魔王の国とスライムカンパニー
「ここが魔王の国……か。なんか思ってたのと違うな」
数時間歩き続けたところ、俺は獣耳おじさんから貰った地図に書かれていた街にたどり着いた。
おじさんは『魔王の国の首都』と言ってたからちょっと恐々としていたけど、今見渡す限りだとまったく普通の城下街だ。ざっとみたところ八百屋や肉屋、それに服屋まである。
石造りの建物が多いのが異世界っぽく、俺の住んでいた横浜市とは大分違う。
あそこは坂が多いくらいで石造りの建物はないもんな。自転車での移動が本当にしんどいのだ。
そしてもう一点。俺の住んでいた横浜市と完全に異なるのが、街にいる人の顔ぶれだった。
「あれ、たぶんオークだよな」
筋骨隆々の、豚のような顔をした人。上半身は裸で、下半身に腰蓑のようなものを巻いている。間違いなくオークだあれ。正直かなりビビった。
アニメとかではよく見るが、当然のことながら現実でオークを見たのはこれが初めてだ。
オークって実在するんだなぁ。俺の知ってる創作では女騎士にいつもいかがわしいことをしているイメージがあるぞ。
……女騎士どっかにいないかな。
そんなろくでもないことを思って周囲を見渡すと、獣耳の生えた獣人や、首を手に持った鎧のデュラハン、それに青白い顔をして牙を生やした青年。恐らくヴァンパイアかなんかだろう。そんな創作の世界でしか見ないような人達が溢れていた。
上空を見るとFFでよく見るようなワイバーンが飛んでいる。
もう完全にファンタジーの世界だ。分かってはいたけど、やっぱりここって異世界なんだなぁと実感する。
「あら、お兄さん人間?」
街の景色をぼーっと眺めていると、通りがかった人に話しかけられた。狐のような顔で体は人型のお姉さん(いやおばさんかな?)だ。
「そうです。珍しいですかね」
「そうね。あんまり見ないからつい声かけちゃったわ。この辺に来る人間っていったらお得意先の勇者様くらいよ」
どうやらここでは人間は珍しいものの、別にないことはないらしい。
というか勇者って誰だよ。
あれ、そういえばちょっと前にどっかで聞いたような……。
その時、俺の後方から歓声が上がった。
「うおっ。なんだ!?」
「おや、魔王様の部隊がお帰りになったようね」
狐顔の女性はそんなことをいいながら、大通りに向かっていく。
よく分からないままそれについて行くことにする。
大通りでは歓声の中、亜人っぽい鎧を着た人たちが闊歩していた。
みな筋骨隆々で鍛え上げられている感じがする。
「魔王様、の部隊? それって一体……」
「あれ、知らないのかい? 魔王様は今ダンジョン攻略のために部隊を派遣してるんだよ。ほら、あれ見なさい。新しく使い始めたゴーレムよ。かぁっこいいわねぇ」
狐顔の女性はそう言って恍惚とした表情で部隊の後ろからついて行くゴーレムを見つめている。よくよく見ればゴーレムの他にもワイバーンやキメラっぽい生命体が後方からついてきていた。
「あれって、人工モンスターですか?」
「そうに決まってるじゃない。やっぱり最近の流行はゴーレムね。あのゴツゴツした感じ、アタイ好きなのよぉ。ホント、かっこいい……」
そう言いながら狐顔さんは「はふぅ……」と吐息を漏らしていた。
ちょっと他人の性癖に触れてしまったような気分だ。深く突っ込まんとこ。
ともかく。……なるほど、あれが人工モンスターって奴か。
魔王軍にも採用されているくらいだし、本当に産業の中心にいるんだなぁ。
俺の働くところでもこんなモンスター作ってるのか。
おお、なんかちょっと興奮してきた。これはやりがいがありそうだ!
あれ? でもちょっとおかしいな。
俺がこれから働く先で作ってるはずのスライム。
全然見当たらないんだけど。
「あの、そう言えばスライムってどこにいるんですか?」
俺のその言葉を聞いた狐顔さんはしばらくキョトンとした顔で俺を見つめていた。
そして暫くの沈黙のあと、
「あっはっは! スライムなんかがあそこにいるわけないじゃない!」
そう言ってけらけら笑っていた。
俺は意味も分からずぽかーんとしていると、狐顔さんは手に持った俺の地図を見て、
「あら、そこってスライムカンパニーじゃない。あんたそこに行こうとしてんの?」
「そうです。これからここで働かせて貰う予定になっていて」
「あ、あらー」
狐顔のおねえさんはちょっと気まずそうな顔をしていた。
え、なに。どういうことなの。
「スライムカンパニーならあっちの道の突き当たりにあるわよ。じゃ、じゃあアタイは用事あるからこれで」
そう言ってそそくさと去って行ってしまった。
なんかその先から「あの子も気の毒ねぇ」みたいな声が聞こえた気がするけど、なんなのもう。わけ分かんないんだけど。多分気のせいだよね。
実のところ、その時は既にちょっとだけ嫌な予感がしていた。
でも、そんなはずはないと。あんないい人が紹介してくれた会社だからそんなのは違うと。そう自分に言い聞かせていた。
しかし残念なことに、俺のこういった悪い予感は大抵当たるのだ。
今回もまた、その例に漏れることはなかったのだった。