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怪異探究行

オウム真理教とはなんだったのか。

作者: 藤代京

 

 端的に言ってしまうとオウム真理教とは、自らが黒魔術結社であるという自覚と能力がないままに宗教団体であると勘違いし続けた集団である。


 黒魔術結社である自覚と能力と欠如。


 言ってしまえただそれだけだが、それだけであれだけの大事になってしまった。



 黒魔術結社とはなにか。



 色々定義はあるが、「私」を殺せずに「私」をひたすら通そうとして狂ったり、先細りになっていく連中のことである。


 肥大した自己愛を制御できずにオカルト方面にぶれるとそれは黒魔術になる。


 これが政治と暴力にぶれるとテロリズムになる。


 どっちにぶれるかは、その当人の資質次第だろう。


オウム真理教が行っていた超能力を得るための修行なんか、それ宗教じゃないから。ただの肥大して膿んだ自己愛だから。


 求めているのは真理ではなく、スペシャルな「私」

 それを変に綺麗事で覆うから、ますます膿んでおかしなことになる。


 

 オウム真理教に自分らは肥大したエゴをオカルティックな方法で満たしたいだけの黒魔術師であると自覚があれば地下鉄サリン事件なとは起こらなかった。


 粛々と国家転覆の大呪法を行っていただろう。


 しかしオウム真理教にはその自覚も知識も能力もなかった。


 ゆえに地下鉄サリン事件になる。


 黒魔術結社であるくせに国を呪う知識も能力もない彼らには、化学兵器に頼るしかなかったのだ。


 そもそも脳か人格かに異常がなければブラックロッジに踏みこむことはできず、もちろん多数の人を集めることもできない。


 綺麗事で人を集めておいてから壊してしまう方法もあるが、彼らにそんな技術も知識もない。

 オウム真理教の修行とは徹底してオカルトに憧れただけのごっこ遊びであったから。

 野狐禅にも至っていない。


 彼らが黒魔術結社の自覚を持っていれば、組織は拡大せずそもそも名前すら知られることなくひっそりと立ち枯れていっただろう。


 


「一番怖いのは人間である」

 なんて台詞があるが、付け加えるなら

「一番怖いのはいま、自分がなにをやっているか分かっていない人間である」



 オウム真理教は自分がなにをやっているかまったく分かっていないまま、組織を拡大していき、それが彼らを狂わせていく。


 人と人との関わりで一方的に影響を及ぼすなんてことはまずない。

 対面すれば双方向に影響を受ける。


 オウム真理教の組織拡大でなにが起きたか。


 教祖VS信徒群の妄想対決と、教祖の敗北である。


 組織が小さいならばまだ教祖が勝てたかも知れないが、拡大のなかで信徒の妄想に侵食されてしまった。


 他の金目当ての新興宗教なら長く金を絞るために信徒を家畜にして人間牧場にする技術があるからそんなことは起こらないのだが、彼らには新興宗教としての自覚と能力にも欠けていた。


 いや、最初から最後まで自分たちがなんであるのか、なにをやっているのか、に対して理解がなかった。


 

 そんな分かってないくせに、いや分かる能力がないからこそ肥大した「私」をオカルティックな方法で解決しようとした人たちが閉鎖された環境で何百、何千と群れてひたすら妄想を煮詰めていく。


 それで出来上がるのは彼らが望む救済ではなく近づきたくもない汚物だし、そんな汚物を日々垂れ流す集団を制御できるはずもない。


 あとは方向だ。


 死んで救われるのだとなれば、ガイアナ寺院の集団自殺になるのだろうし、国が敵だとなれば地下鉄サリン事件になる。


 あの事件は必然だったとも言える。


 あるがままを認められず、全てに否を唱える、その意味でオカルティストとテロリズムはイコールである。

怪しげな呪文を使うか銃と爆弾を使うかだけで。


 黒魔術結社のくせに怪しげな呪文を使う能力がなかった彼らがテロに流れるのもまた、必然と言える。




 教祖と幹部の死刑が執行された。


 法的にはなんの問題もないが、とうとうやってしまったなって感じだ。


 国家権力から迫害され教祖が処刑されるなんて、宗教からすれば永続と繁栄が約束されたようなもんだ。

 それが似非宗教だったとしても。


 俺が教団幹部だったら小躍りして喜ぶ。


 いまはまだ事件をリアルタイムで知る人たちがほとんどだからそうでもないが、何十年かして当事者が全て死んでしまった後には悪疫のようにオウム真理教が猛威を振るう可能性がある。


 歴史なんていくらでも書き換えられる。


 教祖を収監したままというのも良くなかった。

 

 収監されていることにより、地下鉄サリン事件のいまもなお後遺症に苦しむ被害者や家族を失った遺族に対して宗教家として説法を行い、あれは意義があることであったのだサリンの散布は救済であったのだと納得させねばならないという難問から救われている。


 教祖と被害者の公開討論が行われていれば、オウム真理教は一発で潰れている。


 まあ法的には無理な話だかね。

 法律は新たな宗教と台頭とそれが既存の権力に挑戦してくることなんて考えて整備されていない。


 

 ペスト並みに猛威を振るう未来が見える。



 ただ原始仏教といまの仏教がまるで違うように、オウム真理教も本物の宗教に変質していく可能性がないでもない。


 

 ほんのわずかな可能性だけれども。



 その際には教祖の頭蓋骨で髑髏本尊を作って欲しいものだ。


 ぜひに。





 


 

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] オウムやその後追い団体如きが信仰宗教として躍進することも、ヒゲの死刑が何か凄い影響を与えることもありえないです そうなる社会的モチベも実利もないのに何かが動くことはないてす この世の中はそん…
[良い点] 一番怖いのはいま、自分がなにをやっているか分かっていない人間である というのは共感できますね。
[良い点] 面白い読み物だと思いました [気になる点] 申し訳ないですが、 ちょっと掘り下げが浅いかな?とか思いました [一言] そもそも、座禅しながらピョコピョコ跳ねることが出来る……が、どう宗教に…
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