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桃色の腕時計  作者: 俣臣界人
第1章
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-03.5- ミライ

 目の前でぶつかる寸前だったタクシーと親子が消えた。何が起きたかは予想はつくが、ひとまずそれは置いておいて、俺は交差点から見える近くの公園にバイクを走らせた。

 フルフェイスのヘルメットをかぶったままでは話しにくい。ヘルメットを外すと頭部が圧迫から解放され、思考が冴えていくようだった。


「ふぅ……なあカコ、一応確認するがよ——」


 一応、と言ってはみたものの、答えは聞くまでもない。目の前の人や物が消えるなんてことはあるはずがない。あるとするならば——


「……()()()()()()、かもね」


 ほらきた。やっぱりだ。無意識ではあるようだが自覚はしているらしい。


 カコはバイクからの降り方が少々危なっかしいため、軽く手を添えてやる。今回ももう少しで転ぶところだった。降りたあとは俺と同様にヘルメットを外し、肩より少し下まで伸びた髪を風になびかせていた。


「気をつけろよ。それで? どれくらい跳んだんだ?」


「えぇっ! ああ、それはね、その……えっと……」


「わからないんだな」


 これも予想はしていた。今までも何度か過去にタイムリープしたことはあるが、感受性豊かなカコはすぐに何かに気を取られて、度々行先の時間にズレを起こしていた。目の前を蝶が飛んでいたというだけで目的の時刻の3時間前に跳んだこともある。あんな事故を見せられたわけだ、跳んだ時間が分からなくても仕方がない。


 凄まじい事故だった。あの親子はどうなったのだろうか。あそこまで見てしまったのだ。間違いなく回避することはできないだろう。回避する方法があるとするならば、それは俺とカコが————いや、考えるのはよそう。


 過去は変えられないからこそ人は後悔しないよう"今"を生きるのだ。未来はわからないからこそ人は夢や希望をもつのだ。

 誰も持っていない過去を変える力、未来を知る力を偶然にも持って生まれた俺たちだけ特別扱いされるわけにはいかない。


 だから俺はこう思っている。


 "過去は知るだけ。変えてはならない"


 "未来は見ない。見た上での行動が変わればその未来は来ないから"


 さあ、元の時間へ帰ろう。何も考える必要はない。左手に巻かれた桃色の腕時計は俺たちの帰る時間(いえ)を示している。今いる時間が分かればどれくらい跳べば帰れるかがはっきりするのだから——


「お兄ちゃんッ!」


 ヘルメットを持ち上げる手が止まってしまった。止めるべきではなかったのに。


「あ、あのさ。あの親子なんだけど……なんとか助けてあげられないかな!」


 ああ、お前は素直だな。俺が考えないようにしていたことを真剣に考えている。俺が目を逸らしたことに向き合っている。


 その必要などないというのに。


「で、でもせっかく過去に跳んだんだし、あの事故が起こるの分かってて見捨てるなんて——」


「カコ」


 やめろ。それ以上言うな。

 

 助けられるなら助けたい。それは俺だって同じだ。だがその場の勢いで過去改変をするのは危険過ぎる。それがきっかけで取り返しのつかない事態になる可能性も十分にある。そんなリスクを背負ってまで関わりのない人を助ける必要はない。

 あの事故は俺たちのせいじゃない。俺たちは何も干渉すべきではない。それがあの人達の運命だったのだから……


「……可哀想だよ」


 可哀想。それがカコの行動の源なのだろうか。いや、違う。


 "親子"だったからだろう。お前は親の話になるといつもそうだ。寂しそうで、悲しそうで、辛そうで……


 これまでにしてきたタイムリープでは、カコには自分の都合で過去を変えるなと言ってきた。しかしタイムリープで人の命に関わったことは一度もない。仮にあの事故を防いだとして、それは未来にどんな影響を及ぼすだろう。

 来るはずだった未来より悪い未来が訪れるかもしれない。だが来るはずだった未来はどんなものだ? 俺は知らない。カコも、あの事故の現場にいた人達も、誰も。




 …………カコ、泣いているのか?


 カコは俯いたまま動かない。小さな拳を握りしめ、僅かに肩が震えているだけだ。

 そんなに助けたいのか? たまたま通りで見かけただけの、知り合いでもない人だというのに。涙を流すほどに。


 あの事故の後どうなるのかは誰も知らない。それは未来から来た俺たちも例外でない。

 誰も知らない未来など、存在しないも同じだ。良くなるとか悪くなるとか、比較することすらできはしない。ならば、




 俺たちが未来をつくっても良いのではないか




 あの事故から人々が救われたことで訪れた未来を俺たちが生きる。それを来るはずだった未来にしてしまえばいい。それが、過去改変を行なった俺たちが取るべき責任——




「今回だけだぞ」


 俺はカコの頬に手を添え、額を重ねた。小さい頃からカコはこうすると泣き止んで大人しくなったからだ。

 今更こんなことでとは思ったが、カコは頬を赤く染めて、一筋の雫をこぼしながら笑っていた。










「お兄ちゃん、時計あるよ。あそこ」


 カコの指差す先には時計が立っていた。その存在に気づかず、時刻を確認するためにわざわざ移動までしようとしていたあたり、俺もかなり動揺していたらしい。


 まったく、俺もまだまだ()()な。

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