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訓練中


ウィルとアリスは枕を二つ並べた。

アリスが着ているのはもちろんフリルやリボンがついた可愛らしいネグリジェである。

アリスはウィルが普段は男装しているのに、今はネグリジェを着ていることに少しだけ驚きつつ、見とれていた。


「ウィル、すごい!胸おっきい!」


普段はサラシを巻いているので目立たないが、服を脱ぐと体型の良さが目にはいる。


「私もウィルみたいな身体になりたかったなぁ……」


派手目ではなく、飾りがあまりないネグリジェであるが故に、ウィルの肌の色の白さや手足の柔らかそうな感じが見てとれ、こぼれる金髪の乱れが色っぽさを際立たせていた。

いや……アリスは性別違うから、と言おうとしたウィルはルドとの会話を思い出した。


「……でも、デメリットだけじゃないか……」


無意識に呟いていた。


「えっ……?」


アリスが聞き返してくる。


「そろそろ私も跡継ぎが必要なのかと一瞬考えた」


父上が私くらいの年の頃はもう既に兄上が生まれていたらしいし……とウィルは独り言のようにブツブツ言った。


「もしかしてこの流れはプロポーズ!?」と思ったアリスはウィルの小さな声を真剣に聞いていた。


……が。



「そろそろ、寝ようか」


ウィルはそう言って灯りを消した。

灯りが消えるとすぐにウィルの微かな寝息が聞こえてきた。

お喋りを楽しみたかったが、仕方ない。

少しがっかりしながらも、アリスは大人しく瞳を瞑った。



アリスはその夜、夢を見た。

夢というか、回想というか。

夢の中でアリスは可愛らしく着飾った8歳の男の子だった。

隣にいて、さっきから分厚い魔導書を読んでいるウィルも8歳の可愛い女の子だ。

アリスは手元で猫のぬいぐるみを弄りながら、そわそわしていた。


「ねぇ、ウィル!」


ぬいぐるみを弄るのを止めて、話しかける。

ウィルが「ん?」と素っ気ない返事をする。


「私、ウィルのこと……大好き!!」


ウィルは一瞬驚いて、次に困ったように笑った。


「私もアリスのこと大好きだよ」


その時のアリスはまだ子供すぎて、ウィルの笑顔の理由が分からなかった。

ただ好きな子に好きだと言われて喜んでいた。

その時はウィルに好きな人がいるなんて考えてなかった。

純粋に、男の子とか女の子とか関係なくウィルのことが『好き』だったから。


私はウィルが好き。


ウィルが好きな人は……?




八年間、朝日を浴びることなんてなかったからひどく眩しかった。


――昨日、カーテン閉めるの忘れたんだっけ……?


アリスは目を擦りながら起き上がった。

ブランケットがサラリと落ちる。


「……あ……っ」


隣にウィルが寝ていた。

起きる気配はない。

微かな寝息は乱れることなく、安定の感覚で聞こえる。

アリスは無造作に乱れるウィルの金髪を一束触った。

さらさらしていて、柔らかい。

ちょっと冷たいけど、撫でていて気持ちがいい。

油断しているとウィルが動いた。


「――ん……」


アリスはびっくりして手を引っ込めた。

ウィルは寝返りをうっただけのようだ。

目を覚まさない。

暫くウィルの寝顔を見つめた。


――初めて見た!ウィルの寝顔!!


「可愛い!!」と思わず叫びたくなるのを抑えた。

いつもの強気な美しさはなく、16歳のまだあどけない少女の表情。

ふと、アリスの目線はウィルの胸元へ移った。


瞬時に目を逸らす。


ネグリジェが肩から外れて胸が見えそうだった。

実際、胸の谷間が見えたような……


『跡継ぎが必要……』


何故か昨日のウィルの台詞が頭の中に蘇ってきた。

ウィルが頬を赤く染めた妄想と共に。

違う違う、と頭を振って妄想を取り消そうとした。

だが、消えることなどない。

それどころか、ますます妄想が進んでいき、憤死しかけた。


「……む~――」


ウィルが寒そうに震えている。


――上に何かかけてあげないと……


ブランケットを掛けようとウィルを見てしまって……

動けなくなった。

無意識にウィルの頬に触れていた。

すべすべだなぁ、とか呑気に思ってしまう。

これ以上触れてはいけない気がするのに……


――ウィルに触りたい……!?


自分はどこかおかしいのだろうか、とアリスは不安になる。

体調が優れないわけじゃない。

ただ心臓の鼓動が速いだけ。


変だ。


すごくどきどきしている。

周りに音が聞こえてしまいそうなくらい。

気づくとウィルがアリスの手を握っていた。


「……え……?」


ウィルはそのまま両手でアリスの手を握りしめ、自分の胸の辺りに持っていった。

教会で祈るような格好に似ているが、アリスはもう何も考えられなかった。

ウィルの柔らかい感触が左手を通して感じられる。


「――様……」


ウィルの寝言。

そして、あどけない笑顔をその夢の中の誰かに向けた。


「…………」


アリスは急激に心が冷たくなっていくのを感じた。


――今の……誰……?


百パーセントの信頼と愛情を向けたような顔だった。

握られている左手をぎゅっと握り返すと、ウィルは夢の中から帰ってきた。


「……あれ?アリス~どしたの?怖い顔してる」


欠伸を噛み殺しながら、尋ねた。


「何でもない……」


そうとしか返せなかった。






――どうしよう……


アリスは後悔していた。

ウィルが寝ている間に自分にはしなければならない事があったのだ。


――でもっ……!!


アリスはウィルに背を向けてネグリジェのままベッドに腰かけていた。


ウィルがいる前では恥ずかしくて着替えが出来ない!と。


「着替えないのか?」


振り向くと、ウィルは着替えを終えて紅茶を飲んでいた。

ウィルは今日も男装である。


「ウィルなら美人だからどんなドレスも似合うのに……」とアリスは残念に思っ

た。

アリスの視線に気づいたウィルは意地悪そうな、でも、甘い声を出した。

いつもの人をからかう声。


「何だ? 脱がしてやろうか?」


その言葉に頬が熱くなる。

ウィルはアリスの乙女な反応を見て、子供っぽく笑った。


「いや、冗談。私は先に朝食を摂っているから。……場所は分かるよね?」


コクンと頷くと、アリスの軽く頭を撫でて部屋を出ていった。





「アリス様は少食なのですね。もっと食べないと日中身体がもちませんわ」


ウィルの妹のローズはそう言って花が咲くように微笑んだ。

朝食の会場にいるのはアリスとウィルとその妹のローズの三人だけだった。


ウィルとローズは姉妹だというのにあまり似ていない。

ウィルもローズも美人なのだが、髪の色も瞳の色も違うし、雰囲気が全然違う。

異母兄弟で半分しか血が繋がってないということが原因だろうか。


ハイディッヒ家の現当主であるウィルの父は他国にも愛人を作っているので正確な兄弟は誰も分からないという。


アリスはローズの隣の席が空いているのに気づく。


ローズがアリスの心を読み、その席はハイディッヒ家の一番上の兄の席だと教えてくれた。

一番上の兄は魔力が全くないため、次期当主にはなれず、昼夜を問わず研究に没頭している研究者だった。


「お兄様が『見知らぬ人間などと飯が喰えるか!!』とか仰ってたわ」


その事実に項垂れる。

自分はウィルの邪魔になっているのではないか、と。

頭の中でグルグルと考えていたら、ウィルは食事を終えていた。


「アリス、食事が済んだら剣の稽古をするよ。着替えて表に出てくれ」


ウィルはアリスを男らしく、強く、王子らしく教育する気らしい。

やる気がみなぎっていた。




「――!!」


鳴り響く剣と剣がぶつかる音。

アリスは男装させられて……実際には訓練用のウィルの服を着せられて見ていた。

ウィルとその師匠の激闘を。


「くっ……」


カーンという音が響く。

ウィルの剣が飛ばされたのだ。

師匠の瞳は本気だった。


本気で弟子を殺そうとしているようにアリスには見えた。


だが、弟子はそこで諦めない。

側の小石を魔力で無数に増やし、一つ一つを鋭い刃にして相手に翔ばした。


「うおぁあっ!?」


師匠は寸でのところで避けた。


「ウィル!魔力使うとか反則だろ!!」


ウィルは笑う。


「勝った方がルールでしょう?」


二人は互いに睨み合う。

が、少しして二人して笑う。

やけに楽しそうだった。


「アリスも師匠に習うといい。師匠に師事すれば誰だって伝説の剣豪……いや! 伝説の王子になれるから!!」


ウィルは伝説の○○という言葉に弱いアリスをその気にさせようという考えだった。


――剣豪とか王子とかにはなりたくないの!! 私はお姫様になりたいの!!

なんてアリスは言えなかった。


二人の目がマジだったから。

断ったら何かされそう。

兄二人とは違った意味で恐怖を感じた。


アリスはルドに剣を渡された。


手に持った瞬間、落とす。

重くて持てない……


こんな重い物をルドがよく持ってこられたものだ、と驚いた。


師匠に睨まれたので急いで拾う。

が、重い。

腕がぷるぷるする。


「………………」


師匠とウィルに首を傾げられた。

アリスは目で必死にルドに助けを求める。


『助けて。こんなに重い物持ったことない……』


何かを勘違いしたルドは「がんばれ♪」的な動作をつけてアリスを応援した。

悪夢の予感がした。


「なあ、ウィル。第三王子は第一王子から手ほどきを受けてるんだろ?

なら、森に入って中級の魔物ぐらい捕まえてきて戦わせた方がいい鍛錬に……」


「いや……アリスにはまだ危険――」


――と、ここで妖精がウィルの耳元に何かを囁いた。

ウィルの顔色が変わる。


「師匠、少しここを外します」


ウィルは真面目な顔をして立ち去ってしまった。


――待って、ウィル! この人怖い‼

アリスは心の中で叫んだが、届かなかった。



「……じゃあ、手始めに……」


師匠が構える。

え?ちょっと待って?

もしかして……


「仕掛けてこないのか? ではこちらから」


師匠は最初にアリスの実力を試したいとでも思ったのだろうか。

実力など無いに決まっている。

運動不足で非力な乙女少年のアリスに。


ウィルはアリスの名前以外の詳細を伝えていない。

恐らく、アリスの内面(女装癖があって人見知りで並み一通りでない変態)を知らされたら、師匠はアリスが死にたくなる程鍛練させるだろうから。

師匠の『女々しい男は嫌い』という性格からして。

アリスはひ弱なのだから、そんな風に扱われては困る。

実際、生まれてこのかたアリスは重いものといったら辞書くらいしか持ったことがない。


「え? いや、待っ――」


師匠が剣を振り下ろすのが見えた。

アリスは思わず剣を落とした。

そして、魔法を使っていた。





「何これ……?」


戻ってきたウィルは異様な光景を見た。


百戦錬磨の剣の達人である師匠がボロボロになって戦っていた。

嬉々として。


戦場で人生で最強の好敵手と出会い、戦っているような楽しそうな表情。

命懸けなのに……いや、命が懸かっているからこそ楽しいと云うように。

ただ、師匠が戦う相手は当たり前のようにアリスではない。


「ウィル……ごめんなさい……」


アリスが泣き目で謝ってきた。


「……いや……アリス?何があったか教えてくれない?」


「怒らない……?」


アリスが上目遣いでウィルを見つめる。


「怒らないよ」


最早、目の前の光景が異様すぎて怒れない。

師匠が……


ウサギと戦っていた。


師匠より二まわり大きいウサギのぬいぐるみと。


ちなみにウサギは素手である。


ウサギが師匠の攻撃を受け止める際に響く金属音は明らかに鋼だった。

だが、見た目はフワフワで女の子が抱きつきたくなるような可愛さの白ウサギさんである。


「魔力が暴発しちゃったの~! ウィル~どうしよう!?」

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