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【第二章・機械と書いて、カラクリと読む】


「たまには、作りたての温かい料理が食べたいわね」


 カラフルな湯飲みに緑茶の粉末を入れ、片手にポットを持ちお湯を注いでいた。


 今日の朝食のメニューは、海苔(のり)が巻かれて中に(さけ)の切り身が少し入っているおにぎりと、トマトとキャベツ二種類の野菜が挟んであるサンドイッチ。

 卵焼きと小さなウィンナーが二本、別の皿に()えられていた。


 ただしこれらの料理は全て、何時間も前に作られていて、既に冷たくなっている。

 唯一温かいのは、先ほどのお詫びとして追加された、クルトン入りのコーンスープのみ。

 

「仕方ないじゃありませんカ。この列車にある食べ物は、既に完成された状態で、支給されてるんですヨ」


「だったら電子レンジで、温めれば済む話でしょ?」


「電子レンジを搭載(とうさい)した列車なんて、見たことありますカ?」


 質問を質問で返す会話が、緑茶一杯分飲み終わるまで、揺れ動く列車内で続いていた。

 

「ポットがあるんだから、電子レンジくらい一緒に持ってればいいじゃん!」


「ポットで沸かしてるんじゃありませン。サモワールです、いい加減覚えてくださいイ!」


「ポットもサモワールも、どうせ同じ物でしょ?」


「サモワールは元々列車に付いている機械で、それでお湯を沸かしているんでス。サラさんが持ってるそのポットは、注ぐ為だけに用意した道具ですからネ」


 最後は喧嘩(けんか)になる一歩手前のところで、ポットの会話は終了した。

 そんな理由で私が列車内で食べる食事に、温かい食べ物が出されたことは、これまで一度も無かった。


 もし食べたければ列車から降りて、異世界のお店でお金を払うしかない。

 

「そういえばサラさん、未だに過去の記憶は戻らないんですカ?」

 

 そう、今こうして運転士と話している私は、実を言うと記憶喪失(きおくそうしつ)なのだ。

 この世界に来る前の記憶は、一切覚えていない。

 ここへ来た時に最初から無かったのか、もしくはとても長い時間が経過し忘れてしまったのか。


 今ではそれすらも、分からなくなっていた。

 

「あんな口喧嘩をして、思い出せてたら苦労なんてしないわ。」


 テンサンが私のことを゛サラ゛と呼んでいるが、もちろんこれは本当の名前ではない。

 この世界で使い始めた、(いつわ)りの名前なのだ。


 テンサン(いわ)く、私をこの世界で初めて見つけた時は、何も持っていなかったらしい。

 荷物が入ったバックも無ければ、ポケットにスマホすら持っていなかったので、自分が何者なのかを証明する物は所持していなかったのだ。

 

『君ぃ、名前が無いのかイ?それは困ったネェ…そうダ!私が決めてあげるヨ!名前が無いと不便だし、そのほうが私も楽に会話できるしネ』


 そう言って彼は私に名前を与えた。

 ちなみにサラという名前を選んだ理由なんだけど…

 

『君のその(あお)い髪、とても綺麗(きれい)でサラサラしてるね…。良し、今日から君の名前をサラにしよう!』


 ここでも、彼の凶悪なネーミングセンスが、私に牙を向く。

 しかし、いざ自分で名前を考え、今後使用することを考えると、全然思い付かないのだ。

場合によっては、とても恥ずかしい思いをする可能性があるだろう。


 …だから仕方なく、仕方なく、私は現在この名前を使っているのだ。

 

「もう一度記憶喪失になって、やり直せないかなぁ」


 二杯目の緑茶を飲むため、もう一度湯飲みに粉末を入れお湯を注ぎならが、小さなため息を(こぼ)した。

その横でテンサンは、私が平らげた朝食のお皿を素早く片付けている。


「もしかして、まだ名前のこと気にしているんですカ?」

 

「他にもっと良い名前とか無かったわけ?」

 

「ン~。他に思い付くとしたら、美しい女性ということで、『エリザベス』とかはどうでしょウ!?」


 恐ろしい名前を聞かされ、絶望に染まった顔を小さな手で覆い隠した。


「あら~サラさん、どうかしましたカ?お腹の具合でも悪くなっちゃいましタ?」


 ここまで酷いと、泣きたくなってきたまである。

 

「ところでサラさン。そろそろお代の方を、頂いても宜しいでしょうカ?」


「悪いけど、冗談は一回だけにしてくれないかな?」


「いやいや、こっちは冗談では無いですヨ!」


「え~っ、サービスって言ったじゃん!?」


「それはスープのことです。貴女こそ冗談なんか言ってないで、ほら早く早く」


 不貞腐(ふてくさ)れた顔をしながら、テーブルの端に置いてある、小さな箱に手を伸ばす。

 箱を開けると光輝く黄金の金貨が、ぎっしりと入っていた。

 その中から親指と人差し指で一枚、摘まみながら取り出す。


「はい、これで良いんでしょ?」


 その金貨を真っ黒な手袋を着けた、彼の手のひらの上に置いた。


「金貨一枚、確かに受けとりましタ」


 そう言って彼は金貨を握りしめながら、一両目に入っていった。


 驚くことにこんな異世界のような場所でも、お金のやり取りがちゃんと存在するのだ。

 この列車では、一食につき金貨一枚、支払うことになっている。

 朝昼晩と食事をとれば、一日で三枚金貨を使ってしまうわけだ。


 もし、金貨が無くなったら、どうなるのか?

 恐らく食事は貰えないだろう。そうなったら、今度は私が彼に何かしらのサービスをすることになるのだろうか。

 そんな事をするぐらいなら、はっきり言って死んだ方がマシ。


「女子高生なのに、まさか金貨の為に働くことになるなんて…」


 そう呟きながら私は、金貨の入った箱を静かに閉じた。


  ――現在の残り金貨『五十八枚』


 その後朝食を終え一両目に戻り、お湯で()らしたタオルで、体を拭く。

 勿論この列車には、シャワーなどの設備は一切無く体を綺麗にするには、この方法しか無かった。

 体質なのか汗などは、あまりかかないけど、やっぱり気になってしまう。

 精神的に身だしなみは、いつも綺麗でいたいのだった。


 こういう時だけ、私以外に人が居なくて良かったと思う。

 体を拭きながら窓の外を眺めていると、霧が少し晴れてきた。


「急がなきゃ…」


 体を拭き終え壁に掛けてあった制服を手に取り、着替え始める。

 着替えが終わる頃には、霧は大分無くなっていて外の景色が見えるようになってきた。

 列車の窓を開けると、辺りは海に囲まれ波の音と、うみねこの鳴き声が聞こえる。


「この列車、海の上を走ってるよ」


 厳密(げんみつ)に列車は海のど真ん中にある、一本の線路の上を走行しているようだ。

 進行方向に顔を向けると、そのとても長い線路は一つの大きな島へと続いている。


「あれが今回、私が降りる世界…」


『 ――次止まります。次の停車駅は…カラクリトウ』


『次の停車駅は…カラクリトウ』


 車内アナウンスが鳴り響き、それと同時にテンサンが運転室から出てきた。


「綺麗な海に囲まれてるのに、何だか殺風景(さっぷうけい)な島ですネ~」


 そう言いながらポケットに手を入れ、何も書かれていない真っ白な切符を私に差し出す。

 切符を受け取り両目で凝視していると、文字がにじみ出てきた。

 やがて一枚の立派な切符に出来上がり、機械島(きかいじま)と書かれている。


「これ何か違くない?アナウンスだと『カラクリトウ』って放送してたけど、切符には機械島って書いてあるわよ?」


「多分ですが、機械島と書いて『カラクリトウ』って読むんですよきっト」


「ふ~ん、なんだか面倒くさい世界ね。ちゃんと人が住んでるんでしょうね?」


「名前からして、島にロボットとか居そうですネ!」


「そんな事はどうでもいいの!私は早く宿を見つけてシャワーを浴びて、ふかふかのベッドで眠りたいの!」


「それは良いですが、仕事の方もお忘れなク」


「分かってるわよ、そんなこと…」


 切符を持ちながら座席の端っこに置いてある、小さなリュックサックを引っ張り出した。

 リュックサックのファスナーを開けて、中に様々な物を入れていく。

 その中には、先ほど使った金貨が入った箱もある。

 この金貨は列車の中だけでなく、外の世界でも使えるお金でもある。

 この金貨を使って宿に泊まったり、道具を購入したりするのだ。

 勿論このリュックサックも、中に入れてる物を全てこちらの世界に来てから買った物だ。


 島の近くまで来ると列車は減速し、港のような駅に停車した。

 ずいぶん古びた駅のようだ。しばらく使われていなかっただろう。

 荷物の入った小さなリュックサックを背負い、扉の前に立つ。


「それじゃあ、行ってくるから」


 受け取った機械島と書かれた切符を、テンサンに向けた。

 それを見た彼は腰にぶら下げていた、黒い改札鋏(かいさつばさみ)を手に取り、切符を一回切った。


『 ――扉開きます。足元にご注意下さい』


切符を切ると扉が開く。


「お気を付けて、お仕事、頑張ってくださいネ」


 その言葉に私は返答することなく、開いた扉に向かって歩き始めた。


 列車から外の世界へ出ると冷たい風が全身の肌に触れ、潮の匂いが嗅覚を刺激する。

 頭上からは晴天の青空が広がり、眩い太陽の日光がポカポカと全身を暖めようとしている。


「やっぱり外にいた方が、断然気分がいい」


 列車は扉を閉め、再び動き出した。

 動き出す列車の窓が開き、テンサンが頭だけひょこっと出してきた。


「何度も言いますが、仕事が終わったら必ずまたこの駅に戻ってきくるようニ!そうしないと何時まで経っても、列車は戻ってきませんのデ。くれぐれも忘れないで下さイ!」


 そう言い残し、彼は窓を閉めた。


「しばらくは、あのうるさい運転士の声を聞かなくて済むと思うと清々(せいせい)するわ」


 段々遠ざかっていく列車を見ながら、私はふと思った。

 列車という言葉を使うと、蒸気機関車を思い浮かべる人もいると思うが私が乗っている列車は、大都市などで使われている電車の形をしている。

 外装は至ってシンプル。上半分が白色で残り下半分は赤色で塗られている。


 あとは103という数字が、壁に描かれている。

 3という数字の横にもう一つ数字が書かれているのだが、塗装が剥がれている為、何の数字かは分からなかった。


「いつ見ても、あの列車って不思議な感じがするわね」


 そんな事を考えていると、いつの間にか列車は視界から既に消えて見えなくなっていた。


「取り敢えず、まずは宿探し。その後時間が余ったら、観光がてら住民の話を聞いていこう」


 回れ右をして体を島の方に向ける。島の中心へ進んでいけば、大きな街にでも着くだろう。

 そんな安直な考えをしながら歩き出した。


『ガンッ!』


 足に何か硬い物が、当たった感触と音がした。

 視線を自分の足元に向ける。


「何…この子?」


 尻餅をついた状態から、手を使って立ち上がる。

 白くて丸い、小さなロボットのような物が、私の前に立っていた。



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