死んだ俺と優しい神父
目をあけたら知らない天井があった。
記憶が飛んでいる。
確か俺は真緒ちゃんに会うためにダンジョンの中に入って、途中なんか得体の知れない怪物に襲われて……。
それからどうなったんだっけ。
「スズキさん、あなたは死にました。もう完全に、完膚なきまでに死んでました。べっこべこのぼこぼこにやられ、ずたずたに切り裂かれ、見るも無残な死体となっていました。死体の中の死体でした。というか武器防具も身につけずにダンジョンに突入しちゃうとかスズキさんはおばかさんなんですか? ちょっとわたし、本当に信じられません……。おばかのなかのおばか、おばかの王様……」
なぜか目の前にいる猫耳シスターがめっちゃ俺を馬鹿にしていた。
なんか俺は死んだらしい。
マジかよ。ええ、嘘でしょ。
というかそれより……。
「えっと、ここはどこ?」
「教会です。わたしの職場でもあります。そんでもってここは蘇生部屋です」
猫耳シスターはむすーっとしながらそう言っていた。
辺りを見渡すと、十字のマークの入った棺桶がずらりと並んでいる。
「それじゃあこの棺桶の山は……」
「ぜーんぶ冒険者さん達の死体です」
「うわわ!」
思わずその場を立ち去ろうとするも、自分の入っていた棺桶のフタに足を引っかけ盛大にすっころんだ。
「痛ぇ!」
「あーもう、なにやってるんですか」
猫耳シスターはぶーたれながら転がったフタを取りに行っていた。
周囲をもう一度見渡してみる。
変わらず山のような棺桶。
何個かフタが開いているものもあり、そこには血まみれの人が横たわっていた。圧倒的リアリティ。
意識が一瞬飛びそうになるも、すんでのところで持ちこたえる。
「俺は、死んだのか……?」
無意識に言葉が漏れた。まったく実感が湧かない。
「だから死んだって言ってるじゃないですか」
「いやいや、今俺生きてるじゃん! なにこれ、どうなってんのよ!」
「ダンジョンで死んだら蘇生できるに決まってるじゃないですか……。ってそう言えばスズキさん転生者でしたね。もー、仕方ないですね」
猫耳シスターはむふんとさっきのクソ長い説明をした時のようなドヤ顔になり、何か話し出そうとした。
その時。
「シスターロリンザー、お疲れ様でした」
スキンヘッドのおっさんが話しかけてきた。
といかこの猫耳シスター、ロリンザーって名前なのか。今初めて知った。
まぁ猫耳シスターでいいか。
「あ、神父様!」
猫耳シスターはそう言ってぺこりとお辞儀をした。
神父様、と呼ばれる人は見るからに優しそうな顔をしていて、にこにこ笑顔を浮かべながらこちらへ近付いてくる。
「最近働きっぱなしで疲れているでしょう。今日は早く帰って大丈夫ですよ」
「わ……! 嬉しい! ありがとうございます!」
猫耳シスターはぴょんと跳ねて、それから疲れたような表情を初めて見せた。
よく見たら猫耳シスター、目の下にうっすらとクマができている。シスターの仕事は思いのほか過酷なのだろうか。
そんなことを思っていると、神父さんが俺の方を振り返り、
「少年、シスターロリンザーにお礼を言っておきなさい。あなたの死体をダンジョンから回収したのは彼女なのですよ」
笑顔のままそう言った。
「あっ、そうなんですよ。スズキさんを回収したのわたしなんです! 感謝して下さい! 初めての死体回収のお仕事だったんですからね」
「あり、がとうございます」
よく分からないまま俺はお礼を言う。
そもそも俺は何で生き返ったのか分かってないし、死体回収のお仕事というのも何のことやら。
ただ、俺のお礼に気をよくしたのか猫耳シスターは、
「むふー。スズキさんはおばかですけど素直さだけはありますね。わたしからも褒めてあげます。素直でえらいえらい」
なんかまたドヤ顔でそう言っていた。
なんだこいつめっちゃ腹立つぞ。でもなんかすごい助けてくれたっぽい雰囲気なので何も言えねぇ。
「シスターロリンザー。後のことは私が説明しておきます。それでは、良き私生活を」
「はい。それじゃあまた明日です、神父様! やったー! ふた月ぶりの定時帰りだぁ!」
猫耳シスターはそういい残してぱたぱたと走り去っていった。
残されたのは不気味なくらい笑顔の神父のみ。
「神父様、ですよね。俺って何で生きてるんですか」
「そうですね……。話すとちょっと長くはなりますが、端的に言えば神のお力です」
それから神父は笑顔のままなんで俺が今生きているのか教えてくれた。
なんでも、どこかのダンジョンで見つかった『冥府の鎖』と呼ばれるアイテムを使えば、ダンジョンで死んだ人限定で蘇生させることができるらしい。
なんてご都合主義な……と思ったけど、実際に自分が生き返ったとなると話は別だ。
あのダンジョンから生きて帰った記憶無いしな。
それにあの棺桶の山。もう信じるしかない。
この教会は、ダンジョン『グロワール』で死んだ人や傷ついた人のための場所であるらしい。
シスターや神父様の仕事は、怪我した冒険者を魔法で治癒すること。
加えてダンジョンに潜って死んだ冒険者を回収し、蘇生させることも教会の仕事だとか。
だから猫耳シスターが俺の死体を回収したとか言ってたのか。
ちなみに『冥府の鎖』はここには一つしかないらしい。
更に今はどういう訳かダンジョンで死ぬ人がとても多いらしく、蘇生には結構順番待ちするのだとか。
話を聞いたところ、俺が死んでから生き返るまでに五日ほど経過しているらしい。
そりゃあんだけ冒険者の棺桶あったらそうなるわな……。
俺の体、腐ってないよね?
「ありがとうございました」
話が一区切りしたところで、俺は神父に素直に感謝を述べる。
「本当に、どれだけ感謝してもしきれません。神父様と、それと猫耳シスターのおかげで俺は今生きてるようなもんです」
「いいのです。神は平等に人をお救いになるのです」
「神父様……」
「あなたも過去を後悔するのではなく、それを踏まえて未来への糧とするのです。きっと神もそれを望んでいるでしょう」
な、何ていいこと言うんだこの人は。
そうだよな。過去を悔やんでも仕方ないよな。
確かに俺は失敗したけど、今生きてるんだ。それだけでいいじゃないか。
よし、これから頑張るぞ!
「本当に、本当にありがとうございました! それじゃあ俺はこれで」
「どこへ行くのですか?」
「どこって。ちょっと外に出て新鮮な空気吸ってこようかなって」
正直この辺り、めっちゃ死臭がして辛い。早いとこ外に出て気分転換したい。
しかしそんな俺を見て神父が一言。
「話はまだ終わってないですよ」
「え?」
心なしか、神父様が更に笑顔になった気がする。
神父様はにこにこと、最高の笑顔を浮かべ、
「それでは、初月の支払いですけど二十万Gでお願い致します。それからは月十八万になります。一年ローンで大丈夫ですよね?」
わけの分からないことを言い出した。
「え……うん? 支払い? なんですかそれ?」
「あなたを生き返らせた費用ですよ。ローンで二百十八万Gです」
な、何を言ってるんだこの神父は。
「お金取るんですか!?」
「当然です」
「だってさっき、過去は後悔しても仕方ないって……」
「過去は後悔しても仕方ありませんが、決して消えることはありません。まずは過去を精算して糧としてから人は未来への道を歩き出すのです」
神父はそんな悪魔のようなことを笑顔のまま語り続ける。
「過去を糧にするには試練が必要です。毎月の蘇生費ローンは未来を生きるあなたに対する神の試練だと思って、まぁ頑張って下さい」
「むちゃくちゃだ! さっきいいこと言ってたのに全部台無しだよ!」
「台無しではありません。神は一貫してできる者にしか試練を与えません」
「無理ですよ! だって俺この世界に来たばっかりなんですよ! お金とか持ってないです!」
「頑張りなさい。神は未来へ向かって頑張る者とお金が大好きなのです」
「ふざけんじゃねぇ! 俺は絶対に払わねぇからな!」
俺は神父に背を向けて走り出す。
ふざけるな! こんな所にいられるか! 俺はもう帰るぞ!
踏み倒そうという断固たる決意を胸に走り出したその時、背後から神父の声が響く。
「あなたの首元の刻印。それは『冥府の鎖』で蘇生された証です。それがある限り試練から逃れることはできませんよ」
「え?」
俺は足を止め、首元を触る。
わ、何だ。変なものができてる。ざらざらするぞ。
たまたま近くにあった水桶を覗くと、六芒星の痣が首元に刻印されていた。
「支払いが滞るとその痣が全身に広がり、最終的に爆発四散します。ダンジョンの外で死んだらもう蘇生は不可能なので、お支払いを滞らせないよう頑張って下さい。送金は痣にお金を近づければできますので、どうぞよろしくお願い致します」
「うそぉ……」
女の子みたいな情けない声が喉から出た。へなへなと俺はその場に崩れ落ちる。
そんな俺に神父は変わらぬ笑顔で近付いてくる。
その姿は、今の俺には悪魔のように見えた。
神父は俺の肩にぽんと手を置いて、
「これは余談なのですが、『冥府の鎖』への送金は三割ほど、所有者である私にキャッシュバックされます。神は人々に福音をもたらすだけでなく、私にお金をもたらしてくれるのです。ああ、何と素晴らしいことでしょう」
もう何も言葉は出ない。
完全に感情が死んでいる。
そんな俺を尻目に、神父はごそごそと懐を漁り、なんか虹色の宝石を取り出した。
俺に見せびらかすよう宝石をしばらくゆらゆらさせたかと思うと、神父はその宝石を舐め出す。
「ああ、神よ。今日もありがとうございます。神から授かったお金で買った宝石は本当に美しい……。ぺろぺろ……。んちゅ。おいしい……。幸せの味がする……。迷える子羊に見せびらかしながら舐める宝石最高……。あ、ちなみに初月の返済期限は明日までですのでお忘れなく」
ああ、神様。
多分いないと思うんだけど、もしいるなら一個だけお願いがある。
頼むから、俺はどうなってもいいから。
だからこの神父だけは地獄に落としてくれ。
俺は死んだ魚のような目で、いもしない神様に願い事をするのだった。