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桃色の腕時計  作者: 俣臣界人
第1章
3/14

-02-

——2015年3月某日。


 今から2年と数ヶ月前のこと。


 私とミライが住んでいる日寺ひでら市にある唯一の公立高校、日寺高校に合格した私は、入学の準備を整えていた。


 ミライは就職してから1年が経っていて、仕事にも慣れて一安心という様子だった。


 送られてきた入学案内資料と睨めっこをしながら必要なものが揃っているか確認していると、ミライが様子を見にきてくれた。


「おう、要るモンは揃ったか?」


「だいたいはねー。あと何がいるかな……? お兄ちゃんから何かない? これあったら便利だぞーっての」


「んん、そうだなあ。高校入学ん時のこととか覚えてねえし……あ、腕時計は持ってんだっけ?」


「あー、持ってないかも」


 私の曖昧な返事を聞いて考え込むミライだったが、「よし」と一言呟くと私にヘルメットを手渡した。


「入学祝いに腕時計を買ってやろう。免許取って1年経ったから、後ろに乗せてやれるしな」


「えーっ! 後ろに乗せてくれるの!? やった!」


「腕時計よりそっちなのかよ」


 これが私たち兄妹の初めての二人乗りだった。乗り込んだ時は嬉しさで心が躍るようだったけれど、いざ走り出すとバイクの右左折に対して自分の体重移動が若干遅れてしまい、振り落とされるような錯覚に陥ってミライの背中に必死にしがみついていた。


 正直言うと怖かった。すごく怖かった。落ちる落ちると途中で何度叫んだかも覚えていない。でも、ミライの温かさを肌で感じながら直線を駆け抜ける心地よさは未だに忘れられない。


 ショッピングモールに着いてバイクを降りた後、なんだか急に照れ臭くなって「もっと安全運転できないの!?」と文句を言った。ミライは「へっ、悪かったな」とは言うものの悪びれた様子もなく歩き出した。ミライの見透かしているような態度がちょっと不服だった私は、早歩きでミライを追い抜いて先に歩いた。


 目当ての時計店の前まで来ると、ミライは私の方を見て頷いた。私は狭い店内を歩き回り、あらゆる時計を見てまわった。

 男物や女物、衝撃に強いものから防水のものまで様々な腕時計が並んでいる。そんな華やかなガラスケースを覗き込んでいるとき、ある広告が目に入った。


「ネーム加工……無料?」


 普段はあまり広告を見たりしないのだけれど、この日はなぜか「世界にひとつだけの時計を作りませんか」というありきたりなキャッチコピーが魅力的に見えた。


「お兄ちゃん、これにしよ? 無料で名前入れられるんだって」


「おっ、決まったか。えっとじゃあ……店員さーん!」


 ミライの声で店の奥にいた女性の店員が表に出てきた。こちらに歩み寄るのを待って、私はガラスケースを指差した。


「このピンクの時計、色違いはないですか?」


「青色がございます。確認いたしますので少々お待ちください。…………ああ、申し訳ありません。青色は品切れになっておりました」


「うぅ……残念。お兄ちゃん、ピンクでいいかな?」


「お前の好きにしたらいいさ。ピンクも可愛いぞ?」


「そう? じゃあ店員さん、このピンクを2つ、ネーム加工もお願いしまーす」


「……ん? ちょっと待て! 2つ!?」


 ミライは目玉が飛び出しそうな顔をして私を止めた。


「うん! 私とお兄ちゃんでお揃い。名前は2人の入れようと思って」


「いやいや俺はいいだろ!? お前の入学祝いなんだから!」


「私からの就職祝い! 遅くなっちゃってごめんね!」


「私からのって……払うの俺なんだが……」


 要らないと主張を続けるミライだったが、最後には私の粘り勝ち。観念して買うことになった。


 お願いしたネーム加工はミライの"M"とカコの"K"を"&(アンド)"で繋ぐという何の捻りもないものだ。

 本当はちゃんと名前を刻みたかったのだけれど、ミライがせめてイニシャルにしろとやかましく言うものだから妥協した。普段は冷静で何事にも動じないミライが慌てているのも新鮮だった。意外と照れ屋さんなのかもしれない。


 それからというもの、私はその時計を肌身離さず持ち歩くようにしている。家の中でくらい外せとミライに怒られたことがあるから、さすがに家では付けなくなったけれど。

 そうしているうちに、この時計は私にとってただの入学祝いではなく、ミライとの絆の象徴のようなものになっていった。身につけているだけでミライのことを思い出せる、いつでもミライの存在を近くに感じられる気がしたのだ。


 ミライも仕事場で同僚に茶化されると文句は言うものの、なんだかんだで付けない日はないらしい。素直じゃないけれど、私からのプレゼントは喜んでくれているみたいだった。




 これが私たちの——




——桃色の腕時計。

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