第21話【準々決勝第3試合】ミッドナイト・アベンジャー
仲間が次々敗退する中、準々決勝まで勝ち残ったイシュカ。
その心には復讐の炎が燃えている。
対戦相手は魔法少女のリーダー、ワクテル。
勝敗の行方は……
「ごめんね。あなたをこんなところに生まれさせてしまって。ごめんね、イシュカ」
死んだ母の言葉が、今も頭のなかで反芻される。
5年前のあの冬の日、雪を血で濡らして、自ら命を絶った母は顔に大きなイボがある醜い容姿をしていた。それだけに、周囲の人々からの奇異の目と、嫌悪の目に晒された。この私にもそれは引き継がれ、たくさんの迫害やいじめを受け続けてきた。
けれど、私は、母が本当は素晴らしい、美しい人だったのを知っている。父が事故で亡くなってから、身一つで私を育ててくれた母は、優しくて、とても心の綺麗な尊敬できる人だった。だから大好きだった。あの人のもとに生まれてきたことは、決して間違いでもなく、不幸でもない。私にとって最も誇らしいことだ。
なのに、それなのに、あの時の私には、生活の貧しさや恵まれた人の残酷さに心を囚われて、まったく気づくことができなかった。それどころか、
「生まれてこなければ良かった!」
最悪の言葉を、母に放ってしまった。あの言葉が母の心を壊して、殺してしまった。凶器よりも魔法よりも残酷な、その一言に母は涙を流し悲痛な叫び声をあげた。
あの時を思い出すたびに、後悔する。
自分を呪わしく思うと同時に、その罪を永久に背負うこと決めたことを、思い返し、心に言い聞かせる。
私は、母の無念を晴らさなくてはならない。母の敵を
うたなくてはいけない。母の死を無駄にしないために、私はこの歪んだ世界と穢れた者達を排除しなくてはならない。それこそが私の「贖罪」だ。
『さあ! 準決勝も後半戦! いずれも負けず劣らずの強者が揃っていて目が離せません! 今回対戦する熊本代表のイシュカさんと東京A代表にして魔法少女のリーダーを務めるワクテルさんもきっと想像を裏切らない戦いをしてくれることでしょう!』
魔法少女のリーダー、か。
ワクテルは、確かに悪い噂を聞かない、親戚関係にあるアルステリアに次ぐ人気やカリスマ性がある。ただ、アルステリアには及んでいない。それを彼女は知っている。いつも後塵を拝しているのだ。しかし、それは恵まれた人間の立場からのもの。私が受け続けた屈辱とは違う。
「あら、大丈夫? 随分と暗い顔をしているのね? 」
ワクテルが話しかけてきたが、何も答えない。おそらく挑発の意志は無いだろう。ただ気を使っているだけの発言かもしれないけど、それが境遇による精神的余裕からくるのだと思うと、胸糞が悪いのだ。
「まあ、いいわ。調子が悪くても、手加減はできないわよ、イシュカさん!」
手加減?
随分と舐められたものだ。1回戦ならともかく準決勝まであがってくる魔法少女がそんな生半可な者でないことくらい分かるだろうに。考えが生ぬるい。
『さあ、両者が見合うなか、試合開始です!!』
ワクテルはローザルフからの信頼が厚い。それゆえに悪事に加担している可能性も高い。彼女だけでなく、魔法少女の一部は影で汚職をおこなっているのだ。困窮する民の税金を無断で私的流用しているのだから許しがたい話だ。
「いきますよ、月の戦場で踊りましょう《ムーンナイト》!!」
光と闇の2重属性。それにより、彼女は月の魔法を得意とする。月夜の晩には比類無き強さを見せるのだが、反面昼間の戦闘ではその力を十分に引き出せない。だから、今魔法で「月夜の晩」を作り出したのだ。昼間だった戦場は、瞬く間に暗くなり、偽りの月が天に輝く。
「さあ、くらいなさい! 〈ムーンライトチェーン〉!!」
月の光を受けて、ワクテルの手から光輝くチェーンが複数射出された。動きを止めるつもりだろうがそうはいかない。この程度のスピードなら余裕を持って回避できる。
「速い!! それならこれはどうですか!? 〈クレッセントカッター〉!!」
三日月形の光のブーメランでの追撃。当たれば体を裂かれるだけの威力はあるだろう。軌道を読んでかわさなくてはならない。そして。
「隙あり!! 〈ムーンセイバー〉!!」
光の剣による距離を詰めての連続攻撃。間髪入れない攻撃は、さすが魔法少女でも上位の実力を持つだけはある。しかし、気づいているのだろうか。
「どうしました!? 守るだけですか!?」
「言っておくが、夜の戦いが得意なのは自分だけと思わない方がいい」
「!!」
私は、周囲に黒い霧を発生させて。その姿を隠す。私のような闇属性の者にも、月夜の晩は恩恵を与えるのだ。ワクテルは自分のために発動させる必要があったのだろうが、相手まで有利にさせてしまう諸刃の剣にもなるのは皮肉なものだ。
「どこへ消えたの!?」
「ここだ」
「つっ!!」
姿を眩ませられれば背後に回ることも難しくない。気配を遮断できればさらに容易だ。しかし、ワクテルも反応がいい。こちらの攻撃を寸手で防いだ。
「こしゃくなっ!! 調子が悪いと思ったら!!」
「人を見かけで判断しないでほしい」
だから、甘いと言うのだ。まだ雑に情けを持ち込んでいるなんて。なのに、本当に弱っている者は、気づかず見捨てる。ああ、憎らしい、憎らしい。
「〈シャドウトリガー〉」
「きゃあっ!?」
暗黒波動を爆発させる中級魔法で攻撃し、詰まった距離を引き離す。ただし、これはブラフだ。向こうの意識が「近距離」に向くことが本当の狙い。
「やりますね、イシュカ! ならば、こちらも出し惜しみはしませんよ。月の輝きをもって、あなたを倒します」
ワクテルはそう言うと天を掲げるようなモーションをとる。
究極魔法を使うつもりだろう。
「くらいなさい月の女神の愛ある鏃!!《ムーンライト・アロー》!!」
天から無数の光の矢が、雨のように降り注ぐ。回避することは困難を極める。まともに喰らえば、命すら落としかねない。
私は即座に闇の衣を身にまとわせた。
あの魔法は光属性を持っているから、軽減させることは可能だ。ただ、あくまでも軽減であり、完全には防ぐことは難しい。
無数の矢は容赦なく私の体を切り裂こうとする。闇の衣はそれを守り、あちらこちらがほつれては修復するを繰り返す。たまにそのサイクルが間に合わず、私の身体を傷つけて、痛い。
痛い。苦しい。
けれど、この程度が何だと言うのだ。
お母さんが今まで受けた痛みと苦しみはこんなものじゃない。
沢山の悪意あるものたちが刻んだ傷は、こんな小さな苦痛ではない。
沸き上がる憎悪の血潮が、その無慈悲な矢を本質的に回避させる。あとは、雨が止むのを待つのみだ。
「な、なんて防御力なの!? 私の究極魔法を正面から受けきるなんて!!」
「早いな……もう終わりか」
「まだよ!! 勝負はこれから!!」
ワクテルは今の究極魔法でかなり魔力を消費したと見える。動きに焦りが出てきた。
「〈ルナ・ティラシカ〉!!」
光の輪を連続して投げつけてくるが、先程の究極魔法ほどの怖さがない。余裕で回避できるレベルだ。
「ここで負けるわけにはいかないのよ!!」
「それは、こっちも同じだよ」
どうやら、神階魔法はまだ使えないようだ。やはりアルステリアが能力的に飛び抜けているのだろう。私も使えるが、あの「切り札」を使うにはまだ早い。どうしようもなくなった時か、あるいは最後まで隠しておきたい。ローザルフを始末するその時まで温存できるのがベストなのだ。だから、ワクテルは他の方法を使おう。彼女が次に至近距離に近づいた時。そこで、勝負を決める。
「はあああ!!」
「……来たな、ワクテル」
「何っ!?」
私の片目は、包帯で覆っているが、母と同じ「魔眼」。互いの視線があった時、相手を睨み付ければ、その眼は紅く輝き相手の身体を石化させることができる。ビキビキと音を立て足元から順番に徐々(じょじょ)に固まっていく。
「そうか! しまった!! イシュカ、あなたは!!」
「気づくのが遅かったな」
「くっ、足が動かない!? 動いて!! 動いてよ!!」
「悪いが、とどめだ」
至近距離から〈ダークネスブロウ〉を喰らわせる。回避ができないワクテルは、直撃を受けて勢い良く後方に吹き飛んだ。
『おーっと!! ワクテルさん、クリティカルヒットを受けてダウンだ!! これは立ち上がれなさそうだ!! 体か痙攣してます!! これは無理無理ドクターストップ!! イシュカさんが準決勝に進出です!!』
歓声とどよめきが共に起こるが、大した問題ではない。
石化はそのうち解けるし、おそらく死にはしないだろう。ウラノーマほど、冷淡にはやれないのだ。そのあたりが、私もまだまだ甘いと思う。
残るは2戦。
最後に当たるのはアルステリアかそれとも他の子か。
誰になるにしろ、私は負けない。
私たちの存在を、お母さんを、否定されてなるものか。
イシュカは闇属性。
魔眼を持つのは、魔族の血を引いているからとも言われています……
なお、3回戦は圧勝だった模様です~