就活面接と小さな社長
「ここで待っていて下さいね」
「は……い。分かりました」
なんかもう「帰りたいんですけど」とか言える空気じゃない。
きっとさっきの光景はもしかしたら夢だったのだろう。そうだと信じたい。うん、そういうことにしておこう。
そうやって俺が現実逃避をしていると、アスカリさんが申し訳なさそうに、
「そう言えばまだお名前聞いてませんでしたね。失礼ですが、お名前を伺ってよろしいでしょうか」
そう言えば自己紹介してなかったな。
「鈴木大輔です」
「スズキさん、ですね。ありがとうございます。と、こちらも自己紹介まだでしたね」
そう言って、
「アスカリ・ルロララと申します。どうぞよろしくお願いいたしますね」
アスカリさんは小さくお辞儀をして、にこりと笑顔を浮かべる。お辞儀をした時たわわがふるんと揺れた。何度見てもでかい。
にしてもこの人めちゃくちゃ可愛いな。可愛いし、やっぱりエロい。
地味な格好や三つ編み、それに眼鏡でも全然隠し切れてない。
というか、この人の側にいるとなんかこう、魂を抜かれそうな感じがする。
これがもしかして恋……。
って、いやいやダメだ。俺には真緒ちゃんという心に決めた人がいるんだ。
「それでは少し待っていて下さいね。すぐに社長を連れてきますね」
アスカリさんは事務感を感じさせない笑顔でそう言って、部屋から出て行った。
俺は緊張から解放され、顔を上げた。
見上げた先には会社の創立からの年表があった。その年表を見るに、およそ五十年の歴史があるっぽい。
確か猫耳シスターが言ってたよな。モンスター製造業はそのちょっと後くらいから盛んになったとかなんとか。
となるとここは黎明期からある、いわゆる老舗だ。
そのせいだろうか。木造の建物はずいぶん古く、ところどころに染みのような汚れが目立つ。綺麗にしているようだけど長年の劣化は隠し切れていない。
しかしそれは別の言い方をすれば、歴史を感じさせる社屋とも言える。
部屋の端には掛け軸があって、社訓のようなものが書かれていた。
『人々の暮らしと世界の発展のために』
立派な社訓。やっぱりこの会社は素晴らしい所なんだ。
うんうん。そうに違いない。
そうだよ。いい会社なんだよここは。間違いないんだ。
そうやって俺が自分に暗示をかけていると、応接室のドアがガチャリと音を立てて開いた。
「……アンタがスズキ?」
目の前には、幼女が立っていた。
狼のような耳の生えた、恐らく十歳にも満たないであろう子供。
スーツを着ているが、外見が完全に子供なので小学校のお遊戯会みたいになっている。
よく見るとしっぽも生えていた。猫耳シスターと同じように獣人の子なのだろう。
「アンタがスズキなの。ってあたしは聞いてるんだけど」
獣耳幼女は不機嫌そうに俺の顔を見てそう言った。
なんだよこの幼女。ずいぶんと生意気だな。
「まぁ。そうだけどさ」
「ふぅん」
俺がそう返事をすると、獣耳幼女は値踏みするような目で俺の全身を凝視していた。
背が小さいせいか、顔を見つめようとする時小さく背伸びをしている。ちょっと可愛いなこいつ。
だけどまぁ、どうしてこんな所に子供が。
「ほら、君。ここは会社だから、ちょっと出て行った方がいいと思うよ」
「はぁ? なんでアンタにそんなこと言われなくちゃいけないのよ」
獣耳幼女は俺の言葉にカチンときたようで、睨み付けるように俺の顔を凝視している。
「いやほら。俺この会社紹介されて応接室に通されてるんだって。ここって絶対入ってきちゃだめなところでしょ。今社長待ってるんだよ、俺」
もしかしてこの会社の社員の子供なのかな。にしても流石にこれはダメでしょ。
受けたことないけど、採用面接とかの場に子供が紛れ込んだら流石に役員か誰かに怒られちゃうと思う。
「じゃあアンタの待ってる人はあたしね」
少女は眉をぴくぴくさせながら短くそう言った。なんかキレてるっぽい。
「いや、君じゃなくて社長だってば」
俺のその言葉に幼女のしっぽの毛が逆立った。なんか機嫌悪いなぁこの子。
仕方ない。俺はなだめるように獣耳幼女の頭を撫でる。
「よしよし。ほら、もう機嫌直しなって。子供はお外で遊んできなさい。こんなところにいると社員さんに怒られちゃうよ」
「ざっけんな! あたしは子供じゃないわよ!」
がぶりと手を噛まれた。鋭い痛みが全身を貫く。
「痛ぇ! 何すんだよ!」
「アンタこそ何すんのよ! 社長にこんなことする奴初めてよ!!」
「社長って、え? 君社長なの? まっさかぁ」
「まさかってどう言うことよ!!」
ふーふーと荒い息を吐いている自称社長の幼女。なんかもう収集つかなくなってきてるなぁ。アスカリさん呼んでこないと。
そう思っていた矢先、応接室から見知った顔が入ってきた。
「社長、待って下さい。ちょっと歩くの早いですよぉ」
はぁはぁと肩で息を切らしたアスカリさんがいた。肩で息をするたびに胸が揺れているけど、着目すべき点はそこじゃない。
えっと。今アスカリさんなんつった?
「アスカリ、時間は有限なのよ。一秒も無駄にしちゃいけないわ」
「もう。社長は本当に仕事中毒なんですから」
社長? 社長ってアスカリさん、この幼女のこと社長って呼んでる? マジですか?
「で、アスカリ。こいつ何なのよ」
「ええ、この人が先程お話ししたスズキさんです」
「ああそうなのね。このいきなり社長の頭を撫で回すふざけた奴がさっき言ってたスズキで間違いないのね」
「えっ? スズキさん、社長の頭を撫でたのですか!?」
「は、はい」
俺は正直にそう言うと、アスカリさんは、はぁと小さくため息を吐いて、
「いいなぁ」
そう漏らした。
「ちょっとアスカリ」
「あっ、すみません。社長の頭もふもふしてるからいつか触りたいなぁと思っていたのですが、やっぱり恐れ多いのでなかなかできなくて」
「アスカリ、話がややこしくなる」
「はい。気をつけます」
もう完全にこの幼女が社長の体で話が進んでいく。
「スズキさん、いきなり社長の頭撫でちゃダメですからね」
アスカリさんの可愛い注意も全然頭に入ってこない。
足元がぐらぐら揺れる感覚。
俺はもしかして、とんでもないやらかしを……。
「さっきから何度も言ってると思うけど、あたしがこの会社の社長、アリエル・マーキュリーよ。アンタ、何か言うことあるんじゃないの」
「先程はすみませんでした……」
俺はただ頭を下げることしかできなかった。
もう何なのこの会社……。