洋犬のようにねだる君は
以前、檸檬 絵郎さまのかっぽうミニ企画に参加させていただいた時のものです。
お題「『ハリセンボンは膨らんだ。』で始まり、『彼女の行方は、誰も知らない。』で終わる短編小説または詩」
ハリセンボンは膨らんだ。
「500円になります」
俺は財布から500円を取り出しながら、向こうで待つ彼女に想いを馳せる。
思えば彼女は、最初からそこら辺にいる女の子と醸し出す空気が違った。
桜舞う中、俺が勧誘のビラを配りを終えて戻って来た我がサークルのブース前で、連れの女の子と一緒にパイプ椅子に座っていた彼女。
しつこい九官鳥のように喋り続ける連れの女の子とは違い、肩でカールされた栗色の髪を揺らしてうなずく彼女はまるで品のいい洋犬。
「あ、あの。何学部?」
俺は思わず、話しかける。
「文学部です」
その時の上目遣いの魔力は、季節がもう夏の終わりに足を踏み入れようとしていても、俺の心を締めつけ続けていた。
今、そんな思い出を振り返りながら、俺を待つ彼女のもとへと向かう。
小さな水族館が併設されたショッピングモールで、彼女と過ごした最初のデートが終わろうとしている。
「初デートの記念に何か、欲しいな」
そう上目遣いで発した言葉を受け取り、たぶん誰も買わないであろうからこそ特別感が出るような、二メートルくらいある、店員さんに膨らませてもらったばかりの……
「じゃーん!ハリセンボンの特大風船だー!」
彼女は空に浮かぶ特大風船に向けて、上目遣いを硬直させて一言。
「い、いらねぇ……」
あれから、サークルにも姿を見せなくなった彼女。
彼女の行方は、誰も知らない。