君と僕らの英雄譚その8
いつの間にか空は暗くなり、周りからは梟や魔物が鳴いている。街道を馬車に取り付けた灯をたよりに進む。夜はまだ少し冷える。
「春先でもまだ少し冷えるな。アモールは大丈夫なのか?」
「まぁ僕は慣れているからね。朝になる頃には着くだろうからすこし我慢してね」
ルーチェは毛布にくるまりこちらを伺っている。隣町までは森を一つ抜けなくてはならなく、僕らは丁度その森の中を進んでいる。夜間はそれなりの魔物の気配を感じる。この辺りの魔物はそこまで危険ではないのが救いだ。ある種を除いては。
「それになんでまた夜間に森を抜けるんだ?昼の方がまだ安全だろう」
ルーチェが聞く。
「この森には危険種がいてね、そいつは昼行性なんだ。僕の知り合いの商人もなんどか襲われてるんだよ」
「人を襲う危険種…」
ルーチェそう言いかけた瞬間、僕は馬車を止めた。
「……」
「ど、どうしたんだ?」
「いや、ちょっとね…」
ルーチェに微笑み馬車を進める。一瞬感じた気持ち悪さは一体なんだったのだろうか。人のものではなかったの確かだ。もし本当に勘違いでないのであれば気配の持ち主とは出会いたくないものだ。
「ルーチェ。ちょっと速度を上げるから後ろを見張ってて」
「お、おう。一体何があったんだ?」
きょとんとした表情でこちらを伺う。
「さっき森の奥から良くないものを感じた。多分あれは昼行性の危険種とは別の生き物だよ」
それに通常の魔物の気配ではなかった。おぞましい何かを感じたのだ。
嫌な気配を感じつつ、森の出口へと急いでいく道中、道に光るものを見つけた。
「なんだこれは…。…糸?」
白く透明な糸が道に落ちている。馬車から降り、
糸らしきものを拾う。
「丈夫な糸だ…。でもどうしてこんな所に…」
「お、おいアモール…。あれ…」
いつの間にか馬車から出ていたルーチェが頭上を指さす。
目を疑った。
丸く大きな腹と8本の節、そして闇に光るいくつもの目玉が僕らの方をじっと見つめている。
「く、蜘蛛か…!?あれは…!?」
「いや、あれは…」
大蜘蛛が馬車の後ろへと飛び降りてくる。その蜘蛛の頭の上には人間の上半身がくっついていたのだ。
「に、人間か!?おいアモール!こいつは一体…!」
「合成種…」
驚きと悲しみがこもるような小さな声で呟いた。
「おい!アモール!聞いてるのか!?」
大蜘蛛は人間のような口を大きく開き、奇声を放つ。
「チッ!どうするんだ!闘うのか!?」
ルーチェが激しい声をあげ、剣を構える。
「…隙を見て逃げよう。僕が引きつけるから、ルーチェは馬車と一緒に森の出口まで逃げて。出口を超えた所にきっと街への看板があるから、そこで落ち合おう」
「おい、お前1人で大丈夫なのか…?」
「大丈夫さ。ちょっとは信用してよ」
僕は微笑み、ルーチェを馬車に乗るよう急かす。
「さぁ!早く!」
「絶対だからな!絶対落ち合えよ!約束だからな!」
ルーチェは馬車を走らせ森を抜けていく。その姿を見た大蜘蛛は馬車を襲おうと飛びかかった。
「こっちだ!」
氷魔法の氷の刃を大蜘蛛へと打つ。しかし魔法が打ち消されてしまった。
「魔法耐性…」
氷魔法を受けた大蜘蛛は完全に僕の方を対象にし馬車には興味もくれなくなって行った。
緊迫した空気が夜の森を包む。梟や魔物の鳴き声も、気配さえも感じなくなり、夜は深くなるばかりだった。
続く




