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白魔

白魔2

作者: 星水晶

どうか「白魔」を先に読んでください。

 雪狼氏族にとって三は聖数とされている。伴侶を得る機会は一生に三度。運命が見えない愚か者には、伴侶を得る資格はない、とされる。

 生まれた子は親の手元で幼児期を過ごすと、年に一度氏族の長老が開く、守役を決めるための集会に出る。これはおおむね夏に開かれる。食べ物が豊富で子どもが夏毛でいられるためだ。親は自分の子が幼児期を過ぎ、少年期に入ったと判断すると、この集会に参加させる。体の弱いもの、生まれ月の関係で成長が遅いものは次の年を待つことも多い。

 青年期に入り、自分の生活をたてる以上に余力のできたものは、守役に名乗りを上げることができる。集会で子ども本人とその親に認められれば、守役となり、三年の間子どもを育てはぐくむ。親は守役にすべてを引き継ぐと、次の子を持つ準備にはいる。

 三年がたつと長老が訪れ、子にたずねる。


 守役を伴侶としたいかと


 子どもが「はい」と答えれば、守役はそのまま伴侶となる。

 これが伴侶を得る最初の機会だ。最初の機会で伴侶を得ることができれば、氏族の祝福をうけて「幸福もの」と呼ばれる。

 子どもが「いいえ」と答えれば、守役の任はとかれて、ふたりは友人となる。

 最初の機会に「いいえ」と答えたものは、青年期にはいると守役に名乗りをあげて、子どもの伴侶に選ばれるよう勤める。これが二度目の機会。

 守役を務めてなお、伴侶を得ることができなければ、成年となったもの同士で伴侶となることがある。これが最後の機会だ。


 守役が得られなかった子どもはどうなるかといえば、長老たちの手で密かに聖なる山に還されることになる。子どもを大切にする雪狼氏族では、よほどのことがない限り起こらない事態ではあるが、どうしても育たない子どもの場合は、幼児期に亡くなったものという扱いをうけて、「お山還し」とされる。

 青年期に守役に名乗り出なかったり選ばれなかったものは、成年となっても伴侶を得ることはできない。友人かその場限りの短い関係を結ぶことしか許されない。青年期であれば、守役に名乗り出ることは何度でもできる。ただし、守役を勤められるのは一度だけだ。例外として、守役の任の途中で、おのれにはまったく過失がないにもかかわらず、はぐくんでいる子どもを亡くしたものだけは、再度守役を務めることができる。


 ルーネは純白の雪狼氏族の中で、異端の灰色に生まれた。父親は白色で母親は薄いクリーム色だった。母親の母親は雪狼氏族の外から来たらしい。その外の氏族の色が出たものだろう、と長老は白い頭を何度もうなずかせた。母親はいつも申し訳なさそうにルーネを氏族の目からかばった。第一子は父親に似て純白だったのに、第二子のルーネは汚れた泥や石の色をしているので、母親は肩身がせまいようだった。

 木の実を拾うのも、ベリーを摘むのも、茸や根菜をさがすのも、いつもほかの家族のいなくなってからだった。なのでルーネはなかなか大きくならなかった。

 ルーネは両親につれられて夏の集会を二度見に行っている。そのつど集まった子どもや守役候補を見て、母親が首をふるので、ルーネは両親と家にもどった。最初の年は「みんなルーネよりずっと大きいから」と言う母親に、父親もうなずいた。二度目の年は「子どもの数に比べて守役候補が少なくて」と母親が言うと、父親は何度も首を横に振ったが、最後はあきらめて同意した。

 だが今年はどうあっても守役を探すのだ、と父親がルーネに言った。母親のいないところで。


「このままだと俺たち夫婦はずっとお前をかかえこまなくちゃならない」


 夏の集会に出て守役がつかなければ、子どもは「お山」に還される。文字通り聖なる山に置き去りにされる。幼年期を出たばかりの子どもでは、生き延びることはできない。父親は山に還すことになっても、ルーネから離れたいのだな、とルーネは思った。できそこないの灰色の子を見捨てて、次の子どもを持つのだろう。母親がルーネを手放さない限り、次の子は生まれないから。

 集会のすみっこにすわっていると、長老がやってきて「大きくなったな」とルーネの灰色の頭をなでた。集会の間ほとんど誰もルーネのところにはやってこなかった。母親は溜息をつき、父親は肩をいからせた。集会も終わりに近づき、あちこちで子どもに守役が決まっていく。よろこびの声や祝いの声が響く。誰も来ないルーネにはもちろん守役はいない。ルーネはぼんやりと両親といられるのもあとわずかなのだな、と考えていた。

 長老が二人の青年を連れてやってきたのは、集会も終わろうかというころだった。


「ルーネはこの二人のどちらと暮らしたいかな」


 長老はにこにこして言った。ほかの家族の目が鋭くつきささるようだった。二人の青年はどちらも強く、りっぱだった。一人はやさしそうな目をした白い若者。もう一人は鋭い目をした銀色の若者。二人とも、どんな子どもからもよろこんで迎えられる守役だった。


「ルーネは体はちいさくとも、とても賢い子だから、強い守役が必要なのじゃ」


 たぶんルーネが弱い子どもだから、長老は強い守役を頼んでくれたのだろう。白い若者は悲しそうな緑色の目をしていた。誰か想う相手があって、なお、守役に他の青年を選ばれたもののようだった。銀色の若者は強く冷たい目をしていた。子どもの世話などしたくないようだな、と思った。特にルーネのような手のかかりそうな子どもでは、きっと伴侶にしたくないだろう。賢い守役ははぐくんだ子どもから伴侶に選ばれないように、育てている間にこっそり言い含めていくものらしい。無事に守役を勤めれば、成年同士で伴侶を得ることもできるから。

 ルーネだって死にたくはない。守役をつけてもらって、三年後に伴侶として選ばなければいい。そのあとも守役に名乗りを上げなければ、半人前の伴侶なしの雪狼氏族として生きていける。たとえ孤独であっても。


 悲しそうな目の若者より冷たい目の方を選ぼう。ルーネは長老にうなずいた。

 集会場から悲鳴があがった。


「なんでお前のようなできそこないが!」

「身の程を知れよ!」

「キルンがお気の毒すぎる!」


 白い若者が銀の若者に目をやって、寂しそうにほほえんだ。


「僕はまた来年の夏に守役に名乗り出るよ。選ばれてよかったね」


 銀の若者は眉をしかめるとわずかにうなずいた。たぶん「また来年」に同意したのだろう。「よかった」ではなくて、とルーネはぼんやり眺めていた。だって、銀の若者は少しもうれしそうではなくて、とても面倒なことを引き受けたという顔をしているのだから。

 ルーネの父親はとてもよろこんで、長老と若者にあいさつしている。母親はちょっと心配そうにルーネと若者を見比べている。大丈夫。伴侶に選んだりしないから。三年後にちゃんと「お世話ありがとう」とだけいうから。

 ルーネの手荷物は小さい包みひとつだけ。父親がそれを銀の若者に渡した。

 母親はルーネをぎゅっとだっこして、「元気でね。たまにはいっしょにごはんを食べましょうね」と言った。でもたぶん両親の家に帰ることは二度とない。あの家は両親とあたらしい子どものための場所だ。偶然に、ベリー摘みや木の実拾いでいっしょになったりしなければ、会うことも話すこともない。

 ルーネは両親におじぎをして、長老におじぎをして、集会にいる氏族のひとたちにおじぎをして、だまって銀色の若者のあとについていった。


 銀色の若者はキルンという名前だった。家にとじこもって、他の家族といっしょになることがなかったルーネは知らなかったが、キルンは同じ世代の中でもとびぬけて力のあるものだった。生きていく能力、心の力、魔力。どれをとってもすぐれていた。できそこないのルーネの守役などそれこそ「お気の毒」だった。

 キルンの家は親子三人で住んでいたルーネの家よりは小さかったが、ひとり用では充分広かった。奥には子ども用の寝部屋ができていた。壁も床も新しい土と草の匂いがした。床には乾いた藁がたっぷり敷かれ、日向の匂いがした。


「こっちが台所でむこうが貯蔵室だ。よけいなものには勝手にさわるんじゃない。それがこの家の決まりだ」


 ルーネはそっけなく説明するキルンに何度もうなずいてみせた。

 だまって子ども部屋に入ると、荷物をほどいてすみっこにしまい寝場所を作った。


 朝起きる。家の外にある水溜で顔や体を洗う。寝部屋の藁を全部かきあつめ、家の裏手に干す。夜の前には、切って山にしてある新しい敷き藁と、干しておいた元の藁をまぜて寝部屋に敷く。布類を洗って裏手に干す。残りの水は菜園にまく。

 桶を担いで川まで水を汲みに行く。台所の水甕には毎朝くみたての水を入れる。外の水溜は雨水でいっぱいなら水を汲まなくてもいいが、足りない分はつぎたしておく。

 台所や貯蔵室や土間や居間の掃除をする。薪を運び、かまどに火を入れて湯を沸かす。

 キルンはとっくに起きている。家のまわりを見回り、木を伐り薪を作り、藁や草を刈って山につみ、菜園の手入れをし、山菜や菜園の生り物を収穫して帰ってくる。

 湯が沸くとキルンが食事を作る。キルンくらい魔力があれば、山や水の気を吸うだけで生きていけるだろうに、手を使って得たもので生きていかなくてはならない、ときびしく教えられる。質素であっさりとした食事が並ぶ。不足ではないがけっして潤沢でもない。

 家の仕事をおそわり、山や川や自然のめぐりのことをおそわり、そこに生きるものすべてのことをおそわる。星のめぐり、天候のうごき、風のことぶれ。木や草や茸のこと。鳥、魚、虫、けもののこと。雪狼氏族のしきたりや歴史。ほかの氏族のこと。ほかの人間種族のこと。

 魔法と魔法を使わないで戦う方法。

 この世に生まれてひとりで生き延びるための技術。

 キルンはけっしてルーネを守ろうとはしなかった。そのかわり自分で自分を守る方法を、徹底的にたたきこんだ。そっけなく冷たい声で。これは伴侶に選ばれたくない守役がとる態度にしても、かなり珍しいものだった。キルンのおしえを拒むことは、今日の食事を与えてもらえないことだ。ふつうなら、親と暮らしている時より甘やかされることが多いらしい。甘やかされ、大切にされ、守役を慕うようにするため。だが、キルンは両親よりきびしかった。体の小さいルーネが弱音を吐いても許してはくれなかった。

 川に水を汲みに行って落ちたこともあった。水桶が重くて落としたら、水がいっぱいになるまで何度でも川へ行かなくてはならなかった。高い木にのぼって木の実をとらされた。おりられなくなって泣き声をあげても無視された。魔力を使い切ってめまいをおこしてたおれてもほっておかれた。

 手をあげられたことはなくても、いつも冷たい視線とことばは、ようしゃなくルーネにあびせられた。

 厳しい守役だった。


 キルンは同世代の友だちが多く、野山に行くときも友だち同士で出かけた。ルーネはあとから遅れがちについていくしかなかった。キルンの友だちは気がかりな様子でルーネをふりかえって見た。


「だいじょうぶなのかい」

「だいじょうぶに決まってるだろう。自力で歩かせなきゃだめだ。甘やかすな」


 そんな毎日が積み重なって、ルーネは遅いなりに、いろいろなことを身につけていった。

 早いもので二年が過ぎ三度目の冬になっていた。この冬をこし、春がすぎれば、守役の三年はおわる。氏族の集会の前に、長老が家にやってきて訪ねるだろう。


「キルンを伴侶にしたいかね」


 ルーネは首を横にふるにきまっている。キルンもそれを望んでいるはずだ。


 ある音のない朝、ルーネはふっと目が覚めた。冬場は寒さのために家にこもって眠ってばかりだ。たまに外の雪をすくって台所の水甕をいっぱいにする。寝部屋を掃除して保存してある食べ物をたべる。あとは用を足す時くらいしか外に出ないで、ひたすら眠って過ごす。眠っていればおなかもすかないし、寒さもあまり感じない。最初の冬が明けたとき、ほかの預かり子はたいてい守役と同じ寝部屋で眠ると聞いてびっくりしたが、キルンは絶対にルーネと同じ部屋では眠らない。

 部屋を出るとキルンが起きていた。目をほそめ、耳をすませて、体には緊張の様子が見える。


「なに」

「しっ!」


 叱責されたルーネはちぢこまる。

 なにかの気配がする。それはルーネにもぼんやりわかった。いつもとちがう。空気の冷たさなのか、空気の重さなのかわからないけれど。数日ふり続いている雪はやんだ様子もなく、家の外の音を吸い取っている。ずっとずっと遠い山の上の上から大きななにかがくる。

 いきなり風が荒れ狂ったように吹きはじめた。キルンは家の外に出て行った。ルーネもそのあとについて出た。外は猛烈な吹雪だった。目の前がまっしろでなにひとつ見えない。ルーネが風におされてよろめくと、珍しくキルンが抱きとめた。


「とばされるな!」


 キルンは山の上の方を見やった。巨大な雪のかたまりが頭上におそいかかろうと、すぐそこまで迫っていた。


「雪崩だ!つかまれ!」


 キルンは片手で家の入口をつかむと、もう一方の手でルーネの体をつかんだ。なんとか家の中にルーネを押しこもうとした。

 そこへ長い悲鳴が聞こえてきた。


「だれかー!たすけてー!」


 雪崩が到達するのと同時に、なにかがキルンにぶつかってきた。雪狼氏族のだれかが雪崩にまきこまれて落ちてきたところを、キルンに出会ったので、必死にしがみついてきたのだ。ルーネの軽い体はその拍子にはじき出されて、雪崩の中にまきこまれた。キルンの伸ばした片手は、しがみつく相手に阻まれてルーネに届かなかった。ルーネが最後に覚えているのは、驚きと恐怖に見開かれたキルンのきれいな目だ。


「さようなら」


 ルーネはそのまま雪崩にまきこまれ、押し流され、まりのようにはずみながら落ちて行った。


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