二股ソケット
心に穴があいていた林太郎の寂しさは和らぎ、その日は楓を自分のベットに入れて一緒に寝た。今まで睡眠不足だった林太郎は嘘のように深い睡眠の中に入っていくのであった。
朝、林太郎が目が覚めると楓は目を瞑りながら日差しを浴びている。差し込む日差しは楓の容姿をより美しく見せたいた。
「楓、朝だよ起きろ」
軽く体を揺すった。瞼が少しづつ見開き瞬きをする。まるで本当に生きている人間さながらの動きで、首を左右振と垂直に起き上がり辺りを見渡した。
「おはようございますご主人様」と、無表情で顔色を一切替えない。
「おはよう楓。あ、ご主人様は厭だな。林太郎。林太郎でいいよ」
「林太郎様ですか」
「様もいらない呼び捨てでいいよ。様てつけられるとなんか堅っくるしい」
ベットから離れると林太郎は頭を二三回掻いて、眠そうな目を擦りながら欠伸をした。楓もベットから起きあがって棒立ちしながら林太郎の真似をするように、大きな欠伸をして頭を二三回掻く。
これは人工知能が人間から多くのことを学び、多くの事を吸収するために学習機能として、人の真似をすることがある。
林太郎は部屋を出ていつも通り朝食を取る。母が台所で調理をしている。味噌汁に卵焼きのいい匂いが部屋の中を充満していた。母は林太郎の気配を感じとり、「おはよう」と挨拶をした。
料理が出来上がり食卓のテーブルに置いた。
「お母さんおはよう」
そこには林太郎とあの死んだはずの楓が無表情でたっていた。母の和泉は思わず「きやああああああああ」と、叫んでしまった。
「あ、ああ、あたし幽霊でも見ているのかしら。か、楓ちゃんが見える楓ちゃんが」
母和泉は思わず尻餅をついて、手を口に当てるとわなわなとしながら腰が抜けて立ち上がらない様子だった。
「ごめん母さん。この子はロボットなんだよ。今はやってるヒューマンロボットだよ脅かしてごめんね」
一瞬なんのことだか戸惑った表情をみせたが、徐々に状況を理解していき、心臓の高鳴りを押さえながら立ち上がった。
「そうなの。あらおどろいた。まさか楓ちゃんの幽霊が見えてると思ってぞっとしちゃたわよ。ところでこれ、最近の開発モデルでしょ。高かったんじゃないの。いくらしたのよ」
「いくらもかかってないよ。俺がヒューマン・イズ・ロボット社のキャンペーンの抽選で当選して一年だけ貸し出し無料なんだよ。楓そっくりだろ」
「ええ、そっくりね。本物みたい」
母は楓の体を触ってみる。腕から顔の頬までまるで人間の肌の弾力があり、そこには本当の楓がいるという錯覚まで感じる程の出来映えであった。母の涙がまた零れ始める。嬉しさくる涙なのか悲しさからくる涙なのか林太郎はなにも言う言葉がでなかった。
「本当に楓ちゃんがいるみたいね。あ、ご飯たべちゃって冷めちゃうから。楓ちゃんも食べる」
林太郎はその時母の楓ちゃんも食べるという言葉が気になった。ロボットがご飯など食べるのであろうか、機械なのだから電気で充電するのが当たり前なのではないだろうか、と、林太郎は頭を傾げた。
「ロボットて飯食うの」
「ロボットはご飯くうわよ。人間だってご飯食べるでしょ。ロボット人間と同様一緒に食事をするわよ。」
「普通ロボットて電気で充電するもんじゃないの」
「それは昔の話よ。今のロボットは不要の生ゴミや廃棄処分の粗大ゴミを燃料にしてエネルギーを作っているのよ。だから普通にご飯を一緒に食べても燃料になるから問題ないのよ。」
「へえーそうなだ。はじめて知ったよ」
茶碗にご飯を装い楓と林太郎の分をテーブルに置いた。
「さあ二人とも召し上がれ」
二人はテーブルに座ると卵焼きとご飯を交互に食べながら味噌汁を啜った。楓の箸を持つ手をどこかぎこちなく箸を二つ握りお茶碗を持ちながらご飯をかきこんだり。卵焼きを箸で刺して口の中にいれて食べていた。その光景に林太郎はまるで五歳の子供がまだ箸の使い方が分からないから、器用に食うことができない幼い子供を連想させた。
「楓箸はこうやって使うんだよ」
と、楓に箸の使い方を林太郎は丁寧に教える。
母は二人の食事を見ていたが、「あ、洗濯物しなくちゃ」と、二人の側から離れた。
浴室に母の和泉は一人で泣いていた。声を押し殺しながらぽろぽろと落ちる涙は床を濡らした。体の力は抜け、膝を落とすと背中を丸め唇を噛みしめる。
「私がいけないんだわ。こんな悪夢を作りだしたのも私のせい。楓ちゃん。林太郎。私がいけないのよ。私が林太郎を……林太郎なんていらなかったのよ。見ているだけで辛いわ」
苦しそうに息をしながら、鼻水と涙は綺麗な床のフローリングを濡らし続け、乾く暇も与えなかった。