図書館国家の王女2
「ウィルフィール様!」
扉を開いた先にいたのは派手なショッキングピンクの女性だった。年はウィル以上ライド以下といったところだろうか。彼女の髪も瞳もそれに比べて少しだけ控えめな型のドレスも、全てショッキングピンクに統一されていた。
何故そんなにその色を推すのか、毎朝アリスの服を選ぶルドが首を捻る。
つり気味の目尻はウィルを見つけるとさらにぎゅいっと上がった。
後ろの方から「お待ちください、姫様」という邸の案内の者たちの声が聞こえた。
「王女様、案内の者を追い越して来られたのですか。よほど私に早く会いたかったご様子で。光栄でございます」
「なんですの!? あなたからの連絡でこちらが急いで来てみれば、あなたはのんびりお茶会ですか! 早く用件をおっしゃってください!」
その勢いに驚いたアリスは手に持っていたカップを落としそうになったが、なんとか堪えて素早く、しかし音を立てずにテーブルに置いた。ウィルは食べかけのクッキーを食べてから悠々と立ち上がった。
今繁忙期ですのよ!? と王女は肩に掛かる髪を払った。
「人手が足りなければ公爵家の者をお貸ししますよ」
「結構ですわ。請求書で痛い目見たくはございませんの」
毛を逆立てる猫のように怒る王女とは裏腹にウィルはにこやかに席にすすめる。王女が不満げに座ると、丁度良いタイミングでメイド長が紅茶を出した。いい仕事してる、とアリスが感心する。
「あら、おいしい」
紅茶を一口含んだ王女は息をついた。その仕草は一国の王女に相応しいと思われる、とても上品なものだった。
「忘れてた。紹介しよう」
アリスがぽへーっとしていると、ウィルがこちらを向いた。
「王女様、こちらはアリス。訳あって我が公爵家でしばらく引き受けることになった子です」
「はじめまして、アリスと申します」
立ち上がり、慌てて挨拶をする。作法の教師はローズが追い出してしまったため、これが正しいのかよく分からない。
王女は「なるほど」と呟くと、気品あふれる笑顔を作った。
「レインウォールズ王国が王女、ロータス=レインウォールズでございます。姫様、以後お見知りおきを」
片足を引き、スカートを指先で摘み、礼をとった。
「きゃー! 本物のお姫様だわ! きゃー!」とアリスが見惚れていると、ウィルが微笑んだ。
「さすがだ。ロータス」
「少し考えれば分かることですわ。それより早くご用をおっしゃって?」
「ロータスにアリスの家庭教師になってもらおうと思って」
「......もう決定しておりますのね?」
「断れると思っているのか?」
「......くっ、教科は?」
「ほぼ全て」
「す、すべて......?」
「いや、人並みに出来ている教科については必要ない。適当にやってくれ」
「適当って......」
「標準的な一国の王子並になればいい」
「それなら、大丈夫......え?」
ここで二人の交渉は中断する。
ロータスはアリスの顔を穴があくほど見つめた。見つめられた本人は目を丸くして首をコテンと傾げた。
「嘘でしょう......? 王子? この子が......えっ? 本当に? ......まさか、第三王子!?」
「そこまで思考が及ぶとは、すごいな」なんて呑気に紅茶を口に運ぶウィルと対照的にロータスは目を回し始めた。
「......第三王子が、ドレス......美少女......いや美少年? 実は王子は姫様で......? いやいや......でも眠り姫に例えられてることだって......え? 王子?......?」
ぶつぶつ言ってる。落ち着くまで時間がかかりそうなので、アリスはお茶会をしながら待つことにした。
今日のお菓子はメイド長のお手製だ。今朝、妖精たちから野イチゴをたくさんもらったらしく、かわいらしいお菓子が並んでいる。
ちなみに今日のアリスのリボンは野イチゴに合わせてイチゴ色である。
どれを食べようか悩んでいると、ウィルが一口タルトに手を伸ばした。つられてタルトをとる。ウィルと同じ大体同じタイミングで味わう。
「「おいしい......」」
二人して顔を輝かせるのを見たメイド長の目が細められる。ほとんど表情のないメイド長だが、長年連れ添った執事には感情が読み取れた。よかったですね、と微笑むと場の空気はさらに穏やかになる。
「王子!?」
その後、お茶を一杯おかわりしたところで、やっとロータスが帰ってきた。
「なぜ王子が......こんな、状態に!?」
「訳あって」
「その『訳』を教えていただきたいのですけれど!?」
「うん、まあ、いろいろと」
「......」
「さて、報酬の話を」
一部の国では例の事件は第三王子は魔女から国が受けた呪いの身代わりに眠り続けている、というエンドになっており、アリスは救国の王子とされていることをこの場にいるロータス以外は知らない。
面倒な事情をさくっと省略したウィルは交渉を続けた。
「よろしいです! 報酬に関しては良いのです。しかし、わたくしには国からこちらまでの移動に時間がかかるのです」
「今日は一時間で着いたじゃないか」
「あなたからの要請ですもの。緊急用の転移魔法を使いました。毎回この量の魔力を使い続けることなどできませんわ」
「距離からして魔力量はそれほど必要ではないかと考えられるが?」
「あなたたち上級貴族とわたくしたちの魔力量を一緒にしないでくださいませ」
転移魔法に必要な魔力量は距離に比例する。転移先までの距離が長い方が使用する魔力は少ない。また魔力量は位の高い物ほど多く、庶民に至ってはほとんどが魔力を持たない。上級貴族であれば日に数十回使用することもできる程度の魔力使用量だ。
ロータスは王女であるが、レインウォールズ王国は中級貴族領地がノリで小国に成ったという歴史を持つため、それほど魔力が多くはない。それ故に緊急用として魔石に大量の魔力をため込んでいたが、暴君こと公爵家次期当主に招集をかけられた。残ったのはあと一回、すなわち帰国するだけの魔力であった。
「買えばいいじゃないか」
「わざとおっしゃってますね? 上級貴族の皆様は魔石がどれだけ高価か知らないのでしょうね」
「アリスの魔力を貸すのはどうかな?」
「え?」
いきなり話を振られて焦る。
そもそもアリスは魔力の使い方を習ったことなどない。もちろん『魔力を貸す』というのも初めてだ。
「私、魔力なんて」
「それでいきましょう! 魔力不足解消の後に契約をいたしますわ!」
アリスの不安などおかまいなしにロータスは魔力不足解消万歳を叫ぶ。早速、侍女に空の魔石を持ってこさせるとアリスの目の前に置いた。
「さあ、王子様! どんどん魔力をためちゃってくださいませ!」
「え? え?」
やり方も知らないアリスを助けたのはウィルだった。
「先が思いやられるな。私が見本を見せよう」
親指の爪ほどの大きさの魔石を一つ手に取ると、手のひらに乗せ、アリスに見せた。
「いいか、アリス?」
「はい!」
「魔力の例えは色々あるんだが、血に例えよう。体内を巡るあたたかい液体を想像する。それを手のひらに集めて一気に魔石に送り込むんだ。できるだけ一気に魔力を流した方が楽だと思うよ」
こんな風に、とウィルは魔石に魔力を送り込んだ。一瞬だけ淡く光った後、真っ黒だった魔石は透明になって手のひらに転がっていた。
光にかざすと、宝石のようにきらきら光った。
「きれいです」
「なんて美しい」
「ウィルフィール様の魔力に染まった魔石なら元の150倍の価格に......」
「さすがですわ」
魔石を賞賛する声の中に妙なのがあったが気にしない。アリスはウィルの真似をして真っ黒な石を手のひらに乗せた。
あたたかい魔力を手のひらに集めて集めて集めて、一気に魔石に送る。
ぱきんっ
魔石は粉々になった。
「あれ?」