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なあ、お前は今幸せか?

作者: 真由

主人公(裕樹)の片耳難聴については、作者の実体験を元にしています。

聴こえ方や考え方には個人差があります。

ご注意ください。

なあ、お前は今幸せか?



ふと見上げた坂の上が、何時も以上に長く伸びて見える。登ったその先で尾を振る我が愛犬は、今日も今日とて愛くるしい。

コーギー柄の秋田犬をイメージさせる雑種を呼び止め、車に気を付けろと注意した。この田舎道に車は中々通らないだろうけど、一応な。油断大敵ってよく言うだろ。

夏毛となってだいぶ軽くなった茶色から、シンプルイズザベストな青いベルトが覗いて見える。あえてシンプルなそのベルトが、我が愛犬の可愛さを引き立てていると裕樹は自負している。

リードは使用しない。

それは、車もろくに通らない程の田舎道ゆえに出来ることである。だが一番は、我が愛犬が早く、早くと急かしながら此方へ戻って来る姿を見るのが、堪らなく好きなだけなのだ。



際限なく尾を振りながら、立ち止まっては此方へと戻り、また走り出す。

そんなこんなでぐるぐると、田舎に有りがちな長い一本道を繰り返し行き来している。



腰痛なんぞ屁でもないわ、とでも言いたげな躍動感溢れる走りに惚れ惚れする。



犬は飼い主に似るとはよく言うが、腰痛まで似なくても良かったよなあ。


慢性的に痛み出す腰に裕樹は半ば条件反射で手を沿えた。


ったく……まだ17だぞ、17。セブンティーン、花の高校生ってやつ。いや、男だけど。




裕樹にとって独り言というのは、日頃言えずに呑み込んだ数々の不平、不満を意味する。



先天性片耳難聴という小さなハンデを頭の片隅において生きてきた17年。




塵も積もれば山となる。



何だかもう、疲れたや。

片耳が聴こえないと起こる不便というものは、塵のように本当に小さくて細かい。

がしかし、細かいが故に日常生活に沢山転がっているものなのだ。

そして、気付きにくい。

堪りに堪ってふと気付いた時には、もうそこらじゅうそんなんばかりだ。



特に高校生という小さなグループにおいては、そんな塵やら埃やら区別がつかないようなものが多い。




「……き君ってさ、何か…ぁやみとか無さそうでいー…ね」



そう笑ったのは誰だったか。

聴こえる方の耳を出来るだけ自然に見えるように傾けるため、その時々の表情は見えない。言葉も上手く聞き取れない。

だか、雰囲気で大体何を言わんとしているのか位は察っせるのにな。むしろ、雰囲気(それ)で会話してきたようなものなのにな。




「おー、そうだな。割と便利だよ」



こいつは、俺が片耳だって知っている。

きっと便利な耳だって、そう言いたいんだろ?

聴きたい事だけ聴いて、それ以外は全部無視すればいい。聴こえないんだって言えば、大体皆黙るしかないもんなって。




ふざけんな。





そうやって全てを怒りに任せて投げ出せてしまえたのなら、どれだけ楽だろう。どれだけ生きやすい事だろう。



そう願いながら何もせず、ただ笑い続けるその様は無様としか言いようがない。



出来ないのは、元来俺がそういう臆病な性格だからだろうか。

それとも、生まれつきはどうしようも出来ない事だと、もうずいぶん前に諦めてしまったからなのだろうか。





…たぶん後者、だろうな。




俺はきっと、人より少しだけ諦めるのが上手い。よく言えば聞き分けの良い奴、悪く言えば

向上心が足りない、積極性に欠ける奴。

あれ、そもそも聞き分けがいいって誉め言葉だったか?



いつの間に此方へと戻ってきた愛犬が撫でろとばかりに足へと擦りよってくる。

それに倣うように少しだけその頭を撫でれば、また飼い主をおいて、颯爽と走り出す。



愛犬の後ろ姿が遠い。

何だか世代の差を感じてしまった気がする。

老けたなあ、自分。なんだろ、…疎外感、か。





何かもう、歩きたくねー…。




視界の上端に映る景色ーーというか空ーーがやたらと綺麗で、何か腹立つ。

ぐんっと勢いをつけてその場へとしゃがみ込んだ。  



「くー。……走るのはえーよ」




盛大なため息を1つ吐きながら、ぼやいてみる。この距離じゃ聞こえねーか。

すると予想に反して、我が愛犬がタイミング良く此方へと戻って来る。

何時もは殆んど自分のタイミングで、裕樹が名を呼んでもすぐ戻りはしないのに。

まるで、後ろに目があるみたいだ。




何こいつ、超可愛い。




現金だなあ、と自分でも思うよ。

でももう一度言おう。




こいつ、超可愛い。




こんなどうしようもない飼い主に似てると言われる我が愛犬が、いささか不憫ですらある可愛さだ。

似てるとか、もう絶対嘘だろ。




しゃがみ込んだ裕樹の顔を覗き込むように此方を伺う愛犬は、決して尾を振るのを止めない。



それって本当に楽しいから、そうしているのか?


それとも……


まるで裕樹を励ますために振っているように見えるのは、只の自惚れだろうか。

自惚れであって欲しい、と裕樹は思う。



お前はただお前のために、お前がしたいようにすればいいよ。

俺にはきっと一生、出来ないような気がするんだ。

だから、お前はお前が好きなように。


俺になんかに、似るなよな。















「お前はもっと、人生楽に生きろよ。」 





やっとこさ今日の散歩を終えた愛犬の背を撫でながら、しみじみとそう呟いた。


すると、我が愛犬はくるりと背を翻して此方を伺い出した。自然と上目遣いになる愛くるしい姿にじっと見詰められる。何だか久しぶりにキュンキュンきた新しい仕草に、我が愛犬の前世人間説を疑う。

そして、ペロリと裕樹の唇を正確に奪ってーーというかなめてーー清まし顔でまた背を向けた。

なるほど、我が愛犬は中々の世渡り上手と見た。



犬は飼い主に似るというのは本当なのだろか。

実際の所、我が愛犬が自分と似ているのかすらも、裕樹にはわかり得ない。

第一に、俺はあんなに可愛くないからな。

家は似てないぞ、家は。



だかもしもそうなら、逆もあり得る事だろう。





飼い主は犬に似る。




ごろん、と幸せそうに地べたに寝転がった我が愛犬に問う。



なあ、お前は今幸せか?


もしもそうなら、俺まで一緒に幸せにしておくれよ。





ふと見上げた青空は、今日一番の輝きを放っているように見えた。



後で、虹でも架けておこうか



何時もは邪魔だと思うやたらと長い水道ホースの使い道を思案する。






なんて、やっぱり現金だよなあ、俺。







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