オークとアスカリ
しかばねがあった。
俺がたどり着いた先に、オークのしかばねがあった。
目をごしごしこすって何度見てもオークが倒れ伏している。
「は?」
一言。そんな言葉しか出てこない。
人はわけの分からない事態に直面すると何も気の利いた言葉は出てこないと、その時初めて知った。
おかしい。何だこれ。一体何が起こってるの。
俺は紹介された会社に来ただけなのに、それだけなのに。何でこんな事件現場に出くわしちまうんだよ。
オークの周囲からはあの時の教会で嗅いだような死臭がする。
なんだよもう。どういうことなんだ……。
ふぇぇ。わけわかんないょ……。頭がフットーしそうだょぉ……。
俺がその場で固まっていると、オークがもぞりと動いた。
良かった! 生きてた!
でもなんだ。なんかぶつぶつ言ってるぞ。なんて言ってるんだ。
「た……て……。……も………」
小さくもごもご言ってるからよく聞き取れない。
オークの言葉が聞こえるところまで近付こうとすると、建物の中から一人の女の人が出てきた。
眼鏡をかけた、黒い三つ編みの女性。一見して地味な格好をしているが、それでも隠せないものが一つ。
俺の目はある一点へ釘付けにされる。
(でかい)
とても大きい。たわわだ。
顔もよく見たら整っている。
いや、整っているというよりは、妙に色っぽいというか……。
その女性は「あらまぁ」と言いながらオークに近付いていく。
ふわり、と風に乗ってその人の香りが俺の鼻孔をくすぐる。
なんだこれ、めっちゃいいにおいがする!
さっきまで漂ってた死臭が全部かき消された!
「ほら、オー君。どうしたの」
「ア、アスカリ……さん。オデ、もう駄目……」
「もう。仕方ないわね」
そう言ってアスカリさん、と呼ばれている女性は手に持っている箱から何かを取り出した……っておい、ちょっと待て。何だそれ。
アスカリさんと呼ばれている女性が取り出したもの。
それは注射器だった。
「はいお注射しますね」
中に真っ赤な液体が充填された注射器を、オークの首元にぶっ刺した。マジかよ!
「あ、あふぅ〜」
首元から得体の知れない液体を注入されているオークは、恍惚とした表情で宙を見つめていた(アカン)。
液体が空になり、すっと針が抜き取られるとオークはのそりと起き上がる。
まだ少しふらふらしているけど、それでもさっきよりはツヤのある顔で建物の中に入っていった。そう、建物の中に。
オークがふらふらと入っていった建物には看板がかけられている。
その看板にはこう書かれていた。
『Smile Slime Company』
スマイル・スライムカンパニー。
どうやらこの会社の名前っぽい。
手元の紹介状を見る。
スマイル・スライムカンパニー。
おんなじ文字がある。
目をごしごし擦る。
もう一度見ても同じ。
何度見ても同じ。
天を、仰いだ。
嘘だろおい。こんな話聞いてないぞ。いやいや、とっても楽しい仕事って言ってたじゃん。え? なに。嘘。嘘なの!? 嘘でしょ!?
その場でぐるぐるしていると、そんな俺に気付いたアスカリさんが「あっ」と小さく言葉を漏らす。
「こ、これは違うの。あれは回復薬で、経口よりも血管からの方が効率よく吸収されるから。その、決して危ない薬とかではないのよ」
ひきつった笑みでそう言っていた。たぶん、俺の顔も引きつっていたと思う。
「あはは、大丈夫。問題ないです。そ、それじゃあ俺はこれで」
「あっ、その紹介状」
その場から立ち去ろうとした時、俺は自分が致命的なミスを犯していることに気付く。
紹介文、めっちゃアスカリさんから見える形で持っていた。
獣耳おじさんから貰った紹介状には、はっきりと会社名が書かれている。
「もしかして会長がスカウトしてきた人ですか?」
「えっ、はい。そうと言えばそうだけど。ここって本当に……」
「あらあら。それじゃあ社長呼んでこないと。つかまるかなー」
アスカリさんはそう言ってうーんと考えるような格好をする。というか俺は未だにここが紹介された会社だと信じ切れてないんですがそれは……。
「とにかくちょっと中で待っていて貰わなきゃ。こっちです」
「あっ、ちょっと。」
俺は強引に手を引っ張られ、死にかけたオークがくぐった入口を通って俺は会社の中へ入る。
そのまま応接室のような場所へ連れて行かれたのだった。