クソ神父と優しいおじさん
首元にできた刻印が俺の胸を締め付ける。
マジでもうどうしようもねぇ。
教会から逃げてきたけど、それでも現実はまったく好転してない。
元の世界で手にしていた平穏な日々、だらだらアニメを見る日常、借金のない素晴らしい生活。そして何より心待ちにしていた真緒ちゃんとのデート。
それを今の異世界で得ることは殆ど不可能と言ってよかった。
「どうすりゃいいんだ……」
俺は悲しみの涙を流し続けた。
どれくらい経っただろうか。ふと顔を上げるともうすっかり夜になっていた。
どうやら泣き疲れて眠ってしまったようだ、冷たい地面の感覚が俺を現実に引き戻した。
「はぁ、もう諦めるしかねぇのかな」
俺は苦笑しながら呟いた。
立ち上がって伸びをした時、誰かから肩を叩かれた。
「おぬし、もしかして教会にぼったくられたのか?」
振り返った俺が見たのは、外野席まで埋め尽くされんばかりの観客ではなく、狼のような耳の生えた初老の男性だった。
おい、これ夢だろ絶対。
どうせこの後駒田コーチが出てきて吉村と村田が息を引き取るんだろ。絶対そうだ。
「もうおしまいだ!」
コピペのような絶望の未来。俺はもう叫ぶことしかできなかった。
「おぬし、ずいぶん錯乱しているようじゃな」
「勝てる……勝てるんだ……」
「ううむ。だめじゃな。これ、おぬし。しゃんとしんさい!」
ぱちん、と獣耳おじさんが俺の頬を張った。
衝撃で我に返る。
「はっ。俺は一体……」
「おぬしの首元のそれ、蘇生の証じゃろ。相変わらずあの神父はがめついのう」
獣耳おじさんは俺の首元にある刻印を見てそう言った。
「そ、そうなんですよ。俺、この世界に来てから間もなくて。何も分からないまま死んで生き返って、そんで借金背負って。しまいには支払いは明日までとか言われて、もうどうしようもなくて」
「……ほう」
俺の言葉を聞いていた獣耳おじさんの眼光が急に鋭くなった。
「おぬし、こことは異なる世界からやってきた者か」
「そうです。転生者ってやつらしいです。あ、そろそろ死体になりますけどね。転生者の死体っす」
自嘲気味にそう言う。はは、と乾いた笑いがこぼれた。もう笑うしかねぇ……。
半ば諦めかけていた。もう助かる見込みなんてないと思っていた。
だけど、その後に獣耳おじさんが言った言葉は俺の予想だにしていなかったものだった。
「ふむ。ここで出会ったのも何かの縁だ。よし、おぬしの借金を一部肩代わりしてやろう」
「え!? ホントですか!?」
「うむ。手持ちじゃ全部とまではいかないが、少し先までの返済をしておこう」
そう言って獣耳おじさんは懐から金貨を数枚取り出し、俺の首元に当てた。
シュン、と風を切るような音と共にその金貨はどこかに消えてしまった。
もしかして俺、助かった……!?
「これで当面の借金返済は完了じゃな」
「ああああありがとうございます!!!」
神はいた。異世界で見た。
俺は何度も何度も獣耳おじさんに頭を下げる。
「よいよい。気にするでない」
「お、おじさん……」
菩薩……キリスト……。このおじさんはそういった高名な人の生まれ変わりに違いない。
いるもんだ、こんな人。あのクソ神父も見習って欲しいよ。
「じゃが、まだ全額は返済しておらん。しばらくしたらまた借金を返済しなくてはならないのう。アテはあるのかえ」
「うっ。そうだった……。いえ、全くないです」
「じゃろうなぁ」
流石に全額返済して貰うのは申し訳ない。
だからといって返すアテも今のところない。
結局死ぬのが先回しになっただけかもしれない。
希望もクソもありゃしねぇ。
未来に広がる暗雲にどんよりしていると、獣耳おじさんはぽつりと一言。
「おぬし、ワシの会社で働かんか?」
そう呟いた。
「おじさんの会社でですか?」
「あっちの方に魔王様の国がある。そこの外れにワシの会社があるんじゃが、おぬしをそこで雇ってもいい」
「マジですか!」
「うむ。これもまた一つの縁じゃ。ワシの会社でしばらく働けば借金も返せるじゃろう。それに金が貯まれば装備も買える。そうしてからゆっくり、この世界を旅すればよい」
「お、おじさまぁ!」
俺は涙を抑えることができなかった。
あったけぇ。人ってあったけぇよ。
「それで、おじさんの会社ってどんな所なんですか?」
「社員はみな”フレンドリー”で、”アットホーム”な職場じゃ。”経験”は問わん。”やる気”があればそれでいい。人から”感謝”され、”やりがい”のあるとてもいい仕事じゃよ」
「へ、へぇ。そうなんですね」
あれ? なんか違和感が。
なんかどっかのバイト求人誌で似たような単語の羅列を見たことあるぞ。
なんだっけあそこ。えっと、確かワタ……。
「残業も全くないぞ。安心じゃろ」
「それは、ちょっと安心しました」
あ、残業ないのか。
それじゃあ違うな。よかったよかった。そうだよな。こんな優しいおじさんの会社がブラックなわけないよな。
俺がほっと胸をなで下ろす。
「それで、おじさんの会社って何をやってるところなんですか?」
「ワシの会社はな、人工モンスターをつくっとるんじゃ」
「人工モンスター? えっと、それって確か……」
そう言えば猫耳シスターが最初の方で何か言ってたな。
確かこの世界の主要産業にモンスター製造業とかいうものがあるとか。
おぼろげな記憶を絞り出す。
確かダンジョン攻略のお供とか、野生の悪い生き物の駆除とか、そういう用途で使われている人工のモンスターがこの世界にはあるとか、そんなこと言っていたような、ないような。
話を聞いた時は正直あんまり実感が湧かなかった。
まぁそんなもの俺の世界にはなかったからね。当然だよね。
「具体的に言えばスライムを作っとる」
「スライムって、あのぶよぶよぐにゃぐにゃした、ドラ○ンクエストとかでよくいるあいつですか!?」
「ドラゴンク○ストというものが何なのか知らんが、大体そんな感じじゃ」
スライムを作るとか、正直よく分からない。
だけどド○クエは全シリーズやった。特にドラクエ5が大好きだ。ちなみに俺はオーソドックスにビアンカ派。フローラを選ぶ奴とは友達になれん。
それに元々理系でものづくりも好きだ。自慢じゃないけど、小さい頃から実家の工場で親の手伝いとかをしてたので、何かを作ることに関しては同年代より長けていると思う。
それにドラク○のモンスターの中ではスライムが一番好きだしな。好きこそものの上手なれだ。
勝手は違うだろう。異世界だし、そもそも常識が違うはずだ。
だけど、この仕事ならいけるかもしれない。
「異世界からやってきた者はみなスライムが好きじゃのう。人間の国にいるトヨタのボウズも以前この話をしたら目をキラキラさせとったわい。おぬしらの世界じゃスライムが流行っとるのかのう」
「結構好きな人多いと思いますよ」
ドラ○エのおかげで今やスライムは国民的に認知されてると言っていい。
RPGには必ずと言っていいほど出てくるし、異世界転生のお話でもスライムをテーマにした作品は多い。
だからこそ、そんなスライムをこの世界の人たちがどう作っているのか正直興味があった。
「お、もうこんな時間か。そろそろワシは行かねばならん。紹介状はこれじゃ。これを会社にいるワシの娘に渡せば即採用じゃよ。会社までの地図も渡しておこう。これでたどり着けるじゃろ」
「わ。ありがとうございます」
俺はもう一度深々と頭を下げた。
おじさんは「ほっほっほ」と顔をしわくちゃにして笑って去って行く。後ろ姿も格好いい。
俺は心の底からこの出会いに感謝していた。
……この時は。
希望を胸に、俺は地図に書かれた矢印の方向へ向かって歩き出したのだった。