妖精と庭師
なんか急にファンタジーなやつ書きたくなりました。
妖精たちが騒ぎ出したのに気づいた俺は肥料袋をその場に残したまま中庭をあとにした。
泥を丁寧に払った後、執務室を覗く。
執事もメイドも席を外しており、執務室には雇い主一人だけが残されていた。書類が机に堆く積まれている。書類の山に取り囲まれるように中心にいるのは雇い主であるウィルフィール様だ。その手は止まっていて、ぽへーっとしているのに碧い瞳は不自然なほど輝いていた。それでいて口元は柔らかく微笑んでいて、まるで人間ではないかのような表情だ。
またあいつらの仕業か。
「ウィルフィール様」
落ち着いて名を呼ぶ。
一度読んだだけでは意識が戻らず、二度三度繰り返す。
「......ぁ、」
まばたきを数回して、ようやくこちらを向いた。
「連れて行かれそうでしたよ」
人ではないものたちに。
そう付け加えるとウィルフィール様は両手で顔を覆い、椅子の背にもたれかかった。少し落ち込んでいるご様子だ。
「忙しかったから......」
はい。知っていますよ。
俺は手を握ったり開いたりを繰り返して自分の魔力回路を確認する。しばらく使っていなかったが回路には影響はないらしい。
「最近、いろいろあって......」
はいはい。
両手で空間を作り、それに魔力を溜めた。
「よっ、と」
ポンと軽い音を立てて手のひらに現れたのは一本の白い花。招待状のようなものだ。
「どうぞ」
花を手渡すと、ウィルフィール様は「ありがとう」と受け取った。そしていつも通り視線で「これ食べてもいいやつ?」って聞いてくる。小動物に見えなくもないその表情に苦笑する。
普通の人間の女の子なら貰った花を食べるなんてしないのになあ、とはちらっと考えたが相手はウィルフィール様だ。この人にとっては花々は食べるものなのだろう。
「毒はないですよ」
美味しいかどうかは分かりませんが。
毒はないと聞いた途端に花びらを口に入れたウィルフィール様に心の中で呟く。
「うん、おいしい」
「......よかったです」
人間らしい笑顔でもぐもぐするウィルフィール様を視界の端に、俺は中庭へ戻った。そこには妖精とは別の、人ではないものたちがいた。
ため息をつきながら肥料袋を片付ける。急遽、準備をしなければならない。
「ウィルフィール様を勝手に連れてくのはやめてくれ」
世間話の延長のような口調でそう語りかけると、いくつもの光がくすくすと笑いあう。
光は手乗りサイズから人間の大人サイズまで様々だ。そいつらは隙をみてはウィルフィール様を自分たちの世界へ連れていこうと狙っている。そして一様に俺の話を真剣に聞く気はないようである。だが、こちら側もウィルフィール様をそちらに渡すわけにはいかない。それはウィルフィール様が望まないことだから。
だから今回も折衷案で見逃してもらうことにする。
「ウィルフィール様と遊びたいなら、今夜――」
人ではないものたちとの密かなやりとりを影で聞いていた者がいるなど、この時の俺は知らなかった。
『ねえ、』
書類を片づけてすぐ、そう声がした。
ウィルは大きく伸びをして立ち上がった。
夜空の上には真ん丸い月がのぼり、星たちがそれに負けぬよう輝く。ウィルは人でも妖精でもないその声に大人しく従って歩きだした。一歩一歩、踏み出すごとに地面の感触が薄れていく。
『はやくはやく』
楽しそうに嬉しそうに周りを飛び回る彼らに微笑む。
温室の奥へ進んでいくと前触れもなく装飾がなされた扉が出現する。温室の天井にまで届くほどの大きさの扉だ。手を近づけると中から何かが噛み合ったようなカチリという音がした。
「こんばんは、ウィルフィール様」
にこやかに庭師が出迎えると、中で遊んでいた妖精たちも一斉に集まってきた。
ウィルは妖精と大小の光と何やら談笑しているようであった。
ぽつんと残された庭師は気にせず、扉を背に読書を始めた。
『遊びましょう?』
『おはなしして』
『なにしてあそぶ?』
『きれいな魔法を見せてくださいな』
『きゃー』
『おもしろいことしよう』
『こっちにきてー』
ウィルは誘われるまま足を踏み出す。
「ウィル!」
突然、誰かに腕を掴まれ名前を呼ばれた。
その誰かとは――レディらしくない必死な顔をしたアリスだった。