笑いかたをする楓。
「懐かしいなーて。こうやって楓が隣にいることが」
「懐かしいてなに」
「懐かしいていうのは、過去を振り返って思い出に浸るてこと」
「それていいことなの。思い出てなに」
「思い出てなにて……それは……」
流石に言葉が詰まった。楓似た楓には思い出が無いし、痛い視線を林太郎に向けてくるのがなによりも心苦しかった。どうしたらいいのか、どう説明したらいいのか林太郎は頭の中で考えを駆けめぐらした。林太郎が青空を眺めて考えているうちに、楓は沈んだ表情になっていた。
「私には思い出が分からない」
悲しい顔をしている楓になにかいい言葉を掛けられないものかと林太郎は思い悩ませた。そして、一呼吸おいて楓に明るく言った。
「これから思い出を一緒に作っていけばいいんだよ。だから悲しい顔をするなよ」
真っ直ぐな視線を楓は林太郎に向ける。
「思い出……作れるかな」
「作れるよ。これから楽しいこと二人でしよう。一緒にデートをしたり。どっか遊びにいったりこれからいっぱいいっぱい思い出をつくるんだ」
「うん。いっぱい思い出つくる」楓の悲しい表情は消え、微笑んだ顔になった。
「楓……」
林太郎は楓の唇に軽くキスをした。
「林太郎……」驚いた様子をみせる楓
キスをした時変な違和感が林太郎を襲った。何時も楓とキスをした柔らかい唇とは違った堅い感触。やはり人工で作られた唇はやはり何処か人とかけ離れたところがあった。口元を押さえ戸惑う表情になる林太郎。
「どうかしたの林太郎」
「いや、なんでもない。これから二人でいい思い出作っていこうな」
林太郎は自分の唇を何度か触った。人の肌とは違った弾力製のあるゲルマニューム製の質感を手で感じとった。変な違和感と不安が林太郎を悩ませる。
そこに鳩に餌をあげてたホームレスのおじさんが楓と林太郎の側を歩いてきて、「お二人さんお熱いね。あれ」と目を細めた。
「なんだかお二人さん似てるね」
そういって二人の前から消えていくのであった。