おまけ⑤☆☆五稜郭(ごりょうかく)を亘る(わた)る星
1869年6月25日
函館五稜郭
新政府軍と旧幕府軍の戦いに終止符が打たれようとしていた。
歴史に名を残さぬ、幻の新撰組隊士の物語。
「土方殿、水無月だというのに今日は随分と冷えますね」
新選組隊士、瀬戸拝秀は、曇天の夜空を見て呟いた。はらはらと彼の髪に留まる雨粒は、まるで彼等の苦節を労う涙のようであった。
「火も消せぬ小雨などおそらくじきに止むであろう。いずれは雲も退き、月空に変わる。ああ、全ては常ならず」
此処は蝦夷共和国。
江戸幕府を支えるため集った勇士達により結成された「壬生浪士組」は、「新撰組」と名を改め、尊王攘夷を目論み、倒幕を狙う者達の野心を挫いた。「池田屋事件」「禁門の変」で功を成し、幾度も徳川時代の終焉因子を討ち滅ぼして脚光を浴びた彼等だったが、新時代の波濤はそれをよしとせず飲み込んだ。内紛と離反等度重なり、また1人また1人とその数を減らし、局長も守るべき幕府も失った。
新たな政府が生まれた後も、寡兵ながらも抗い続けた彼等が、たどり着いたのが、この日の本の国の北に位置する寒冷地、そして、ここに築かれた城「五稜郭」であった。その高台に立ち、迫り来る新政府の手の者達を、新撰組局長代にして甲陽鎮撫隊司令である土方歳三は焚いた火の灯りとともに俯瞰する。
「なぜ残った。我らの運命もはや風前の灯火ぞ。主も市村と共に行けばよかったろうに」
「布き伝える者は鉄の一人だけで十分です。それに、輩がいかに善政を執ろうとも、そこに誠はありませぬ。我が命の在処は此処のみ、ただ新撰組と共にあります」
「何と。ふむ、終の間際に武士の鑑を目にするとは、まさに幸甚の至り。その姿あらば、冥土で芹沢さんや近藤さんにも顔向けできよう」
彼の心に共鳴するかのように、雲はやがて去り、満ちたる星海が姿を現した。
「言った通りになりましたね」
「月は、満ち月か。いつになく蒼い」
「ええ、このような静かな、奥まった光を見せるものは見たことがありません」
「まさに夢想の如くよ」
土方は、腰の刀を抜き、その刀身に、月光を浴びせた。刃は泣くように輝いて、必衰の両眼を映し出した。
その時であった。
一筋の一際赤い光星が、2人を、跨ぐように空を駆け、北の小山の方に落ちた。
「今のは、何でしょう?」
「瀬戸よ、新撰組局長代として、主に最後の使命を与える」
「土方さん?」
「あの星の下へ行け。そして、確かめよ。この世の行く末を」
「しかし、ここを離れては」
「お前にしかできぬ仕事だ。頼む」
「……はっ! 新撰組十三番隊長、瀬戸拝秀、その務め果たさせていただきます!」
彼は土方に深く一礼すると、揺らめく炎の光を離れ、夜の闇に消えた。気配が消えたのを確かにすると、土方は目を閉じて呟いた。
「長く儚い旅路であった。それもこれで終わる。だが、悔いはない、我らは最期まで、武士であったのだ。むしろ誇らしいさ」
その後、瀬戸の姿を見たものはいない。
彼は後世にも名を残さず、歴史の闇の中に完全に葬り去られたのであった。
星を見つけたか否か。それを知る術はもはや存在しない。
※瀬戸くんはオリキャラなので、ウィキとかで調べても出てきません。なお実在の人物である市村鉄之助とは「鉄」と呼ぶほど親しい仲だったようです。なのに彼の口から隊長までやってた実力のある瀬戸くんの事が語られなかったのは色々事情ありそう……