プロローグ
響く怒声、終わらない仕事、どこからか聞こえる社員達の嘆きの声。
ここは地獄かもしれない。
辺りを見渡してみると、何人もの社員が屍のように倒れている。
普段は快活なオークのオー君も、今はアンデッドのように「進捗まだです……」と同じ言葉を呻くだけだ。
美人のサキュバス、アスカリさんも書類の山に埋もれ「もう変更申請はいや、いやなの。男の子のソーマ吸いたい……」と、うわ言のように呟いている。
上司であるエルフのサターンさんは一見元気にスライムをいじっているように見えるけど、実際のところもう完全に目を閉じている。
小悪魔のテスラさんに至っては、いつもの中二設定とかを完全に無視して普通にひぐひぐ泣いている。
こんなの……こんなの俺の知ってる……
「こらぁスズキ! 早く報告書あげなさいよ! 明日までに評価結果を先方に報告しなくちゃいけないんだから!」
そんな生きるしかばね達の中、唯一元気な社長の声が響いた。
外見は獣耳の生えた幼女。それが社長。一見したらとても可愛らしい。ピシッとしたスーツもギャップになっていてとても良い。率直に言ってとても萌える。
ただそんな幼女社長の激詰め声は尋常じゃない迫力だ。怖い。
なんであんな威圧感出せるの……。
「はい! わかりました!」
俺は涙を流しながら目の前の報告書を書き上げ、社長に持っていく。
「できました!」
「お、アンタもやればできるじゃない」
そんな社長の声に、体の力がどっと抜けた。
ようやく終わった。
これで帰れる……。
「は、はい。それじゃあ俺はこれで……」
「それじゃあついでにこっちの書類も書いといて。もう実験データまとめるだけだから簡単でしょ」
「え、でもこれ……」
社長が実験データと呼ばれるものを俺に手渡してくる。
ずしりと重い、ゆうに百枚はあろう紙束。その一枚一枚に、大量の数字が羅列されている。
えっと。まとめるって、まさかこれを……?
よく見たら紙の裏までびっしりと数字が書かれていた。
ぐにゃりと視界が揺らいだ。
「こっちも明日までにやっといて。これ明日営業に渡さなくちゃいけないから」
「社長! ちょっと待って!」
俺の叫びも空しく、社長はまた誰かから呼ばれてどこかに行ってしまった。
残されたのは実験データの紙束だけ。
あ、違うな。
残されたのは実験データと俺の絶望のみ。
どうしてこうなっちまったんだ……。
こんなの知らない。
アニメや小説とぜんぜん違う!
こんなの俺の知ってる異世界転生じゃねぇ!