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日常と非日常  作者: カシス
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行方知れずの誰かさん

ある地下鉄の駅構内で発見されたノートより


午前2時、何故私はそんな人気のない時間に地下鉄のホームにいるのか、これには語るも涙の深い理由がある。今日一日で様々な事件が不運にも私の身に降りかかった。スリ、恐喝、交通事故、怪しい新興宗教団体による拉致、なんとか助かるもその後に待っていた警察による事情聴取。

正直、私も自分の身に起こった全ての事に対する理解が追い付いている訳ではない。が、事実私のリュックサックには財布が無く制服は所々破け、その穴から見えるみみず腫れやら切り傷が痛々しい。更に宗教信者達の「儀式」とやらで掛けられた灯油の香りが全身から漂っている始末だ。こんな異常な状態で何もなかったとは言い難い。

「オカンにしばかれる...」

傷はしばらくすれば治るし、スられた財布は百均で買ったもので中には2000円だけ。

だが服は違う。この制服は普段、夏用の半袖制服と薄い長ズボンしか着ない私にとって数少ない貴重な冬用ズボンと長袖シャツだ。しかしもうこんな時間になってしまっては新しい服を買いに行く時間も無い、友人から借りようにも皆寝ている。

という訳で今はただ呆然とホームの椅子に腰掛けて始発を待っている他なかった。


しばらくしてどれくらい時間が経ったか確かめるためスマホを見る。

まだ2時、憂鬱な気分から大きく溜息が出る。

このまま誰も知らない場所まで行ってのんびり休みたい、こんな格好で学校に行きたくない。と思っていた。

そんな時だった、カタカタと音を立てて線路が揺れ始めた。

始発までにはまだ時間がある、終電もだいぶ前に過ぎた。点検用車両でも来たかと思ったが、やってきた列車は6両編成の見たことの無い黒に大分近い緑色の、あちこちにへこみ傷や錆の付いたボロボロの列車だった。行き先は何も書かれおらず回送という訳でもない。

中にはちらほら人が乗っているが、全員俯くか顔をパーカー、帽子にサングラス、ネックウォーマーといった装飾品で隠しており不気味さが漂っている。

だが、私はそこにある不思議な世界に連れて行ってくれるかもしれない可能性を逃したくない。正直怖いと頭の片隅で思っているが、このまま酷い格好をして寝不足のまま学校に行くよりかはマシだと思い乗り込んだ。

列車の扉が閉まり、ゆっくりと動き始めた。


私が乗車したのは前から3両目、車両の中には4人の乗客がいた。

とりあえず近くにいた人物に話しかけてみる。

男性、黒髪の七三分け、黒いスーツに紺色のネクタイと茶色の眼鏡。俯いたまま手元の携帯の待ち受け画面を見ている。

「こんばんは。」

話しかけると男は顔を上げ、こちらを見上げた。見た所30代くらいか、これといった特徴の無い様な顔をしている。

「なんですか?」

少し怪訝そうに眉を寄せ、男は答えた。

少し周りを見回しながら

「この電車、行き先が書かれてなかったんすけど、おじさんどこに向かってるかご存知ですか?」

と聞いてみる。

何か納得した様子で口を開け

「君、何も知らずに乗っちゃったか。この列車は、名前の無い駅に向かう列車。僕もそこまで詳しくは無いけど都市伝説を扱う掲示板サイトとかにあるような、オカルトな列車よ。そんで残念なことにもう降りることは出来ないね。」

「え?マジすか?もう帰れないんすか?」

男は、頷いて

「無理だね、僕もここに丸1日はいるから。」

1日も?だが同時に疑問も生じる。

「でも自分がこうやって列車に乗れたのになんで降りれないんです?さっきも駅に停車してたじゃないすか。」

男は首を横に振り

「入ったら出れないよ。いきなり君が現れたからね、中にいる人間は電車が止まった事すら感じられんのよ。」

なんという事か、今更ながら事の重大さに恐ろしさを覚える。

「あとあの、その降りられる名前の無い駅ってどんな所なんすか?」

そう聞くと男は首をすくめて

「僕も君と同じで間違えて乗った人間だからさっき言った事以外は分からん。残念だけど携帯も圏外だからね。」

と答え、着いたら起こしてくれと言い残し俯いてしまった。


この後、もっと情報収集をしようとしたが最初に話が出来た男以外は皆、死んだ様に眠っているかブツブツと独り言を喋っていて話すことは叶わなかった。

乗ってから4時間が経った。不思議な事に喉は乾かないし便意も無い食欲も感じない。既に電車の外は午前6時。きっと朝練がある人は学校に向かってるのだろう。羨ましく思う。こんな状況になって初めて当たり前の日常を幸せに感じる。

「あぁ、帰りてぇなぁ。」

こんな事を言うなんてらしくないなと笑ってしまう。

その時、感じた。

電車が緩やかにスピードを落としている。

手汗が出て、鼓動が早まる。どんな世界にたどり着くかも分からない怖さが全身を強張らせる。ああ、神様がいたら助けて欲しい、こんな好奇心に負けて命を危険に晒す様な私でも生きるチャンスがあるのだと。

しばらくして列車は止まり、扉が開く。すると中にいた乗客達は次々とホームへ向かい始めた。近くで俯いていたあの男も気づくといない。私だけが残った。


列車の外にはちゃんとホームがあったが地上へ続く階段や待合の席すら無い。あるのは非常灯とただ一枚の扉とその隣にある駅名の無い、上下を区切る線だけの駅名標。

更におかしな事に線路は無い。

今列車が停車している部分以外の線路など無く、コンクリートの壁が無情にあるだけだった。


最後に、無駄とは分かってはいるが圏外の携帯から親友へ電話を掛けてみる。

奇跡が起こった、コール音が鳴った。

そして数コールした後「はい?」と

いつも聞く友の声が聞こえた。

涙が出た、嗚咽が漏れた。声にならない様な声で泣いた。友は「大丈夫か?」と声を掛けてくれ、私はうんうんと何度も泣きながら頷いた。

なんとか落ち着いた私は今の状況を友に説明した。すると友は「絶対に大丈夫やからな、そのまま待っとけよ。」と言いバタバタと走る音が聞こえた。なんとも心強かったがその望みは途切れた。電池が切れてしまった。すぐに電源になりそうなものを探したが見当たらなかった。

そして幻の様に電車が消えた。

周囲が闇に包まれ、唯一の光源は非常灯だけとなった。


ここまでの全てをこのノートに書いておく。もし誰かがこれを見つけたら下記の住所まで届けて欲しい。私の最後の願いだ。


これより先には何も書かれていない。

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