詐欺と採用
「……それで、会長さんに誘われてここに来ました」
俺は脂汗をだらだら流しながらこれまでの経緯をこの会社の社長、マーキュリーさんに説明した。
社長は俺の説明に相槌一つ打たず、ただ黙って聞いていた。
その沈黙が逆に怖くて、拭いても拭いても汗が滝のように流れてきた。マジで怖いこの幼女。……いや、社長か。
どう考えても幼女にしか見えないけど、この人はれっきとした社長だ。
さっき話の途中でお茶を持ってきた、頭に角の生えた社員さんもこの幼女のことを「社長」と呼んでいたので間違いない。
社長なんだ。社長なんだよ。……社長になにやってんだ過去の俺は……。
俺が説明を終えたところで、ようやく社長が一言。
「あんのクソ親父」
その言葉には明確な怒りが込められていた。
「アスカリ、会社の通帳確認してきなさい」
「はい、承知いたしました」
社長に促され、アスカリさんは応接室から出て行った。
それを見送ると、社長は「はぁ」と大きくため息を吐いた。
「で、アンタはこの会社のことどんだけ知ってんの」
「そうですね……」
俺は会長さんの言っていたことを思い出す。
「社員はみな”フレンドリー”で、”アットホーム”かつ”経験”は問わない。”やる気”があればそれでよくて人から”感謝”され、”やりがい”のある、”残業のない”職場だと聞いていました」
「はん」
俺の言葉を社長は鼻で笑った。
「確かに残業はないわね」
「やっぱりそうなんですか! とても良い職場ですね!」
精一杯太鼓を持つも、そんな俺に対して社長が冷たく言い放つ。
「残業代出ないからね。残業と呼ばれるものは無いわね」
「え……? うそ……」
俺は愕然とする。そんなバカな。そんなことがあって良いはずがない。
残業代が出ないとか、それって……。
「それ以外もあのクソ親父が言いそうなことね。嘘ではないけど本当でもない、聞き心地の良い言葉を並べ立てているだけ。残業はともかく他の言葉は全部定義が曖昧だし、人によって感じ方が違うことでしょ。そんなもん違ったとしても『個人差です』とでも言われれば何も言い返せないじゃない。アンタ騙されやすいでしょ」
「そそそそんなことないですよ!」
冷や汗が出る。
そういや俺、クソ神父も最初信用しそうになってたよな。
俺ってもしかして騙されやすいのか? いや、そんなバカな。
はは、俺がそんな、ねぇ。騙されやすいとかあるわけないじゃん。
ふと、中学生の頃いかがわしいサイトを見ていたらワンクリック詐欺にあったことを思い出した。『登録完了しました。十万円払って下さい』という表示にビビり、泣きべそをかきながら母に相談したらめちゃくちゃ大事になったんだっけ。
俺、昔からこうだったのかも……。
と、その時アスカリさんが戻ってきた。
アスカリさんは応接室に入るや否や、
「社長! 口座から一千万Gほど引き落とされていました! 引き落とし先は会長です」
「あのクソ親父またやりやがった! むきゃー!」
激高した社長は俺の手渡した紹介状をびりびりと引きちぎった。
なにこれ。何が起こってるの。
俺がおろおろしているとアスカリさんがこそっと耳打ちをしてきた。
「会長、二年くらい前にゴーレム事業に手を出しちゃったんですよ。その時はまだ会長が社長だったのですが『新しい分野に挑戦をするぞい!』って意気揚々とゴーレムの開発を始めたんです」
猛る社長から距離を取り、俺はアスカリさんの言葉に耳を傾ける。
「でもそのゴーレムが全然売れなくって。もう会社が傾くくらいの大失敗。……なのに会長ったら、その事後処理を全部社長に任せて旅に出ちゃったんですよ」
「え、マジですか」
「はい。『新たなビジネスを求めてワシは旅に出る』と言って、娘であるマーキュリーさんに社長の座を譲って旅に。主に旅の資金は会社のお金ですけどね。会長、どこからでも会社のお金を引き出せる魔法を使えるので対処の仕様がなくて……」
あの俺を助けてくれたのも会社のお金だったのか。というか普通に横領じゃん!
しかもその会社は現在火の車状態らしいし、それも全部あの人のせいっぽいし。
あの獣耳おじさんクズじゃん!
「時折仕事を持ってきたり、新人を勧誘したりとかはやっているようなのですが、それも労力の割にはあまり利益に繋がらなくて……」
アスカリさんはちょっと疲れたような表情で苦笑いをしている。
社長に至っては「あのアホ! バカ! ろくでなし!」と叫びながら応接室の椅子をガンガン蹴っている。
あーこれ、ヤバいやつだ。
ここ、完全にブラック企業だ。
に、逃げなきゃ。
「はぁ……。まぁいいわ。正直今は猫の手も借りたいほど忙しいし」
暴れまくって落ち着いたのか、社長は息を整えながらぽつりとそう言った。
「あのクソ親父がもう投資しちゃったみたいだし、仕方ないけど採用するしかないわね。教育担当は誰にやらせようかしら……」
「い、いや! ちょっと待って! 話が違う!」
俺は慌てて待ったをかける。
「俺はもっとこう、楽しいところだって聞いてたんだよ! こんな激務とかまったく聞いてなかったし!」
「激務じゃないわよ。平均超過労働時間もひと月たったの二百時間くらいよ」
「ブラックだよ! 完全にアウトだよ!」
そんな環境にいたらいくつ命があっても足りない。ワ○ミでもそんなに残業してねぇよ!
「とにかく俺はもう帰ります! こんな所にいられるか! 俺は家に帰るぞ!」
「別にあたしはそうしてくれてもいいけど、アンタそれどうすんのよ」
社長は俺の首元を指さした。
「それ、蘇生の刻印でしょ。クソ親父が当面の支払いはしてくれたらしいけど、このままじゃアンタ数ヶ月後にまた死ぬわよ。払うアテあんの?」
「ずびばぜん。ここで働かせて下さい」
俺は泣きながら懇願した。
そうだった。忘れてた。これがある限り金を稼がなきゃ死ぬ。
現実より遥かにシビアな現実が俺の目の前にあった。
よく考えたらそもそもここは異世界だから俺は家に帰ることすらできねぇ。
「じゃあ早速明日から仕事するわよ。遅くとも朝六時には会社に来なさい」
「はい……」
この世界に来て何度目かの死んだ魚のような目で俺は返事をした。
こんな異世界生活、もういや……。