第32話☆古典が古典をコテンパン
トンガリ帽子がトレードマークの典型的魔法使いな見た目をしたノノマ。
由緒正しき一族の末裔で邪属性と罪属性以外の全属性の魔法を使える万能っぷりで、魔法少女交翅宴でも3位だった優等生だが出世欲は全然無く、いつもそこそこな存在感を維持しているのであった。
メロウラインの下に向かう途中、彼女が対するのは……復讐に燃える魔法少女……
私はノノマ。
ノノマ・イルドパーズ。
かつてエンターライズを賑わせた四代魔女「黒き森のイシザール」の孫娘。
とある事件で行方不明になった母の代わりに、数年前、おばあの後を継いで魔法少女兼「森の魔女」となった。以来、いや元々だけど、堅実に保守的に地味に生きている。おばあは「出る杭は打たれる」と言う言葉を良く口に出すんだけど、私はまあ、別にそれに若気の至りで反抗することもせずに、むしろ座右の銘にしちゃってるわけなんです。
とにかく余計に波風を立てず、平たく平たく対応していくことはことは社会を上手く生きていく。人に好き嫌いがないわけじゃないけど、嫌いな人にもそこそこの不遜にならないアサーティブなコミュニケーションに撤する。何かの大会とかでもなるべく全力で戦って3位か4位くらいになるくらいがちょうどいい。目立たないように地味に地味にそこそこの成績を残し続けて安定した人生をすすめるのが私の理想。
平凡でいいのだ。普通に生きることは悪いことじゃない。
確かに夢や高い目標を追い続けて生きることだっていいことだと思う。でも、それは1つのあり方で正義じゃない。そういったものは呪いと紙一重だから、生きるのが苦しくなることだってある。乗り越えられれば得るものは大きいだろうけど、そうできるとは限らない。少なくともそのリスクを無視して他人に大志の押し売りをするようなタイプは自分を失った亡者みたいなもの。普通に生きることは、大きな成果はえられないかもしれないけど、そんな悲しい生き物にもならなくて済むわけです。
ただ、神様までもがそのただ平凡な生き方を妨害してくることがあるのが、ちょっと憎いところなわけですが。
「来やがったか、ノノマ。おめーがこっちにきてくれてまったく幸運だぜ!」
《蛇の道》の第1関門「アスクレプスの門」で私たちの前に立ち塞がったのは、落成の魔女ベルジュオナの孫ミネルダだ。
「今まで辛抱してたが、やっと堂々とオレの手でお前をぶち殺せる機会が来た! 裏切りで生きる屍にされたばあ様の無念を晴らすときが来たんだ!」
「当て付けはよしてほしいな」
「おめーんとこのクソババのせいで、あんな醜い姿にされて死ぬまで毎晩毎晩苦痛の声を上げ続けて死んだんだ! 裏切り者の一族は根絶やしにしてしかるべきなんだよ!!」
『魔女の反乱』
数十年前エンターライズであった歴史に残る大事件。
四代魔女が、賢者ローザルフ様達に向けて起こしたクーデターだ。単純な規模に関しては今回のメロウラインの反乱には及ばないかもしれないけど、おばあが寝返って大禁呪の発動を未然に止めなければ、今頃エンターライズは死の大地になっていただろう一大危機だったと言う。
結局悪い奴は負けた。魔女側が敗北して事態は終息した。捕らえられた魔女達はもちろん厳しく裁かれた。うちのおばあは、リニエンシー制度みたく通報したことを評価されて、地位剥奪程度ですんだが、他は非常に重い罪となり、主犯格のベルジュオナは目を潰され耳鼻を削がれ、四肢を切断された上で、魔法を一切使えない呪いをかけられるという極刑に処された。
ベルジュオナにしてみれば、うちのおばあだけ罪が軽いのは納得いかないだろう。でも、もし大禁呪が発動していたら何億人も人間が死んでいたのだろうから、首謀者が極刑になるのは割と至極まっとうでそれでも軽いまである。
「お前らのせいで、どれだけオレ達家族が貶められたことか!! 親父もおふくろも石を投げられ血を流したことか!! お前だけは、オレの手でぶっ倒してやる!! メロウラインからもらった邪悪なる力も使ってな!!」
「え、そんなことまでしたの?」
「ああ! お前を仕留めるためなら悪魔に魂を売ることくらい大したこと無いぜ!! だから、他のやつはよく聞け!! オレはノノマと一対一で戦う!! だからテメーらは先に行け!! オレは正直メロウラインの野望なんざどうでもいいんだからな!!」
変なところで卑怯じゃないんだなこの子。そういうとこ人間臭いというかなんというか。でも、その話はとてもありがたい。何せ今は一刻を争う状況だからね。
「ワクテル、そういうことだから先行って。ここは私がなんとかする」
「ノノマ、でも」
「大丈夫大丈夫、あとで追い付くから。ほら、急いで急いで」
「わかった! みんな、行きましょう! ここはノノマに任せて先に進むわよ!!」
走り去る姿を目で見送る。さすがはリーダー、判断が早くて助かる。これで最悪私が死んでも、ミネルダは私を倒すのが目当てだからあんまり積極的にワクテル達を追わなさそうなのであまり損はない。まあ、あくまで最悪な結果であって、こんなところでそう簡単にくたばるつもりもないんだけどさ。
「……へへっ、覚悟しやがれ!! オレの魔法でお前ら一族の歴史に終止符を打ってやる!!」
「もうちょっと楽に生きられないもんかな? こっちは別に、そこまでお家の存続を意識していんだけど」
「なに!?」
「ま、この先結婚するかわかんないしね。子孫を残さなきゃ、君にどうこうされんでも自然に滅びるでしょ?」
「お前、オレをなめているのか!! まだオレ達一族を貶めるつもりか!!」
「ほんと、都合のいいように解釈するなあ」
「許さねえ!! 許さねえぞ!! 貴様は地獄行きだ!!《エビル・バースト・ストーム》!!」
ミネルダが斧をひと振りすると紫色の邪気を帯びた炎の衝撃波が私に襲いかかってきた。なるほどファイアー・ストームに手を加えたといった感じだ。だが、挙動が本質的に変わっていないから浮遊しつつ横移動で回避する方法も変わらない。
魔力を足にこめて、左に跳躍する。
衝撃波は真っ直ぐ飛んでいったが、ほとばしる邪気で肌がピリピリとした。どうやら威力は私を葬るに申し分なさそうなようだね。けれど、魔法はこちらも使えるんだ。
「《フレイム・ランチャー》!!」
炎のトゲのようなミサイルを、トネリコの杖の先から連続して打ち出す。我ながら中途半端なものを使うなぁと思う。連射性能(れんしゃ性能)とスピードこそ高いが、威力は低い中級の炎魔法。これではせいぜい動きを牽制するくらいしかできない。
「チッ!! ヌルい攻撃しやがって!! テメェなめてんのか!? まだオレ達を愚弄するのか!? 許さねぇ!! 全力でブッ殺してやる!! 《デットリー・ジェイド》!!」
禍々(まがまがしい)しい巨大な球体を即座に生み出して発射してくるのだから、高い魔力を持っているのは認める。しかし、弾道が素直すぎる。それでは当たってあげられない。
フッとのひと声でかわして、《ファイアー・ボール》をお返しする。低級の火球魔法、またも中途半端な性能の牽制攻撃だ。先のもそうだが、こういうのを続けられるとミネルダのような戦っぱやいタイプは挑発ととらえちゃうんだよね。
「うおお!! どこまでも、どこまでもオレたちをバカにして!! おまえらが、おまえらのせいでっ!!」
こちらに突撃してブンブンと連続して斧を振り回す。魔法使いなのにパワフルな攻撃だ。けれど、私に近距離攻撃は当たらない。なぜなら《テレポート》が使えるからね。
「つっ!! 消えやがった!! 卑怯ものめ!!」
「いやあ、君も普段は瞬間移動くらい使うでしょ?」
「そんな小癪な真似をするかよ!! もう同じ真似はさせねえ《エビル・プレッシャ-》!!」
ズン
周囲の重力が上がる。それと同時に体に押さえつけるような圧迫感が加わった。地属性魔法の《グラビティ》に似てはいるが、それよりも強力だ。邪気の加わった重圧で私の身体は浮遊できなくなり着地、足を踏ん張って立つのがやっとになる。思わずグッと胸から変な声が出てしまった。
「くらいやがれ!!《ガスターボルケーノ》!!」
「なんの!! 《マジック・リフレクター》!!」
黒い火炎の球を魔法の盾で跳ね返す。流石にそのままミネルダに向かうことはなく、球は30度ほどずれて、城壁に当たり爆発、周囲を粉砕した。まともにくらったら多分いや確実に死ぬ。攻撃回復補助、6属性を満遍なくバランスよく習得していて良かったなあと思う。どれも良くて中の上くらいで悪くいえば器用貧乏ってヤツですけど、こんな風に役に立ってくれるんならまったく十分だと思いますよ。
「こざかしい手品ばっかりしやがって!!」
「そっちこそ、もう少し頑張らないと」
「オレが負ける!? 負けるって言いたいのかよ!?」
「うん」
魔法反射のあとに重力魔法を解いちゃったから、普通に動けるようになっちゃってるしね。魔力は上がってるかもしれないけど、使いこなせてないし状況が見えてない、つまるところスキが多いんですよね。
「くそっ!! くそぉっ!! どこまでも、どこまでも馬鹿にしやがって!! お前らはどこまでも!!」
「落ち着きなさいって」まあ言っても無駄だろうけど。
「殺すっ!! 殺すしてやる!! 殺してやる!! オレの憎悪怨念の全てを込めて!! お前を殺すっ!!!」
ズン
周囲の魔力が急激に変動し、見えるもの全てが薄暗くなった。それと同時にキンと耳鳴りがし始めて、さきほどの重力魔法とは違った重圧が体を押さえつけてくる。これは、空間変異魔法の類かな。ピリピリいと体が痛むし錆びた鉄のように体が重いしさっきよりもかなり辛い感じだ。
これは、対策をしないとマズい。
だが、この未知の魔法に通常の魔法で対応できるだろうか。とりあえず守りの無属性魔法を使おう。
「……《オーラ・プロテクション》!!」
「そんなもの効くかあ!!」
「!?」
「わが一族の怨念を込めた一撃をくらいやがれっ!! 神階魔法《グラナガン・テンペスト》!!」
やっぱりそのレベルの魔法を習得していたか。これが生きるか死ぬかの瀬戸際ってやつだね。正直こういう経験したくなかったんだけどな。まあ死にたくはないんで出来る限りの防御をしましょう。
超巨大な電光まとう黒炎弾が、容赦なく私を飲み込もうと襲いかかる。動きが鈍っているためとても逃げることはできないから真っ向から受け止めるしかない。
あのさあ。
あのさあ、おばあ。
これちょっと無理だよ。
言いつけは守りたいけど、死んだら元も子も無いよ。
だから、ごめんなさい。
約束破ります。言いつけ破って「あれ」使っちゃいます。
「死ねぇぇぇぇ!!」
私は手を前にかざす。そして、全身に流れる魔女の血を滾らせて眼前にその力を集約させ、展開する。
ゴオオと爆風が私を包んで、服を焼いて、かぶっていた帽子を吹き飛ばしても動じない。ただ力を込める。
熱い、痛い。
あーあ、しんどいわこれ。
早く終わってほしいな。
早く終わらないかな。
しんどい。
魔法少女ってしんどい。
「なに!? なぜ、なぜ倒れねーんだ!?」
「……終わり?」
「くそっ、しぶといヤツめ!! オメーの両親はもう少しさっさと死んだのによぉ」
「え?」
「ああ、そうか、知らねーんだな。なら聞け。お前の両親(りょうしん2)は、メロウラインの親に殺されたんだよ!」
「ふうん、それはまたご親切にどーも。ふー、行方不明って聞いてたけど、やっぱりそういうことだったんだね」
「!? お前、何だよその軽い反応は!? お前の親の話だぞ!?」
「ごめんね、覚えてたらよかったんだけど、結構小さい頃の事だからあんまりはっきりした記憶がなくてさ。とりあえずスッキリしたけどね。その感じからして、お父さんとお母さんは悪いことして死んだ感じじゃなさそうだし」
「っ!!」
正直なところは、もう二度と会えないってわかったからちょっと寂しいけどね。メロウラインの事だって放置して良いものでもないけど、今はその感情は置いときます。
魔力と体のダメージからして、私にとっては次が最後の一撃。
見せるとしましょう。魔法の古典たる古典を。
「悪いけど終わらせるよ、ミネルダ。リーバ、ラギ、ラシータ、ギオグルンド、マジバ!」
「それは、古代語か!? それにその手の動き!! お前一体何をする気だ!?」
「デル、グルンバ、シクリータ、カモス!! 穿て!! 原初魔法《《アニマ・メギド》》!!!」
それは、すべての魔法の祖と呼ばれる存在が1つ。
神霊と直接交信し、その身を差しだし纏わせて、膨大な魔力を生み出し放つ原初の炎。憑依させて剥き出しの魔力を受け取るため、心身への負担は凄まじく、最悪のばあい死に至る。けど先ほど神階魔法を防ぐのに使った《エージス》とともに使うなと言われていたが、使わなきゃどのみち死ぬので使うしかなかった。
あーあ、発動してるだけで体がギリギリ痛む。内側からはじけそうだ。
はじめてまともに使ったけどこれは寿命縮むよなあ。水属性に加えて実は闇属性でもあることを隠してきた私だけど、これは荷が重いです。でも、やり遂げる。単純に、こんなとこで、死にたくないんです!!
「あっ!? そんな!? き、キャアアアアアァァァ!!」
一体の巨大な神霊の竜が現れ、ミネルダに向けて口から地獄の焔を吐き出した。それは、広範囲にして凄まじい威力だ。召喚魔法の原型だが、最近のもののように使用者と召喚獣のあいだに制限がかかっていないから、絶大な破壊力を持つ。
防ぐこともままならず、耐えきれず、ミネルダは焔にゴウと焼かれ吹き飛ばされた。邪悪なる力を得ても、肉体を残すのがやっと。地に打ち付けられた彼女は、そのままうずくまり、もう起き上がる様子がなくなった。消し炭にならずにこの程度で済んだだけマシと言える。
私は魔法の発動を解いて、ミネルダに近寄る。
瀕死ではあるものの、なんとか息はあるようだ。人殺ししなくて済んだのでちょっとホッとした。
「オレの負けだ。トドメをさせよ」
「いやよ。余計な業を背負いたくないし」
「こら、ヒールポーションなんか使うな」
「死なない程度にはしとかないとね」
「くそ、こんな、こんなとこまで、どうして……」
ミネルダの目には涙がたまっていた。
多分、本質的には真面目な子なんだと思う。ずっと自分の家族のために全部背負ったと思って生きてきたんだろう。
「もったいないね。もっと、楽に生きられるのにさ」
「お前に、何がわかるってんだよ」
「うん、わからないね。そんなわざわざ生き苦しそうにしてる意味がわからない」
「はっきりいいやがって」
「もう、肩の荷を下ろしなよミネルダ」
「できるかよ、できるわがないだろ!」
「いや、できると思うけどな。あんたのおばあちゃんもそこまでやってくれたんだから、あの世で怒っちゃいないだろうし。ぶっちゃけ何も損はない。ローザルフ様からはある程度お咎めは覚悟した方がいいけど、ここでさっさと罪を認めて終わらせれば悲惨な刑罰まではいかないはずだよ」
「そんな生き恥さらせるかよ! 殺せ!」
「だから、生殺与奪の権利が無い君にそんなこと命令する権利無いんだって。まったく、頑固者なんだから」
「いてっ!」
私はミネルダにデコピンした。
続けて3回デコピンした。
「いてぇ! な、なにすんだよ!」
「はい、終わり終わり」
「は?」
「昔の君は今の3発で死んだ。復讐者としての君は終わりを告げたよ」
「強引すぎて、意味がわかんねえよ」
「正直もうしゃべるのが辛いくらい疲れてるんじゃないの? こっちも疲れたし、ここでもたもたしてられないし、この辺で終わりにしとこうよ」
「オメェ」
「別に私は君のこと嫌いじゃあないからね。私はそういう生き方はできないけど、一所懸命な生き方自体は否定できるものじゃないからさ。けど、疲れたら休みたい。寝たい。君の心はどうであれ、君の体は少なくともそれを求めてるんじゃないかな? 君の体は別に死にたくはないんじゃないかな? むしろ、まだ生き続けたいと願ってるんじゃないかな? 十分に頑張ったんだから、そろそろ一度自分自身を労ってあげなよ」
「……ふん、お前、思ったよりも変なやつなんだな」
「君に言われたくない」
「まあ、それもそうか。はーあ、確かに何かオメーのようなヤツと話してたらガッツリ疲れたわ。そうか、オレの復讐もここで終わりかってことかよ。色々と準備したわりに最後はあっけないもんだぜ。こんなスッと、ぬけていくんものなんだな」
ミネルダは体を大地に預けて、眠るように目を閉じた。普段は粗暴に振る舞っていたが、おとなしくなると、中々賢そうな顔立ちをしているのがわかった。
「そのへんでしばらくゆっくりしてなよ。私はみんなを追いかけないといけないから、行くね」
「ノノマ、待てよ」
「ん、なに?」
「少し、オレの寝言を聞いていけよ」
これは、おそらく重要なことを言うつもりだ。遠回しだけど、ミランダの親切に違いないから聞き逃すわけにはいかない。ミネルダのそばで膝を着き耳を傾ける。
「……メロウラインは余裕をこいてる。アイツ自身が強いのもあるが、それなりに色々仕込んでるのさ」
「罠が、あるってこと?」
「だから、今のままなら全滅する可能性が高いだろうな。だが、逆にそれがメロウラインの知らぬ間につぶされたら、どうだろうな」
「計算が狂う……」
「アイツが特に有力視しているものなら特に。だから、オメーは先に進む前にやっておいた方がいいことがある」
ノノマの服装は「魔法少女」が生まれる前の前身的存在「ウィッチ」の服装を踏襲しています。
なお、初期の魔法少女も大体とんがりぼうしのこのような格好だった模様。
(※今回ははるなではなくノノマ視点です)