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「被告人が被害者であるイゼベル・ウィグナードさんを殺害しようとした事は明白であります。その上罪を認める事も反省する様子もありません。魔力をつかったその残虐な犯行方法も踏まえて、彼女に死刑を求刑します」
検事エンベーシさんの低い声はよく響きます。
セイリーさんの言ったことは脅しではなかったみたいです。
死刑。遠い世界のお話のように感じるのに、
なんで私が。心が土足で踏みつけられたような怒りや憎しみが湧き上がります。
傍聴席は人がぎゅうぎゅう詰めにされていて一人一人は小声で喋っていても
嵐の前触れの怖い風のようなさざめきがどんどんと増していきます。
気持ち悪い。
払いのけたくなるその声を裁判長が止めました。
「静粛に。弁護人何か反論はありますか?」
「はい。彼女は確かにイザベルさんを傷つけてしまいましたが、決して殺意があったわけではなく衝動的な犯行でした」
「被告人。弁護人の言葉は本当ですか?同意やなにか発言したいことがあれば書き出しなさい」
魔力をつかって暴れるのを防ぐため裁判中も首輪をとってはもらえなかったのです。
私は何度も何度も何百回と書き続けた心からの真実を言葉にします。
「弁護人。読み上げなさい」
弁護人の方はそれをみて顔を歪めていましたが渋々といった様子で
「読み上げます。ー私はやっていません。瓶を探してください。瓶に私の魔力が入っていたはずー」
床が揺れるくらいの大声で皆わめき立てと傍聴席は暴動が起ったようでした。
「クズ!人間のクズ!!」
「そんなことできるわけねーだろ!!!」
私への非難が真っ先に耳に入り悲しい気持ちになりました。
大丈夫。信じてくれる人はいる。カイ君はきっと信じてくれる。
「静粛に。検事、被告人の発言を受けて何か言いたい事がありますか?」
「はい。彼女の言ったような瓶は現場で見つかっておりません。又攻撃的な魔力の保存は今の技術では無理であることを主張します。そして被害者に残った残留魔素は間違いなく被告人のものなのです。ご覧ください」
エンペーシさんの部下が用意したのは取り調べ室で見た彼女の事件当時の服でした。
それを見せられなくても確かにあの時彼女を抱き起こした時に見たあの魔力の色を忘れる訳ありません。
「被告人の魔法局で定期検診の時の魔力と比較した魔力検査の報告書も提出しています!これは間違いなく彼女のものです」
「被告人。この魔力はあなたのもので間違いありませんか?」
「ー魔力は間違いなく私のものですが私はやってないですー」
「被告人。聞いたことだけに答えてください。この魔力はあなたのものですか?」
「ーこれは私の魔力ですー」
弁護人もエンペーシさんも笑ったような気がしました。
「やっぱりお前が犯人じゃねえか!」
「死刑だ!死刑にしろ!」
悔しいのか悲しいのか涙がにじみます。
私が犯人だと思われてしまう事実はみんな信じるのに、
私が犯人じゃないと主張には全く耳を傾けてもらえない。
「裁判長!証人の発言の許可を願います。被告人が取り調べでずっと話を聞くように訴えていた被害者の護衛の1人モーリスです」
「許可します」
それはあの時私を取り押さえていた人。実際に現場を見た人。
「モーリス。事件が起こった時被告人と被害者は部屋で2人きりだった。そして扉の外であなたとあなたの上司は待っていた。間違いありませんか?あなたが見たことをお話しください」
「はい間違いありません。店には私たち4人だけで先輩と私は部屋の扉の前で立っていました。物音がして叫ぶような声が聞こえたので中に入るとお嬢様が倒れていて彼女はそのすぐそばにいました。先輩がお嬢様を助け出し私は彼女を取り押さえ警備団が来るのを待ちました」
「被告人はその警備団を待っている際不審な瓶を目撃したと主張しており、あなたも一緒に見たと言っていますが覚えていますか?」
「いいえ。記憶にありません。そのような瓶もなかったと思います」
「あなたは瓶を見なかった?」
「はい」
「ふ…!うぅうう」
「裁判長、以上です」
『嘘だ!嘘だ!嘘だ!』
「被告人、落ち着いて。弁護人何かありますか?」
「事件直後の被告人の様子はどうでしたか?」
「とにかくわめいて手のつけようがありませんでした。どうしても捕まりたくないようでした」
「…わかりました。以上です」
これは誰の話なの?
セイリーさんに犯人呼ばわりされるのも
弁護人に信じてもらえないのも
しょうがないと思う部分もありました。彼らは事件自体を見てないから。
でも彼は。
嘘つき。なんでそんな嘘つくの。
人ってそんなに簡単に嘘をつけるの。
それとも本当に私の偽証だというのでしょうか。
「被告人は被害者の友人の男性にひどく執着していてその男性の名を出しただけで急に攻撃魔法で被害者を襲い、死に至らしめようとしました」
違う。違うよ。
どうしてあの時の状況が全部私に悪い方悪い方へと語られるのでしょう。
真実が少し含まれているのが恐ろしく。それでも私の中の真実では到底ありませんでした。
「わが国では魔法を使った傷害事件は厳しく罰を与えるべきだと思います。自分の勝手な嫉妬心で魔法を使って襲う卑劣で人を人とも思わぬ鬼畜の所業。そして被告人はこれまでひとつも反省の言葉を述べていません。許されることなのでしょうか」
許すな!許すな!投げかけられた問いに傍聴席がざわざわと蠢くのを背に感じました。
裁判長は静かにずっと変わらぬ態度でいて。
「被告人。ここまで裁判をやってきて何か言いたいことはありますか?」
反省の言葉を言えば助かるのでしょうか?
あの時あの場にいたこと自体が罪だったのでしょうか?
「ー私はやっていませんー」
飛び交う罵声の中。裁判長は閉廷を告げました。
どうせ死刑になるのなら。
やっていない罪を背負うのなら。
自分を捻じ曲げたくはありませんでした。
最後まで素直で嘘のない自分でありたかったのです。
正解か不正解かはわかりません。
この裁判が正義だというのであれば
世界に私にとっての正解はないのかもしれません。