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【第一章・寝起きの少女】

 

「微かに人の声が聞こえる?いつもならこの場所には、私以外は誰もいないはずなのに…」

 

 霧に包まれた駅のホームを見渡す私は、小さな声でその言葉を口にしていた。

 まるで隣に誰かが居て、今起きている現象を説明するかのようにゆっくりと話す。

 しかし、動揺は隠せていない口調だった。

それだけ少女にとって、自分以外の声が聞こえてくる事が異常だったのだろう。


 ホームを覆う霧はとても濃く、近くの建物でも薄っすらしか見えないほど酷い。

 下手に動けば障害物にぶつかったり、ホームから線路に転落する可能性がある為、少女はその場を動かずただ耳を()まして声を聞き取ろうとした。

 

「何かを話している様だけど、声が小さすぎて聞き取れない。」


 男性か女性か判別するのが、困難なほど小さかった。

 そして独り言なのか、同じ声しか聞こえてこない。

 だけどこの人物が、泣いているのは分かった。

 息や声を詰まらせながら話し、時折鼻水をすする様な音も聞こえたからだ。

 嗄声(させい)のように、かすれていて(うるお)いも無かった。


 おそらく長いこと大声を出して泣いていたと思うが、一体何故そこまでして、この人物は泣いているのかは今の私には、理解することは出来なかった。


 状況は変わらず時間だけが進む中、もどかしくなった私は今まで動かさなかった右足を、一歩前に踏み出した。

 戸惑った感じに出した右足だが、私にとってこの状況は初めての出来事だ。

 今と同じ状況が()()もあるとは限らないと思ったのだろう。

 勇気を出してさらに前に進もうと、震えている左足に意識を集中する。

 呼吸が少し早くなっているのを、自覚しながら私は左足を前に押し出した。


 ――突然視界が真っ暗になった。


 ブラックアウトしたと同時に、体が軽くふわっと浮くほどの激しい縦揺れと緊急停車をしたかの様な車輪とレールが擦れる音が、私の鼓膜を躊躇(ちゅうちょ)なく襲った。

 一度に多くの出来事に私は、何が起こったのか分からず軽くパニックになる。

 数秒経つにつれ騒音も少しずつ消え、揺れも収まっていた。


 そこで初めて私は目を開けてみた。

 暗くて見づらいが列車の床が見える、それもすぐ目の前だった。

 加えて右頬に平面で冷たい感触が伝わってくる。

 やっと体の感覚が戻ってきて、自分が逆さまになっていることに気付く。


 大方理解してきたので説明すると、私は先ほどまで列車の座席で熟睡していた。

 毛布に包まって、まるで羽化(うか)する前の(さなぎ)のような姿で眠っていたのだ。

 しかし何らかのトラブルの為に、列車が緊急停車した反動で体が座席から離れ、顔面からダイレクトに床へ落ちたようだ。

 視界が暗いのは毛布が上から、覆いかぶさっているからだろう。

 毛布を取ればきっと、お間抜けな姿が(あら)わになる。


 そんなことを気にせず私は、覆いかぶさっていた毛布を勢いよく蹴飛ばした。

 冷たい床に胡坐(あぐら)をかき、紙を無造作に丸めた様な顔であくびをして、ボサボサの頭を片手で直していた。


「いやぁ参りましたワァ~。()()さんはお体の方、大丈夫ですカ?」


 先頭車両の運転室から慌てる様子もなく、()はズカズカと吞気(のんき)な感じで歩いて近づいてきた。


()()()()。こんな激しいモーニングコール、頼んだ覚えはないんだけど?」


 私が遠まわしに言った皮肉を、笑って受け流している彼はこの列車の所有者であり、ただ一人の運転士である。

 見た目はどこにでもいる運転士の服装をしているが、その服の色は上下ともに真っ黒であった。

 そして、唯一露出されている顔の部分は、まさかの真っ白だった。

 色白男と言いたい訳ではない、本当に真っ白なのだ。

 確か妖怪にも、同じような顔をしているのがいたっけ?


 ――あぁ、思い出したよ『のっぺらぼう』という名前だ。


 目を凝らしてみると、その顔面には一応付けてありますよと言わんばかりに大きくて丸い眼球と口が存在する。

 しかしそれらも白いので、パッと見では分かりづらい。

 ここまで説明して分かると思うが、アレは人間ではない。


 人間の姿をした()()だ。


 だから男かどうかも分からない。

 声が男性っぽかったので、私が勝手に決めさせてもらった。

 音程が少し高めの、40~50代の中年男性のような声だった。


 ちなみに彼は自分の事を『テンサン』と紹介した。

 自分が所有するこの列車に、103の番号が書かれているからだと彼は言う。

 ぶっちゃけネーミングセンスは、お世辞にも褒めれるレベルではなかったようだ。

 

「さっきの揺れだけど、いつものより結構大きかったよね、何か問題でもあったの?」


 この列車では小さな縦揺れは度々起きる。

 何度も経験していると軽いリアクションで済むようになったけど、列車が緊急停車したのは今回が初だった。

 濃い霧の中を走っている最中に列車を止めるのは、よほどのことがあったに違いない。

 私は髪を結ぶためにヘアゴムを口で咥え、両手で後ろ髪をかき集めながら質問した。


「特に問題は無いですヨ。ただ居眠りいてたらドカンって来たので、ビックリしちゃった反動でブレーキを掛けちゃいましタ!」


 …どうやら私は無駄な心配をしていた様だと分かり、とても損をした気分を味わった。

 というかこの運転士は、先ほどまで居眠り運転していたのかよっと心の中で静かにツッコミを入れた。

 この列車は設定次第では自動で走行するらしいが、それでも何か問題が起きる可能性がある以上、起きていてもらわないと困るのだが。


 そんなくだらない事を考えていたら、いつの間にか列車は再び動き出している。

 まるで何事も無かったかのように、同じ速度で走行していた。

 その少し後に私は自分の髪を上手く結び終わり、いつものポニテヘアに仕上がっていた。

 

「ホント申し訳ありませんネ、せっかくのお休みの最中でしたのニ」


 丁寧な口調で謝罪をしているように聞こえるが、私からしてみたら感情が込められているとは到底思えない。

 あくまで運転士の立場として謝罪しているだけであって、彼自身には他人に迷惑を掛けたという気持ちは微塵も感じていないだろうね。


「それはもういいわよ。しばらく刺激の無い平凡な日常が続いてたから、たまにはこういうドッキリ的なこともあっても良いかもね。ただしアンタはしばらく居眠り禁止だから。緊急ブレーキ掛けなければ、私は冷たい床に顔面タックルして、間抜けな格好を晒すことはなかったのよ」


「そんなこと無いですヨ。遠くから見てましたけど、とてもキュートで可愛らしいお姿でしタ!サラさんのあんな姿はなかなか見られませんから、ワタクシにとっては貴重なお宝シーンでス」


 あんな高い所から床へ叩きつけられたフィギアのような姿が、彼にとっては可愛いらしい。

 やっぱり彼は外見だけでなく、中身の方も人間とは色々と違っているようだと再確認した。


「そこまでいうなら、()()を取っても構わないよね?テンサンにとっては、それほどまでに価値のある物が見れたことだしさ」


「ソレとコレとでは、話は別ですかラ~。でも朝食にサービスぐらいは、付けてあげても構いませんヨ!」


 背を向けた私に対し彼は代わりの条件を提示して、なんとかこの場をやり過ごそうとしている。

 こんな杜撰(ずさん)な感じに仕事をしておいて、以外にもお金に関してはうるさい男なのだ。

 現実世界で働いている大人達も、みんなこの男のようにお金に、がめついのだろうか?

 ()()()()()()()自分にはとても疑問だった。


 そんな事を考えている間も、彼は私の後ろでずっと喋っている。

 『今日も髪がサラサラで綺麗ですネ!』とか『晴れた日の青いモルディブの海のような、その透き通った髪の色とか最高でス!』などなど…。


 最後の方は髪の毛のことしか言わなくなった。


 これ以上待っても条件を変えそうな雰囲気が無かったので、仕方なく私は先ほど提示された朝食のサービスで手を打つことにした。


 「分かったから、もう(おだ)てるのはやめて。その条件でいいし、どうせテンサンが私に()()でお金をくれるなんて思っていないから」


 その言葉を聞いた途端、先ほどまで褒める内容を頑張って考えようとしていた彼の顔は、困り顔から笑顔に瞬時に切り替わった。


 「さっすが我らがサラさんでス!サラさんならきっと、分かってもらえると思っていましタ」


 むしろ私が困るからだ。


 こんなしょうもないやり取りが、永遠と繰り返されると思うとゾッとする。

 それなら早々に承諾したほうが、良いと判断したまでにすぎない。

 この男だったら本当に、同じ言葉を死ぬまで繰り返すことを見事やってのけるだろう。

 この訳の分からない生物に、寿命というものが存在しなければそれこそ永遠にだ。


「それより本当に何も問題は無かったのよね?今まであんな激しい揺れなんて、一度も無かったじゃない」


 今まで背中を向けていた私は、やっと彼の方に体を正面に向けて呆れた顔で質問した。


「ざっと確認しましたが、目立つ様な傷などは見当たりませんでしタ。現在列車は走行していますけど、車輪から異音なども鳴ってはいませんシ。」


 さすがに自分の所有物なだけあって、ちゃんと車両の安全確認はしただろう。

 仮に問題があって何日もこんな所で、立ち往生されてもそれはそれで私が困ってしまう。

 とりあえず今は彼の言葉を信用した。

 

「…それならいいわ。じゃあ早速で悪いんだけど、朝食の用意をお願いするわね」


 そう言いながら私は再び運転士に背中を向けて歩き出す。

 パジャマ姿のままスリッパを履き、この列車の二両目へと入っていった。


 

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