君と僕らの英雄譚 その1
魔の者と人間が争い合う時代があった。
魔の者は人間の領地を奪い、命を貪り、血を欲していた。そんな争いの中、人間の間に「勇者」と呼ばれる者が生まれた。勇者は立派に成長すると、たった一人で魔の者を倒しに魔界と呼ばれる魔の者の大陸へと向かった。火の海を越え、雷の鳴る谷を越え、氷の山を越えて、魔の者の根城へとたどり着いた。激しい戦いの末、魔の者の長、魔王を討ち滅ぼした。そして、勇者は人間に永久の平和をもたらす英雄となった。
ー絵本「勇者様の伝説」よりー
1話
闇に覆われた夜が明け、一つの大きな窓に朝日が差し込んでゆく。布団にくるまったまんまの一人の女性を朝日が照らす。その布団を僕、アモールは無理やり引き剥がした。
「ほら!起きて!朝だよ!」
「まだ早い…あと10分…」
「早くしないと朝ごはんないよ?」
挑発混じりに呟く。
「いい朝だ!気持ちいい!それはそうと、私は先に朝飯の席についておくぞ!」
そう言って部屋を寝巻きのまま、寝癖も直さず降りていった女性、ルーチェ・グローリアの布団を僕はたたむ。
「調子がいいんだから」
布団がたたみ終わると、あとを追うように僕も一階へと降りた。
階段を降りると大きな窓リビングと裏の牧場につながるドアが待っている。階段から右に曲がるとダイニング、左に曲がると玄関へと出る。ルーチェはもう席に着いて、朝食を待っていた。
「今日の朝飯はなんだ?」
ルーチェが笑顔で聞いてきた。
「昨日のシチューのあまりと今朝焼いたパンにしようと思ってるよ」
「いいねぇ。アモールのパンは旨いんだよなぁ」
僕は基本は酪農をして生計を立てているが、街に売りに行く時、パンを焼いて売りに行く時がある。先日、小麦粉が安く手に入ったので街に行くついでに焼いておいたのだ。
「今から準備するから待っててね」
台所に立ち、人差し指をくるっとまわす。すると丸いテーブルの真ん中にパンの入ったバケットが現れた。そのまま二度、三度、人差し指を回すと、2人分の食器、そして温め直したシチューが注がれた。
「やっぱり魔法ってすごいな、王都で魔法は見てきたが、私が見てきたのは戦闘用のものばかりだったからかな、こうしてアモールが使う便利な魔法は驚かされてばかりだよ。まぁ、魔法が使えない私だからそう感じるだけなのかもしれないが」
「そんなに褒められたものじゃないよ。こんなもの初級者でも使える空間魔法なのに。…でもどうしてルーチェは魔法が使えないんだろう。不思議だね…」
僕が今使った「魔法」という技術がこの世界には存在する。大きくわけて、火魔法、水魔法、風魔法、土魔法、氷魔法、雷魔法、光魔法、闇魔法、空間魔法、といった九つが存在する。上級者はこれらの魔法よりも強力で規模が大きいものが使えるという。
「む、さらっと馬鹿にしたな」
目がきりっとして、折角の美い顔が険しくなる。
「し、してないよ、怒らないで」
「まぁ、今はパンとシチューのうまさに免じてやる」
いただきますと勢い良く言うと、ガツガツと沢山食べ始めた。
「ねぇ、ルーチェ。君がこの村に来てからもうどれくらいたったんだろう」
「うーん…。3週間…ひや、いっかへふふらいははいか?」
「飲み込んでから喋りなさい」
ごくんと僕にも聞こえたきた。あ、もうパンが一個しかない。五つはあったのに。でも僕の分は残しておいてくれるんだから妙に優しいよね。
「一ヶ月ぐらいじゃないかなぁ、いやもうそんなに経つのか…。任務のために来たんだが、この村が平和すぎて少しぼけていたのかもしれなんな」
「…ルーチェの任務ってなんだっけね」
「この村の名前を聞いて、まだ護衛も雇ってない、近くに騎士団の詰所もないっていうから、私がここに住む形で魔物から村人を守るっていう任務だったはずなんだが。どうにもこの村は境界線に近いのに悪魔がちっとも現れやしないんだよ」
境界線に近い町や村。少数ではあるが、護衛も騎士もいない町や村など、ここ以外にはなかっただろう。魔物の住む《魔界》と人間が住む《人間界》。その二つの大地を分ける地図上の線を境界線と呼ぶ。第1から第4まであり、その地形は様々だ。海上であったり、険しい山々の連なる造山帯であったりする。数字が若くなるほど、魔物の強さや、凶暴性が増してくる危険な場所となるのだ。ここ、第4境界線は境界線が高山帯にあたる。確かに悪魔の凶暴性は高くないが、山を超えた魔物が人を襲う、家畜を襲うといった被害をもたらすのには十分な場所ではある。が、この村を僕が作ってから、悪魔はここの村人を襲うことなく、家畜を襲うことなく、もう10年だ。
「まぁ、現れないならそれに越したことはないんだがな。それにあと一ヶ月もしたら、私も王都に呼ばれるかもしれないし」
「それは寂しくなるなぁ…。僕として、村長としては、ずっと君にいて欲しいって思ってるんだけどね」
「な、なんだよいきなり、は、恥ずかしいだろ」
「あはは、君のその真っ赤になった顔を見ると、一ヶ月前、君と出会った時の君の赤面を思い出すよ」
口元を緩めながら、僕は一ヶ月前、ルーチェ出会ったあの日を思い出す。夕暮れと星を飾った空の日を。
続く




