夜の中の輝き
盗賊ってやつのことは、誰もがみんな”悪人”だと思ってるんだよな。
けど、如何わしい職業に就いてるからって、すべてがクズな人間ってわけじゃねえ。
例えばクルト=カーター。
いやまあ俺のことなんだけど。
泥棒の中でも、とくに信心深く、自分が生きるための盗みしかやったことがねえ。
それは本来、自分が持てるものより多くを持ってしまった者は、その超過ぶんの不幸も抱え込むことになるっていう、ありがたい娼婦の教えから来てるんだ。
ーー?
俺の神は娼婦かって?
いや、それはただの母ちゃんだよ。
・・・でもまあ、何だっていいじゃねえか。
とにかくまともな生まれの奴には、解らねえってことだ。
悪事に手を染めなければ、今日の晩飯にもありつけない、惨めな人間のことを。
タバコを吸うには、人の投げ捨てたシケモクを拾って、そいつの唾までなめなきゃならない下層階級の生き物を。
ーー 見てろよ。
世の中のやつら、きっといつか驚くことになると思うぜ?
クルト=カーターって仁義に篤い盗賊が、世界を巻き込むような大騒動を起こしてしまうことにな。
それは、ほんの小さな盗みから始まっていったんだーー
ーーーーーーーーー
彼は駆けていた。
背は低く、辺りは闇夜だったが、音もなく街裏を走り抜けていく様は、エサのかかった肉食獣を思わせる。
「ははっ。今日はいい客がいたもんだぜ!」
盗賊クルトは、日頃から知りつくした宿屋の部屋割りを思い出しながら、こみ上げるような笑いを顔に浮かべていた。
たとえ場末の宿屋でも、客は侮っちゃいけねえ。
何度も自分に言い聞かせていた言葉だが、今晩ほどそれを実感したことはなかった。
「あいつはたぶん、訳ありの魔術師だな。じゃなきゃ体に一つも身に付けていないのに、こんなに宝飾品を抱えてるはずがねえ」
懐に入れた小袋の重みを確かめながら、クルトは抑えきれない高揚に身をふるわせた。
どんなに高額の盗みを働いても、そこから八割は持ち主に返すのが彼の信条だが、今夜ばかりはそれも忘れたいところだ。
(・・・けど、それをやっちゃあ盗賊は長くは生きられねえんだよな)
あとで盗まれたものが戻ってきたことで、してやられた被害者の恨みはいくぶん和らぐことになるし、警吏の追っ手もそれほど厳しいものではなくなる。
場合によっては、今回のように公にしたくないような盗品もあるだろうが、そういうものこそ手元に置いておけばヤバイことになる。
足がつけば盗賊はすべてが終わりだ。
クルトは夜半の街を駆け抜けながら、表情を引き締めていった。
ーーーーーーー
そこは、『リラ』と呼ばれる街から四半日ほどの距離にあった。
やや峻険な高山帯であり、地元の者でもまず足を踏み入れることはない。
だが、山賊などの棲み家にもなっているその山が、クルトにとっては最高の隠れ家になっていたのだ。
「・・・追い剥ぎなんかして、人を殺すことを屁とも思わない奴らには、俺の秘蔵部屋なんて見つかるはずもないからな・・・」
彼はそう呟き、崖の中腹にある横穴を見上げ、一人ほくそ笑むように立っていた。
まずこんなところに人が登れるとは思わないだろうし、ヤツら ーー 悪名高い山賊 ーー がいるおかげで、狩人などの一般人が寄りつくこともない。
岩壁をのぼり、穴の奥にたどり着くまで、さして時間がかかることはなかった。
(さて・・・。ロウソクなんかの一式は、どこへ置いたかなっと・・・。
いやー。今回の”お宝”の選別は、迷いそうだなぁオイ)
またいやらしい角度に唇を曲げ、クルトは胡座をかくように座っている。
足の間に置いた袋は、今年19歳になろうかという彼でも、記憶にないほどの重みを返してくれていた。
二割だけをそこから頂くといっても、簡単に素性がバレるようなものを捌いては、盗賊の名折れだ。
「しかし・・・うおお! 何じゃあこれは!!」
宿屋の暗室で一度確認したことではあったが、その小袋に詰めこまれた宝石は、やはり尋常なものではなかった。
ロウソクのおぼろげな光の下でも、重厚感のある、異質な輝きに満ちていることが分かる。
こ、これは ーー!
スター・トルマリン、コーラル・ダイヤモンド、アレキサンドライト・キャッツアイ・・・
(これなら八割返したとしも、街の一等地に平屋が建っちまうよ!)
思わず鳥肌が立ってしまったクルトは、情けないことに袋を一度閉じてしまった。
そして、長い時間をかけて呼吸を落ち着けると、無造作に放り込まれていた宝石たちを、敷き布の上にひとつひとつ並べていったのだった・・・。
「んん・・・?それにしても、これはもともと盗品の集まりなのかなあ?
もし、あの魔術師が、俺たちの”お仲間”だってんなら、あんなスキだらけな旅をしてるのは腑に落ちねえがーー」
ペンダントやピアスなど、様々なものに加工された鉱石を取り出しているうちに、青年はそんな疑問が頭をよぎるようになっていたのである。
思えば、怪しいことだらけだ。
あの男の身なり、この隙のない、高貴なジュエリーの数々。
・・・そして、まるで”盗ってくれ”と言わんばかりのような、スカスカの宿への泊まり・・・。
(な~んか・・・嫌な予感がしてきたぞ)
そう、クルトが思い始めたころだった。
”いや、あの魔術師はお主に感謝してると思うぞ? 何しろあやつは、あと一つ二つ貴婦人から宝石を奪っていれば、死ぬしかなかったじゃろうからの”
それはどこから聞こえて来たのか。
おそらく背筋が凍ったのは、指先が”触ってはいけないもの”に触れてしまったからだが、まるで濡れた唇でささやかれたようなその声は、洞窟の天井から聞こえてきたような気がした。
「うわっ!」
思わずクルトは、小袋ごと中の何かを投げ出してしまったのだが、その女の声は、まったく平然と続いている。
「ふっ、ビビリじゃの、お主は。まあそういう反応も、儂は慣れっこじゃがの。そこらのクズ石では、到底我が身を傷つけられるものではないわ」
その時初めて、クルトは頭の上に黒いモヤのようなものが漂っていることに気がついた。
そして、その人の手の平ほどの煙に言われると、また袋の中身に腕を伸ばしていたのだった。
「ほ、本当に、これがお前なのかーー?」
恐る恐るたずねるが、そんなことで何の確証も得られるはずがない。
だが、クルトの手に握られていたのは、クリスタルの表面に覆われた、鮮やかなブルーコンパクトだった。
「・・・うりうり。中を確認してみろ。目がつぶれるぞ」
魔道具の類いかは知らないが、おいそれとそんなものに関わるわけにはいかない。
青年はぎりっと歯噛みすると、そのコンパクトを持ち直し、袋の中にほかの盗品たちといっしょに戻していったのだった。
「あっ、こら! お前はもう、助からんのだって!
どんな理由があれ、儂を手に取った物は、儂と自分の欲望を叶えるしかないのじゃ! だがその代わり、お前はこの世のどんな物でも手に入れることができる。それは、悪魔の系譜に匹敵する、絶対の掟なのじゃ!! 」
あわててそのコンパクトは説明するが、クルトは話を聞こうともしない。
さっさと例の魔術師へ返そうと、また懐に宝石たちをしまいこんでいった。
まだ夜明け前で良かったぜーー
胸を撫で下ろし、彼は洞窟の入り口へと足を進めていく。
「待てと言うに、この・・・!」
こけけっ!!
ふよふよと、足下を飛んでいた黒いモヤのせいでクルトはつんのめることになった。
「あー・・・」
そしてそこは岩壁の出口になっており、彼は眼下にひろがる森の闇へと、生まれて初めてのスカイダイビングで落下していったのだった。